39.ダンジョン
「王国からの手紙?」
レーナさんと夕食を食べ終え、和也は寮に戻った。
寮の郵便受けに入っていたのは一通の手紙だった。
紅い王国の紋章で封蝋されてある。
和也はやや緊張した趣でそれを取り出した。
まさか魔族と戦う、とかかな。
召喚されて当初の時なら喜んでいたかもしれないが、今はただただ怖い。
魔族というものは教科書の情報だけでしか知らないからよく知らないけど、戦いが、戦争がどんなものかは軽くだが、知っている。
元の世界で、散々習った。
映画や、アニメでもたくさん観た。
観るだけなら楽しめるのだが、自分がその立場になると想像するだけで、腰が引けそうになる。
逃げ出したくなる。
随分、弱気になったよな。
初めはそんなこと無かった。
むしろ、「なんでもやってやる、かかってこい」と、心の中で思っていた節もある。
しかしあの日、モンスターに殺されかけてから変わった。
元の世界とは違う。
死が何時でも隣に居るってことを、少し道が逸れるだけで、触れられる距離にあるってことを思い知った。
まだ、死にたくはない。
「……まあでも、そうと決まった訳じゃないし。考えるのはよそう。」
それでも最悪のパターンを想像してしまうのが僕なんだけど。
悪い癖だとは思ってるんだけど、中々直せない。
部屋に入り、手紙を開く。
「……面談?」
それは王女が勇者一人一人と面談をするという内容のものだった。
親切なんだと、しみじみと思う。
「えっと、日は……明後日か、良かった。」
明日だと、クエストに行けなくなる。
ギリギリセーフ。
「…明日も早いし、寝ないと。」
和也は明日に向けて、就寝の準備を始めた。
────────────────────
「何のクエストがいい?」
隣を歩くエリナに和也は問いかける。
あの洞窟は僕も含め、ギルドがなんらかの方法で情報を公表するまで行かない方がいいと考えていた。
「んー。」
彼女は下唇のに人差し指を付け、思考する。
彼女の艶やかな唇に視線が吸い込まれ──おっと危ない危ない。
つい魅入ってた。
余所見は事故の元だからな。
…前もこんなことあった気がするな。
うーん、いつだっけ?
「あれ行こう、コボルトの巣窟。」
『コボルトの巣窟』とはこの国にある低レベルダンジョンの一つだ。
ダンジョンとは、簡単に説明するとモンスターが湧く場所のことだ。
湧くと聞くと繁殖することを想像するだろうが、しかしそうではない。
ダンジョンの壁が、床が、天井がモンスターを生み出すのだ。
生み出される理由としては、ダンジョンの奥にある巨大な魔石が原因らしい。
ダンジョンは利益が多いとして、魔石を採ることは禁止されている。
ちなみにその前にはボス部屋と呼ばれる強力なモンスターがいる部屋がある。
RPGみたいなものだ。
『コボルトの巣窟』はコボルトが湧く速度が他のダンジョンより早いし、コボルト自体も弱いからレベルを上げやすいということで有名な所だ。
僕とエリナも何回か行ったことがある。
…あの情報で皆、あの洞窟に移るんだろな。
そう言えばあのエクスロックの湧き方っておかしいよな。
まさかあそこもダンジョンなんだろうか。
…かもしれない。
岩石系のモンスターは岩に魔力が宿って、モンスターになるからそもそも湧きにくいのに、その中でも貴重なエクスロックがあれだけ湧くのは不自然だ。
…でも、奥まで行ったけど行き止まりだったけどな。
「……地震とかで道が閉ざされたのかな。」
「カズ?」
どうやら知らぬ間に口に出ていたらしい。
「ごめん。うん、そこに行こう。」
エリナに謝り、考えに賛同する。
『コボルトの巣窟』は経験値効率がいいけど、遠いんだよな。
その点も、あそこの洞窟の方が勝ってるよな。
コボルトなら油断してやられることもあるかもだけど、エクスロックならそれも無いし。
「なんか、エリナと会うのも久しぶりに感じるな。」
「そう?」
実際には一昨日出会ってるのだが、何故か久しぶりな気がする。
あれかな、最近レーナさんとよく話してるからかな。
今までなら殆どエリナだったから印象が強いけど、レーナさんを挟むことで、ちょっと弱くなるとか?
「なんでだろ。」
「私は、そんなに思わないけど。」
まあ、いいか。
別に問題がある訳でもないし。
むしろ僕の交流が広がったのを喜ぶべきなのかもしれない。
「あ、それよりも、『コボルトの巣窟』早く馬車のとこに行かないと。そろそろ時間じゃない?」
時計を開き、時間を確認する。
ああ、あと40分ぐらいしかない。
余裕がなくも無いが、早く行って損は無いだろう。
ちなみに、馬車の出る時間を覚えているのは、殆どの馬車がほぼ共通の時間だからだ。
時計がない限り、正確な時間が分からないから仕方がないのかもしれないが。
「あと40分だけど、何か買っときたい物とか無い?」
「うーん。特に無いかな。」
「じゃあ行こうか。」
────────────────────
「ちょっと多すぎっ!」
ダンジョンに着いた和也達は早速コボルトを探し始めた。
しかし、人気の狩場なので入り口周辺のコボルト達は粗方狩り尽くされていたせいで、和也達は奥に進むことになった。
コボルトを探して歩き回っていると、俗にモンスターハウスと呼ばれているトラップに引っかかった。
モンスターハウスとは、その名の通りその部屋がモンスターで溢れかえると言う大変危険なトラップだ。
幸いなのは出てきたモンスターがコボルトと低ランクだけだったことか。
しかし、敵の数が多いことには代わりはない。
和也達は複数のコボルト達を相手取らなくてはいけなくなっていた。
「ふっ!」
漆黒の短剣を横凪に振る。
すると、まるで豆腐を切るかのようにコボルトの胴体が真っ二つに分かれた。
しかし、それに構う余裕は無い。
和也から見て左に居たコボルトが曲刀を振り上げていたからだ。
「危なっ!」
瞬時に左足を下げ、刀を避ける。
そして、カウンターの袈裟斬り。
先程のコボルトと同じように、一撃で絶命した。
よし、とりあえず当てれば勝てる。
僕は多分大丈夫だけど、エリナはどうだろうか。
チラリと横目で彼女を見る。
エリナの表情からは少しの余裕が感じられた。
良かった。
……じゃあ今は自分の分に集中しよう。
錆びた刀を避け、腕を切り落とす。
この剣の切れ味ならコボルトの刀ぐらいだったら切れると思うけど、こっち方が避ける練習になるし、やめとこう。
こんなに多い敵と戦うのも、中々ないからいい経験になる。
格下相手には強気だから余裕の態度だ。
コボルトの攻撃を、しゃがんで避ける。
刀が和也の髪を数本持って行ったのを感じた。
危な。
余裕じゃないかも。
コボルト達も和也の戦い方の癖を学習したのか、どんどん攻撃が正確になっていく。
初めは余裕を持って避けてれていたのだが、今はもうギリギリだ。
本格的に反撃しないとヤバいな。
よし。
「はっ!」
気合いを入れて剣を振る。
コボルトもそれを避けようとするが、和也の攻撃は胸を深く抉る。
「ガギャアッ!」
倒れ込んだコボルトが痛みに悶絶する。
自分がやった事だが、こういうのは苦手だ。
出来るだけ痛くしないようにしてあげたい。
「ごめん。」
一言謝り、今なお悶絶するコボルトを手にかける。
残りのコボルトもあと3体。
もうすぐ終わる。
残りの3体のコボルトを殺し、和也はダンジョンの床に座り込む。
「…ああー。……疲れた。」
「お疲れ。」
同じく戦闘を終えたエリナもこちらに近づいて来た。
「エリナもお疲れ様。」
「うん。久しぶりにこんなに倒した。」
エリナがアイテムボックスを持ち上げる。
きっとその中はコボルトの討伐証明でいっぱいになっているだろう。
「その武器、凄いね。」
エリナが、僕の短剣を指差す。
「ああ、うん。勇者組の鍛冶師の人に貰ったんだ。」
「へえ。」
僕はエリナの剣を横目で見る。
使い古された様な見た目だが、切れ味がいいのは知っている。
きっと、丁寧に扱われていたのだろう。
「エリナはその剣、長く使ってるの?」
「うん、ずっと。お気に入り。」
エリナが剣を胸に抱く。
いいなぁ、剣。
今だけ代わりたい。
空気を自称する僕も、無機物になりたいと思ったのは初めてだ。
「まだやる?」
疲れた和也の様子を見て、エリナが問う。
女の子に心配されるのは情けない。
強くなったのを見せなくては。
答えは決まってる。
「もちろん。」
ちなみに、家に帰ったのは日付が変わる直前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます