42.招集


傾き始めた太陽が辺りを紅く照らす。

この世界では、もちろん太陽とは呼ばないのだが、和也の目には元の世界のそれと同じにしか見えない。


爽やかな風が甘い香りを運んで来る。

それが和也の鼻腔をくすぐった。

香りの正体は何だろうと和也はちらりと横目で見る。

香りの元は隣に座る彼女、エリナのものだった。



孤児院で、エリナとの思わぬ出会いの後、和也達は小さな庭に設置された古ぼけたベンチに座っていた。

和也とエリナが知り合いだった事に興味を持った子ども達が介入するのを拒んだエリナが和也をここに連れてきたのだ。


「…ありがと。」


不意にエリナが言葉を発する。

実は孤児院の客間で出会った後から殆ど会話してなく、不思議な沈黙が和也とエリナの間に居座っていたのだ。


「なにが?」


なにが?と聞いたが、本当は分かっていた。

レント達のことだろう。

分かっていたのにその言葉が勝手に口から零れた。

エリナとの会話を少しでも長く続けたかったのだろうか。


「レント達のこと。カズヤが手伝ってくれたって聞いた。」

「僕は、クエストに同行しただけだけどね。」


照れを隠すように和也が顔を背ける。

感謝されるのはちょっと苦手だ。


「レント達、すっごく喜んでた。きっと、母さんの役に立てたのが嬉しかったんだと思う。」


母さん、というのは見たことがないが、レント達が周りではしゃぐ様子は用意に想像出来た。

それが何だか微笑ましくって、和也は小さく笑った。


「レント君って、意外としっかりした子だよね。」

「意外って?」


エリナが不思議そうな顔で和也を見る。


きっと、レントは家の中ではお利口さんにしているのだろう。

僕と初対面の時とは大違いだ。


「いや、実は────」


和也はレント達と初めて会った時のことをエリナに話し始める。

初対面の時のことを話したら、彼女は「レントとルルに注意しとかないと。」と言って笑っていた。


それからレント達のもっと小さな頃の話や孤児院のこと、子ども達の家と外の態度の違い…等など。

色々な話をした。

最後には、二人で顔を見合わせて笑った。



楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、いつの間にか辺りは橙色に染め上げられていた。



────────────────────



「じゃあ、そろそろ帰るよ。」

「うん、またね。」


軽く手を挙げると、エリナも小さく手を振ってくれた。


「えー、カズヤおにいちゃん、もう帰るの?ご飯は食べないの?」


リリィが引き留めるように、和也の裾を軽く引っ張る。

他の子達が家に居る中、リリィだけが見送りに来てくれた。


「あ、そういえば。……いや、やっぱり今日はいいよ。ありがとね。」


エリナとの会話が楽しくて、つい忘れていた。

もちろんお腹も空いてるし、エリナとも話し足りない。

しかし、なんとなく断っておく。

そして、ぽんと軽くリリィの頭に手を乗せ、優しく撫でた。

細い髪がふわふわと柔らかくて、気持ちいい。


「………」


その様子を、エリナが少し不機嫌そうに見ていたのが気になり、和也は目線で「どうしたの?」と聞くが、不機嫌そうに目を逸らされた。


「また今度ね。」


まだ和也が帰るのを惜しむリリィを優しく諭す。

拗ねた顔のままだったが、服を離して貰えたので、なんとか納得してもらえたようだ。


「えっと、じゃあまた。」

「うん、またね。」

「ばいばーい!」


エリナとリリィに手を振り、和也は帰路についた。



────────────────────



「ん?」


孤児院に行った2日後、和也の郵便受けにはまたも王国からの手紙が入っていた。


「今度はなんだろ?」


そう呟きつつ、手紙を開く。

中には明日の11時に王城へ来るようにという旨が記されていた。

手紙にはそれだけで、裏を見ても、封筒の中を見ても、具体的な要件は書いていなかった。


「何も書いてないなんて、…何があるんだろ。まあ、行ったら分かるか。」


これまでの経験から、和也は王国のことをかなり信頼していた。

その王国ことだから自分達に不利なことはさせないだろうと思い、深く考えずに手紙を部屋に持ち帰った。



その日は特に用事も無かったので、いつも通りだらだら過ごした。



────────────────────



いつもと同じ円卓のある部屋には勇者組全員が集まっていた。

席も別に誰が言い出したわけでは無いが、和也達はいつも通りの場所に座っていた。


程なくして、アリシアとセバスが入室する。


「皆さんお久しぶりです。こうして、全員が揃うのもなんだか昔の様に感じますね。」


アリシアが柔らかな笑顔を見せる。


……そういえばそうだな。


和也はそれを聞いて、最後に全員でここに集まった日を思い出す。

そして、和也は目を丸くした。

もう3ヶ月以上経っているのだ。

なのに、全然実感が無い。

異世界での生活は、もう、当たり前のことになりつつあるのだ。


「皆さんに集まってもらったのは、一つ、やってもらいたいことがあったからです。」


アリシアが一人一人に顔を向ける。

目が合った男子の中には、頬を紅く染めている者も何人か居た。


「先日、ここから西に進んだ所にあるベナン山脈にて、エクスロックが多数生息している場所が見つかったのです。」


それを聞いて、和也は再び目を丸くする。


ギルドが対策をしたと言うのを聞かなかったからどうなったのかと思っていたが、王国に伝えてたのか。


「そこに皆さんで行って、一週間程、然るべき日の為にレベルを上げて欲しいのです。」


然るべき日。

つまるところそれは、魔王のことだろう。


皆もそれを察したのだろう。

場の空気が先程よりも重く感じた。


「えっと、もちろんその日まではまだまだ先なのですが、準備しておくには越したことがありませんので。」


その空気を察したのか、アリシアが安心させるような口調で話した。


「心配しなくても大丈夫ですよ、僕達はその為に戦ってるんですから。」


剣崎がニカッと無邪気な笑顔を見せる。

アリシアの頬は少し赤く染っていた。


「いてっ!」


佐藤がムスッと不機嫌な顔で剣崎の肘辺りを捻る。

剣崎も痛そうな反応を見せていたが、本当はそんなに痛く無かったのだろう。

目が笑っていた。

まるで、小さなじゃれ合いを楽しむように。


単に、剣崎が苛められて悦ぶタイプの人間だったら話は別だけど。


心の中で、小さくそう付け加える。

しかし、流石にそうは見えないので多分無いと思うが。


剣崎の反応で、周りの空気が弛緩する。


「えっと、いつそのベナン山脈に行けばいいんですか?」


佐藤が少し焦った様子で質問する。

剣崎よりも先に話しかけようとしているのだろうか。

そんな様子が表情から伝わってきた。


「皆さんの予定もあると思いますので……三日後からはどうでしょうか。」


誰か、その日に予定はあるか、とアリシアが目を配る。

反応が無いことから、特に用事がある人は居ないようだ。


エリナとクエストに行く用事があるけど、理由を説明したら多分大丈夫だろ。


「じゃあそれで決まりですね、三日後から取り敢えず一週間、ベナンの町に行ってもらいます。あと、エクスロックのことは内緒なので、誰にも言わないでくださいね。」


アリシアが、最後にそう締めくくった。

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