43.ベナンへ


大通りから外れた所にある小さな孤児院の前で、和也は深呼吸をする。

三日後、クエストに行けなくなったことを伝えに来たのだ。

意を決し、扉を小さくノックする。


「……」


返事はない。

ノックの音が聞こえなかったのだろうか。

今度は前よりも少し強くノックをする。

しかし、今度も反応は無かった。


インターホンがあればいいのに。

この世界の人は不便だと感じないのだろうか。


他に何か手段は無いかと、辺りを見回す。

すると、扉に金属製の輪っかが付いていることを今更ながらに気が付いた。

寮の扉にも付いているこの輪っか。

装飾品だと思っていたのだが、恐らくこれはドアノッカーだ。

元の世界では見慣れないものなのでドアノッカーだと判断するのに時間が掛かった。


輪っかを恐る恐る持ち上げ、扉に叩きつける。

澄んだ音が辺りに響いた。


「はーい、今行きます。」


エリナでも、レント達のものでもない大人の声に身構える。

程なくして、扉が開く。

そこに居たのは明るい茶髪の40代くらいの女性だった。

丸い眼鏡の奥には優しげに下がった目尻。

しかし、初対面だからか少し警戒の色が伺えた。


「えっと、エリナ居ますか?」

「あら、エリナのお友達?」

「あ、はい。」


和也の素性が分かったからか、当初の警戒は消えていた。

むしろ、瞳には好奇心の光が宿っていた。


「ちょっと待っててね。」


そう言い残し扉の前から居なくなる。

客間に案内されたが、断っておいた。


一、二分経って、エリナがやって来る。

さっき出てきた女性は奥の方から覗いている。

焦ったように顔を赤く上気させたエリナに対し、その女性はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「ど、どうしたの?急に来るなんて。」


若草色のワンピースを着たエリナが驚いたような顔を見せる。


エリナがこんな顔をするのは珍しい。

それが見れただけで満足なのだが、もちろん用事は他にある。


「三日後に一緒にクエストに行くって約束のことなんだけど。」

「うん。」

「ごめん、勇者関係の用事で行けなくなった。」


和也が頭を下げる。


「そうなんだ…」


エリナが、落胆した様子で目線を落とす。

そして、「その次の日は?」と聞いてくる。


「その次の日も……ちょっと。一週間ぐらい帰って来られないんだ。」


エリナの残念そうな顔を見て、心が痛む。

エリナも和也同様、楽しみにしていてくれたのだ。


「……一週間帰って来られないって、何処まで行くの?」


その質問に、和也は即座に答えることが出来なかった。

言っていいものかと迷ったからだ。


アリシアが言うなって言ったのはエクスロックのことだけだ。

だからといって、場所は言っていいっていう訳ではない気がする。

しかし、エリナに黙っておくのはなんだか悪い気がしてきた。


ちらりとエリナの顔を見る。

エリナは沈んだ表情をしていた。


それを見たせいか、和也の胸の奥の方がチクリと痛む。


エリナには誤魔化したくない。


「ベナン山脈に行くんだ。」


内緒だと、口元で指を立てる。


それを聞いたエリナは、不思議そうな顔をした後、「わかった。」と、小声で伝えてきた。


「そういえば、あの人って?」


目線で孤児院内を指しつつ、話題を変える。

コソコソとこちらを見ていた女性は、視線を感じたからか部屋の中に隠れてしまったが。


「私のお母さん。」


そのあと、「…血は繋がってないけど。」と付け足した。

もちろん、分かっていた。

あれがレント達の言うお母さんだと。


「昔、捨てられてた所を拾ってくれたんだって。」

「…そうなんだ。」


自分から聞いた癖にそんなことしか言えなかった。

捨てられるということがあまり実感出来なかったからだ。


「あ、そうだ。エリナって、今日暇?」


空気を変えるような、明るい口調。

別に、孤児に対し偏見がある訳でも無いが、これ以上話を進めるのを躊躇ったからだ。


「うん。」

「じゃあさ、遊びに行かない?」

「う、うん。」


エリナが髪を弄りながら薄く頬を染めた。


なんだか今日のエリナはいつもより一段と可愛い気がする。


「ちょっと、待ってて。お母さんに今から出るって伝えてくる。」


そう言い残し、エリナが孤児院の中に入っていった。


数分後、妙に赤く頬を染めて出てきたエリナと日が落ちるまで遊んだ。


会話を聞かれていたとは気づかないまま。



────────────────────



それから三日後、非戦闘職の二人を除いた勇者達と、数人の騎士を載せた馬車が出発した。


和也はクラスに仲のいい人がいる訳でも無いので道中はずっと景色を眺めていた。

何キロ出ているのか分からないが、すいすいと進んでいく。

そして約2時間経った後、ベナン山脈麓の町、ベナンに到着した。


ぐっと、和也は伸びをする。

朝早くに出たからまだ日は登りきって居なかった。


「じゃあ、事前に決めた班に別れてください。」


騎士が見知らぬ場所ではしゃぐ勇者達に伝える。

ぞろぞろと皆が動き出す。


「はぁ。」


和也は小さく溜息をつく。

班のメンバーを思い返すだけで憂鬱な気分になった。

というのも、


「おーい、和也。こっちこっち!」


爽やかなな朝に響く、爽やかな声。


振り向かなくても分かる、剣崎の声だ。

僕は剣崎と同じ班なのだ。


和也は呼ばれた方を向く。


剣崎だけではない。

佐藤彩、近藤正樹、谷口恵果。

いわゆるスクールカースト上位層と同じ班になったのだ。


和也は遠い目をしながら班を決めた日のことを思い出していた。



────────────────────



円卓の部屋に呼ばれた日。

アリシアが「誰にも言わないでくださいね。」と締めくくった後の事だ。


「現地では5人づつの班で行動するので、今からその班を決めたいと思います。」


アリシアの背後に佇んでいたセバスが前に出る。


「取り敢えず好きなように組んでみてください。」


それを聞いて、和也は苦虫を噛み潰したような顔をする。


こういうのは苦手だ。

ぼっちには組む相手が居ないのだ。

課外授業の時みたいに決めてくれたらいいのに。


ぞろぞろと自分達のグループのメンバーと班を作っていく。

和也の周りからは人が居なくなっていった。


いつも通り班が粗方決まった後、人数が足りない所に和也は参加することになるだろう。

出来上がったグループに入るのも気まづいし、入られた側も気分が悪い。

自由に決める、それは時として誰も得をしない残酷な方法となる。


「お、和也。余ってる?」


どうせまだ呼ばれないだろうと、不貞腐れて背もたれにもたれかかっていると、和也を呼ぶ声が聞こえた。

今までと違う出来事に目を見開き、振り向く。


「け、剣崎君。」

「俺たちの班、一人足りないから入ってくれない?」

「う、うん。」


和也は未だ動揺収まらないまま、頷いた。



────────────────────



あの時は、剣崎の存在がまるで蜘蛛の糸のように見えたけど。


隣を歩く班のメンバーを見る。


僕と正反対の人達だ。


「はぁ。」


和也は誰にも聞こえないように小さく溜息をついた。

もちろん和也に上手くやっていける自信は無かった。


日暮れはまだ遠い。

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