44.異変


「こんなに居るんだな。」


剣崎の呟きに一同が同意を示した。


ベナン山脈中腹のとある洞窟。

そこに和也達は入っていった。

洞窟の入り口から奥までは大体800メートル。

班を前後半に分け、洞窟を四等分する。

つまり一班につき200メートル程の場所が割り当てられていた。

和也達は前半で、最奥の場所だった。


エクスロックを狩りながら奥へと進む。

和也は職業が盗賊なので、一番前で進んでいた。


光るキノコやコケに照らされた地面を確認しながら目的地まで歩く。

それがあるお陰で洞窟は薄暗く、『暗視』スキルが無くても活動できそうだ。


目的地までまだ遠いので、その間、和也はパーティーメンバーの職業を思い返していた。

自由に決めたにしては、なかなかバランスがいい。

盗賊の和也に煌びやかな鎧を身に付けた聖騎士の剣崎、妖しげなローブを着た上位魔術師の谷口に、身の丈程の大剣を背負った狂戦士の近藤。

そして、治癒術士の佐藤。

示し合わせたかの様なパーティーだ。


しかし、一つだけ心配事があった。



和也は後ろで談笑する佐藤を盗み見る。


佐藤彩。


彼女のステータスははっきり言って勇者組の中で最低だった。

この世界の人と同じぐらい、いや、それよりも弱いかもしれない。

よくて下の上くらいだ。

治癒術士とは思えないMPの量に、数少ないスキル群。

しかもその全てが低ランクのものだ。


勇者組の中で、彼女だけが異質だった。

まるで、成り上がりモノの物語の主人公のように。

もし本当に物語のような事が起こるのだとしたら、それは彼女に悲劇が起こることを意味する。

それは今日かもしれないし、まだまだ先かもしれない。

通常、成り上がりモノと呼ばれるのは召喚されてから直ぐになるのが定番だから、召喚されてから4ヶ月以上経っ今では和也の心配は杞憂なのかもしれない。

そもそも、成り上がりなんて現実に無いかもしれない。

それでも、心配しておくことに損はないと思う。

元の世界とは何もかも勝手が違う異世界。

ここでなら何が起こってもおかしくないからだ。


「お、あったよ。」


目的の物を見つけ、後方の四人に声を掛ける。

和也が見つけたのは、赤い布が巻かれた杭。

これを見つけるのは三回目だ。

つまり、ここから先が和也達の持ち場となる。

因みに、この杭は事前に騎士が刺したのだという。


「お、サンキュ。…ごめん、和也にばっかにやらせて。次からは俺が前に出るよ。」


剣崎がすまなさそうな目で申し出る。

和也はその申し出に遠慮するように手を振った。


「い、いや、いいよ。僕は盗賊だし。こういうのも経験しとかないと。」


むしろ、やらせてほしい。

剣崎が抜けたあの中に入る勇気が無い。


「そうか?」

「うん。」

「ありがとう。…じゃあ、よろしくな。まーでも、ここじゃ必要なさそうだけどな。」


剣崎がニカッと人懐っこそうな笑みを浮かべた。


「う、うん。」


それに気後れしつつも、奥へ、奥へとモンスターを狩りながら進む。

割り当てられた場所に着いてからは、個々で進むこともあった。




そして、洞窟の最奥に続く最後の曲がり角を曲がった時、それは現れた。


「えっ、」


気の抜けた表情で、思わず声を上げてしまう。

それもそのはず、こんなの前に来た時には無かった。


洞窟が続いていたのだ。


「どうした?」


剣崎が和也の顔を覗き込む。


「い、いや。なんでもないよ。」


反射的にそう答えたが、和也はしまったと後悔する。

しかし、もう遅い。

剣崎は「そっか。」と言い残し、先に進んで行った。


洞窟の先を『暗視』を発動させながら目を凝らしてみる。


見た感じ、今までと変わりがない。

光るキノコも、コケもちゃんとある。

明るさも今までと殆ど変わりなかった。


「おっ、あれって!」


奥へ、奥へと進んでいると、近藤が何かを発見し、駆け寄る。

そして、弧を描いて大剣を振り下ろした。

びちゃっという何か液状のものが弾け飛ぶ音と共に大剣が地面にくい込む。


「何があったんだ?」


剣崎が大剣を地面から抜こうとしている近藤に駆け寄る。


「誠、これ見てみろよ。」


和也も近藤の元に近づく。

そこには、銀色のゼリー状の何かが散らばっていた。


「これって。エクススライム?」


剣崎が、目を丸くする。

それもそのはず、エクススライムはエクスロックの上位種で、エクスロックよりも高い経験値を保有し、もちろん出現率も低い。


「奥にはまだ居るんじゃないか?」


近藤が期待に満ちた目を輝かせた。


「うーん、でも。」


剣崎が元来た道を振り返る。


「これって、絶対200メートル以上進んでるよな。」

「でも、最後は行き止まりになってるはずだろ?じゃあまだなんじゃねえか?」


頭を悩ませる二人に、和也はこの前のことを伝えようと一歩前に出るが、


「……これって、もしかしてダンジョンなんじゃない?」


佐藤に先を越され、機会を逃した。

折角勇気を出したのに、と和也は少し落胆した。


「ほら、ダンジョンって勝手に広くなったりするでしょ。だから、この前に騎士の人が来た時は行き止まりで、今は広がってるとか。」

「あー、それありそうだな。」

「あーしも彩と同じこと思った。」

「いや、それは嘘だろ。」

「思ったし!」


近藤と谷口がじゃれ合う中、和也は不安を感じていた。


少しづつ広がるんだったら分かるけど、こんなに一気に広がるものか?


和也は進行方向を見る。

『暗視』を使っても突き当たりまで見えないほど、奥深かった。


「和也はどう思う?」

「……えっと、ダンジョンってそんなに早く拡張されるものなのかな?えっと、ほら、騎士の人が来てからそんなに経ってないし。」


騎士が来たと言っていたのはほんの数日前。

普通、こんなに広がるものなのか。


「うーん、今まで奥は出来てたけど、壁があって行き止まりになってただけ、とかあるんじゃない?」

「あーね、それある。」


佐藤の考えに谷口が手を叩いて賛同する。


「そうだな。……でも、どうする?」

「どうするって?」

「進むか、戻るかだよ。」


そう言いながら、剣崎目を細めて洞窟の奥を見た。


「この先、何があるか分からない。騎士の人が安全を保証した訳じゃ無いからね。」

「誠はどっちがいい?」

「俺は──」


剣崎がちらりと佐藤を見た。


「俺は、戻って騎士に報告した方がいいと思う。」


この先に何があるか気になるけどねと、笑いながら付け足した。


「誠がそういうんだったら帰ろうか。経験値は惜しいけどな。」

「あーしも、気になるけど安全って分かってあとでいいかなー。和也君もそうっしょ?」


そんなこと言われたら違うなんて言えない。

まあ、言うつもりも無いけど。


「う、うん。僕も戻った方がいいと思う。」

「皆もそー言ってるけど、彩はどうしたい?」

「私は…」


佐藤が言葉を詰まらせる。

皆が自分の為に気を使ってくれているのが分かったのだろう。

力になれないことへの悔しさが表情に浮かんでいた。


「……私も、戻った方がいいと思う。皆それとありがと。」

「えー、なんのこと?」


谷口がわざとらしくとぼける。

他の皆も気にするなよと、声を掛けていた。


「じゃあ、戻るか!」


近藤が澱んた空気を吹き飛ばすように声を上げ、先導する。

元来た道を引き返す。




「えっ?」


誰が呟いたのかも分からない。

もしくは、自分だったかもしれない。

そんな単純な事が分からないほど、和也達は唖然としていた。


「どうなってるんだ、これ?」



道は続いていなかった。

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