40.魅了
コンコンと、アリシアの私室の扉がノックされる。
「はい、どうぞ。」
それにアリシアは作業を中断し、すぐさま返事する。
入って来たのは柔らかい黒髪の少年だった。
「あ、よろしく、お願いします。」
何か緊張でもしているのだろうか。
少年の声は少し震えていた。
キョロキョロと部屋の中を見回していることからも動揺が伝わってくる。
「どうぞ。」
アリシアが彼女の前に設置された椅子に促す。
少年は小さく「あ、ありがとうございます。」と言った後、ちょこんと大人しく座った。
「それでは、始めますね。」
……魅了を。
心の中で小さく呟き、アリシアは魅了スキルを発動させた。
────────────────────
今からアリシアの私室に入ろうとしている和也は、ひどく緊張していた。
というのも、異性の部屋に入るということは、和也にとって初めての経験だからだ。
やばい、緊張する。
手汗もかなり出てきた。
というか、人生初の女の子の部屋が王女の部屋って、ちょっとキツすぎる。
いや、ちょっとどころじゃない、かなりだ。
しかも手紙によると一対一で、だろ。
いくら勇者と言っても年頃の男子なんだからもっと警戒した方がいいと思う。
そんなつもりないけど。
和也は左右の廊下を見る。
しかし、目が届く範囲には人ひとり居なかった。
警備がちょっとガバガバすぎるな。
盗賊とは言え、一応戦闘職。
アリシアさんがどんな職業でレベルが幾つなのかは知らないけど、やっぱり不用心だ。
こんなのならやろうと思えば何時でも出来る。
私室だからベットもあるはずだろうし。
いや、しないけど。
和也はもう一度廊下を確認する。
今度も目が届く範囲には誰も居なかった。
ちょっと挙動怪しすぎないか、僕。
今は誰も居ないから大丈夫だけど、傍から見れば完全に今から良からぬことをするつもりの人みたいになってる。
しないけどね。
でも、出来るだけ不審な行動は避けた方がいい。
怪しまれても損なだけだ。
和也は、アリシアの私室へと繋がる扉を見る。
直ぐに開けれられる距離なのに、それがひどく遠く感じられた。
いつ入ろう。
中々勇気がつかない。
時間もそろそろ無いって言うのに。
和也は時計を確認する。
予定の時間まであと5分。
10分以上前にはここに来てたからもう5分もここで立ち尽くしていることになる。
よし、あと30秒カウントダウンして入ろう。
時計に秒針は付いてないから、和也は心の中でカウントを始めた。
気持ち遅めだったが。
にーい、……いーち。
よし!
和也は意を決して扉をノックした。
────────────────────
……おかしいですね。
和也との面談中、アリシアはとある疑問に首を傾げていた。
というのも、さっきからずっと魅了をしているのに種を植えれた気配すら無いのだ。
この子には状態異常対策系のスキルは無かったはず。
もし状態異常無効があったとしてもレベルが最大でない限り、いつかは掛かりますし。
状態異常無効というスキルは、その名の通りそのスキルを持っているだけで状態異常が無効になる、というわけではない。
1レベルにつき10%の確率で状態異常が掛かるのを防ぐ。
つまり最大の10レベルで100%状態異常が掛かるのを防ぐのだ。
そして、これは掛かるのを防ぐスキルであって、掛かっていたものをどうこうする能力は無い。
つまり、たとえスキルのレベルが最大になっても、それ以前に掛かっていたものを消すことは出来ないのだった。
アリシアはその性質を利用し、状態異常無効のスキルのレベルが上がりきる前に、剣崎や他のそのスキルを持つ勇者を魅了しようと考えていた。
アリシアは和也の資料を見る。
スキル欄には状態異常対策系のスキルは無かった。
状態異常対策系のスキルが無いのならそれが原因では無い。
あと考えられる要因は一つ。
魅了条件の不一致。
魅了はとても優秀なスキルだが、万能ではない。
魅了が掛かりにくくなる条件は3つ。
一つ目は、魅了の使用者の見た目だ。
術者が醜悪な者程、掛けにくい。
この点においてはアリシアは余裕でクリアしていると言える。
二つ目は、術者に対し恨み、憎しみなどの悪感情を抱いていることだ。
悪感情を抱けば抱くほど、成功率はガクッと下がる。
しかし、現時点でアリシアに悪感情を抱いているとは到底思えない。
唯一、召喚されたことで恨んでいるという可能性もあるが、調査によると少年はこの生活を楽しんでいるようだった。
つまり、原因は最後の一つ。
術者以外の者に恋愛感情を抱いていること。
つまり、少年は誰かに恋をしているということになるのだ。
…でも、意外ですね。
気弱な感じですから、そういうことにも臆病なのかと思ってたのですが。
アリシアはもう一度、和也の資料を見る。
本当は勇者全員を魅了したかったのですが。
……まあ、この子ぐらいならいいでしょう。
スキル構成は優秀なのですが、あまり役に立つ未来が見えませんし。
しかもこのタイプなら周りに流されて魅了無しで言うことを聞くことになるでしょう。
いつかこの子の気が変わって、魅了が掛かれば儲けもの程度に考えておきましょうか。
アリシアは彼女の質問に答える少年を見る。
そうとなれば、もう終わってもいいですね。
「ありがとうございました。これで、終わります。」
話終わった少年にアリシアは終わりを告げる。
急な終了に少し驚いていたようだったが、どこかほっとしているように見えた。
「えっと、ありがとうございました。で、では、また。」
少年がそう言い残して退出する。
不自然な終わり方だったが、別にいい。
使えるか使えないか分からない者に掛ける時間など無いのだ。
「ふぅ。」
アリシアは溜息を吐きながら椅子に深く腰掛ける。
「あと、9人。」
アリシアが小さく呟いた。
────────────────────
「はぁぁぁ。」
部屋から出た途端、壁にもたれながら、和也は深く息を吐き出す。
「……やっと終わった。」
終始緊張しっぱなしで、たった30分ちょっとなのにどっと疲れた。
和也は王城から出ようと、玄関に向かって歩き出す。
そう言えば、なんで急に終わったんだろ。
僕的にはそっちの方がいいんだけど、ちょっと不自然だった。
まあ、政治とか色々忙しいんだろ、きっと。
それなのにわざわざ時間を空けてくれたのか。
親切だな。
これも勇者だからかな。
……違う気がする。
きっとアリシアさんは心の底から優しいんだと思う。
召喚したのがアリシアさんで良かった。
本当に。
だって、何かしらの能力で無理矢理縛って奴隷の様に扱うとか言う展開もきっとあっただろうし。
前の世界で読んだことある。
それと比べると今はまさに天国の様な待遇だ。
これだけやってもらってるんだ。
それに応えれる様にもう少し頑張ってみよう。
レベルとか、もっと上げて。
役に立てる様になろう。
じゃあ取り敢えず、早くご飯食べてクエストにでも行こうかな。
少しづつでいいから意識を変えていかないと。
そう決心して、和也はギルドに向かう。
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