35.デート!


エリナとの待ち合わせ場所に設定したいつぞやの公園。

僕はベンチに座り、昨日レーナさんと決めた『やることリスト2』を頭の中で反芻していた。


『やることリスト』も2になり、大幅にグレードアップした。

何よりも女性の意見が入っているのがいい。

というのも、昨日レーナさんと一緒に街を周りながら何処へ行くのか決めたからだ。


…レーナさんの好きなものを延々と奢らされただけかもしれないけど。

いや、為になったに違いない。

うん。

前向きに考えよう。


それにしても、


「遅いな、エリナ。」


待ち合わせの時刻に設定した10時の鐘はもう鳴っていた。


その鐘は『時刻みの鐘』と言い、街の中央の塔に設置してある。

2時間に1回。

1日に12回鐘が鳴らされる。

鳴らされるといってもその鐘自体が巨大な魔道具で、自動的に鳴るらしい。

深夜は魔力供給を無くすことで魔道具の活動を停止しているみたいだ。


元の世界と違いこの世界にはゼンマイ式の時計は無く、時間を知る手段は少ない。

あるのは原始的な時計と、魔法、あと高価な魔道具だけだ。

その魔道具は『時計』といい、盤に12の数字と長針と短針がついている。

その2本の針がくるくる回って針がある場所の数字が今の時刻となる。


まんま元の世界のと同じだ。

見た目も大きさも懐中時計そのままなのだが、中の構造が違っている。

あるのは魔法陣と、魔石と呼ばれる魔力の結晶だけだ。

魔石は電池のように交換式で、大体2ヶ月で交換するらしい。


何故こんなにもこの魔道具に詳しいかというと、それを持っているからだ。

元の世界と違い簡単に時間を知れないのが面倒になり、買った。

お値段なんと、白金貨11枚。

高い買い物だった。

我慢していたら今頃空を歩けていただろうが、そんなことより時計の方が優先だ。


…時間を好きな時に知れないのは本当に不便だったからなあ。


時計を買うまでの苦労をしみじみと思い出す。

何が1番大変かって、時間を知る手段が全部街の中にあるということだ。

原始的な時計も含め、全部街の中にあるからクエストとかで街の外だと時間が分からない。

天気がいい日は太陽みたいな恒星の位置とかで分かったりもするのだが曇りの日だとそうはいかない。

召喚時、ポケットに入ってたからスマホは有るのだが、電池は切れたし、充電も出来ないからただのゴミと変わらない。

スマホを使って無双なんて……おおっと、これ以上はよした方が良さそうだ。

寒気がする。

…風邪かなぁ。

体調には気をつけないと。


まあ何より、この魔道具は凄く便利だ。

お金に余裕のある人は是非買った方がいい。

おすすめする。


と、いった感じでこの魔道具の星五レビューを考え終わったのだが、エリナはまだ来ない。


何か問題でもあったのか?

それとも単に忘れてるだけ?

…まさかとは思うけど、わざとか?

待ちぼうけする僕を見て楽しんでる?

それとも、一時期距離を置いた僕に対する当てつけ?


今まで無かった出来事に、様々な考えが巡り、疑心暗鬼になる。


いやでも、エリナがそんなことするなんて考えられない。

やっぱり、何かあったに違いない。

エリナには悪いけど、そう思いたい。

…そうじゃないと辛すぎる。


和也はおもむろに『時計』の蓋を開く。

時計の針は待ち合わせの時間からもう1時間も過ぎたことを告げていた。


「はぁ。」


重い溜息をつく。


もう、諦めて帰ろうか。

何があったのかはまた今度エリナに聞こう。


そう思い、ベンチから立ち上がると、


「カズ!」


公園の入口に息を切らしたエリナが居た。


それを見た瞬間、安堵した。

これでエリナが故意でやっているという予想は外れたと思ったからだ。

和也は急ぎ足でエリナの元へ向かう。


「はぁ、はぁ。ごめん、遅れて。」


エリナが肩を揺らしながら、途切れ途切れの謝罪を述べる。

額には汗の粒がいくつも浮かんでいた。


「それくらい別にいいけど。…あ、はいこれ。汗でも拭いて。」


僕は急いで持ってたハンカチを渡す。

エリナは小さく「ありがとう」と感謝の言葉を述べたあと、汗を拭い始めた。


「取り敢えず、座ろうか。」

「うん。」


エリナをベンチに促す。

息も絶え絶えの彼女をそのまま立たせて置くのが忍びなかったからだ。


「『ウォーター』。」


エリナが精霊魔法で水の小さな球を生成し、それに口を付ける。

ごくごくと動く喉が妙に艶めかしく、明後日の方向に目を逸らす。


「…ふぅ。」


水を飲み終えたエリナが小さく息をつくのを横目で確認した和也が口を開く。


「エリナが遅れるなんて珍しいね。何かあったの?」

「妹が、急に熱を出して。」

「あ、妹居たんだ。まあ、それなら仕方ないか。」


……エリナの妹か。


和也はちらりとエリナの顔を盗み見る。


さぞかし美人なんだろうな。

1度見てみたい。


「本当にごめんなさい。」


エリナが深く、頭を下げる。

少しでも疑ってたという罪悪感が、僕の心に重くのしかかる。


「いや、頭を上げてよ。別に怒って

ないし!…そんなことより妹さんは大丈夫なの?もしダメなら今日は解散した方が──。」

「もう大丈夫になったから。」


エリナが僕の言葉に被せながら言葉を発する。

あってるかどうか分からないけど、エリナが僕との時間を大切にしてくれている様に感じた。


「そうなの?」

「うん、だからさ。」


エリナが立ち上がり僕に手を差し伸べる。


「行こ?」


朝日という程早い時間では無いが、陽光に照らされる彼女は眩しいくらいに美しく、手をとるのを躊躇してしまうが、気を取り直し、


「うん。行こう。」


僕は彼女の手を握った。


「一応いろいろ考えてきたんだけどさ、エリナはどこか行きたいところはある?」


エリナを見て触れたせいか、火照った顔を彼女に見せまいと顔を少し逸らして問いかける。


んーっと、少しの間思案した様子のエリナだったが、


「カズが用意してくれたところに行く。」


と、柔らかな笑みで答えた。


それだけで、それが見れただけで考えてきた甲斐があったと思えた。


「うん、おけ。ええっと、まず初めに──」


僕は昨日のことを思い出す。



────────────────────



「さて、カズヤさん。まずはどこに行こうと考えてましたか?」


ギルドの近くの喫茶店で、私服に着替えたレーナさんが僕に問いかける。

いつもはギルドの制服だから、何気に私服を見るのは初めてだ。


「ええっと、待ち合わせの時間は10時なので、そのあと商業区にでも行って魔道具でも見ようかなーって。」

「ほうほう、それで?」

「で、昼ぐらいになったら適当な所でご飯でも食べてその後はその時の気分に合わせて行動する、みたいな。」

「えっ、終わりですか?」


レーナさんがニッコリ笑顔で訊ねる。

いつもと変わらない笑顔なのだが、なんか怖い。

背中がゾクッとする。


「は、はい。まあ、そうですね。」


ゾクッとしたとしても特に何も考えていなかったので取り繕うことが出来ずに肯定する。


「…はあ。」


レーナさんが深いため息をついたあと、キリッとこちらを見て口を開く。


「カズヤさん、あのですね。カズヤさんの立てた予定ですが、控えめに言って全然ダメです。これっぽっちも魅力を感じないです。」

「えっ。」


控えめに言ってそれか。

いやいや、そんなことより、やばい、レーナさんが怖い。

目とかは笑ってるんだけど、表情が固まっている。

まるでお面みたいだ。

どうしてなのかはよく分からないけど、絶対怒ってるよなぁ。


「あ、あの何処がとか教えてくれません、かね?」

「全部ですよ、全部!ぜーんーぶっ!!」

「はっ、はい。すみません!」


つい脊髄反射で謝ってしまったけどイマイチ悪いところが分からない。

だって今までと変わらないし。


「はぁ、エリナちゃんも可哀想に。」


そんな呟き声まで聞こえてくる始末だ。


えぇ、そんなこと言われても。

女心とか分からないし。


「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「……はぁ。ええとですね、まずは定番なんですが──」



────────────────────



「演劇を見に行かない?」

「うん。」


この世界にはもちろんテレビなどは無い。

その代わりに大衆向けの娯楽として発達したのが演劇だった。

江戸時代に歌舞伎が流行ったのと同じ感じだと思う。


「今って何してるの?」

「あれ、エリナはあまり観ないの?」

「うん。」


冷や汗をかく。

大衆の娯楽として流行っているとはいえ、嫌いな人も居るだろう。

エリナもその部類に入るのかも知れない。


「え、もしかして嫌いだった?」

「そういうわけじゃないけど、単純にあまりそういう機会がないだけ。妹たちの面倒も見ないといけないし。」

「あ、良かった。」


ふう、と心の底から安堵する。

席を予約しているのだが、いい席だから高いのだ。

無駄になる所だった。


「あ、それと見るやつは『マルコ兄弟の大冒険』だったかな。」


巨大なモンスター、ビビンバに囚われたスモモ姫という姫を助けに行く兄弟の話だ。

かなり人気の物語で、何度も再演されているらしい。

昨日はレーナさんと場所の確認をしただけなので、僕はまだ見たことが無いのだけど、エリナはどうなんだろう。


「エリナは見たことある?」

「聞いたことはあるけど、まだ見てない。人気らしいから一度見てみたかった。」

「よかった。」


僕は時計を確認する。

時刻は11時30分。

公演時間が12時だからまだ余裕はある。


「じゃあ行こうか。」



────────────────────



「ど、どうだった?」

「すごく、面白かった。」

「僕も。」


凄く面白かった。

大迫力のバトルシーンにいきなりの弟の死。

悲しみを堪えビビンバの尖兵を蹴散らしていくマルコ。

そして遂に辿り着いたはビビンバ城。

ビビンバ城に仕掛けられた卑怯なトラップ数々や、大量の精鋭兵士に何度も負けそうになるマルコ。

しかし諦めずに戦い続け、遂にビビンバとの直接対決。

高熱の炎の塊や、ビビンバの致死の一撃にピンチになった兄に駆けつけたのは死んだはずの弟。

手に緑色のキノコを持っていたのが謎だったが、感動した。

そしてビビンバを溶岩の海に突き落とし、スモモ姫を解放したマルコにスモモ姫からのお礼のキス。

泣きそうになった。

今も少し鼻声だ。

エリナも少し目元が赤くなっている。


「また、見に行こうか。」

「うん。」


ほんとによかった。

元の世界では演劇とか観ないからどうだろう思ったけど、流石この世界トップクラスの大衆娯楽。

最高だ。

また見に行こう。


「あ、お金。」


エリナが自分のカバンから財布を取り出そうとする。

僕はそれを手で止め、


「いや、別にいいよ。」


と、言った。


「え、でも。」

「今日は僕が払うから。」


これもレーナさんからアドバイスされたことだ。

男が払った方がかっこいいらしい。

それでレーナさんの分も払わされた。

まあ、いいアドバイスになったからいいけど。


「……でも。」

「エリナにはいつもお世話になってるから今日ぐらいは、ね。」

「でも私も──」

「いいから。」

「………ありがとう。」


エリナは食い下がったが、納得してくれた。


「よし、お腹も空いたしご飯でも行こうか。」

「うん。」


公演を見ながら軽食は食べたのだが、まだ足りない。


「どこ行くの?」

「えっと──」



────────────────────



「お昼ご飯はどうしたらいいですか?」

「うーんと。最近人気なのは新しく商業区に出来たデザート屋さんだね。」


デザートか。

なんだろ。

甘いものは好きだから楽しみだ。


「え、そんなの出来たんですか。あ、でもそれで足りますかね?」

「それ自体も量あるらしいし、演劇中もなにか軽食食べたら大丈夫なんじゃない?」


量あるって、ホットケーキみたいなやつかな。


「というか、らしいってレーナさんも行ったことないんですね。」

「しょうがないでしょ、最近忙しいんだもん。今日もせっかくの午前だったのに。」

「う、すみません。」

「まあ、その分カズヤさんが楽しませて下さいね。…よし、じゃあしゅっぱーつ!」



────────────────────



「ここだよ。」

「あ、ここって。」

「え、エリナ知ってるの?」

「来たことは無いけど、最近わりと有名だから。」

「あ、そんなに。」


そんなに話題になってたのか。

ちょっと色々と知らなすぎるな。

話題に付いて行けない。


「早く行こ。」


エリナがうずうずした様子で僕を急かす。


「あ、うん。」


チリーンと、ベルの付いたドアを押し開ける。

すると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


近くのテーブルを見ると、ホットケーキみたいな、というかホットケーキそのままの見た目のものがある。

色とりどりの果物に彩られ鮮やかでとても美味しそうだ。

今どきはホットケーキじゃなくてパンケーキと言うらしいが、僕には違いがよく分からない。


「何名様ですか?」


ニコニコした赤毛の店員が僕達の元へ小走りで近づいた。


「あ、えっと2人です。」

「ではこちらにどうぞー!」


赤毛の店員に促され、僕達2人、席に着く。


「えっと、何にしようか。」


メニューを開くが、ここは異世界。

写真なんて高価な魔道具でしか撮れないからメニューには文字列しか並んでいない。

スキルがあるから文字の意味は分かっているのだが、今までの人生で無縁だった言葉ばかりで何が書いてあるのかさっぱり分からない。

この前レーナさんと来た時は、レーナさんと同じものを頼んだので形と味は覚えていても、名前までは頭に残っていなかった。


「何がいいと思う?」


少し粘ってみたが、自分で考えるのを諦め、対面に座るエリナに聞く。

分からないなら同じものを頼もうという算段だ。

エリナの方が詳しいだろう。


「…私も、あまりよく分からないけど、これが美味しいってこの前知り合いが言ってた。」


エリナがメニューの商品を指で指し示す。


「じゃあ僕もそれにするよ。」


店員を呼び、それを二人分注文する。


それから程なくして、商品が僕達の元へ届けられた。


「あ、これ。」

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。」


前食べたのと同じものだ。

レーナさんもよく分かっていなかったのだろうか。


「美味しそうだね。」

「うん。いい匂い。」


2人で黙々ともぐもぐと食べ進める。

この前、というか昨日食べたばかりなのに飽きることなく食べ進めることが出来た。


そういえば、僕って店員さんからどんな目で見られてるんだろうか。

2日連続で、しかも別の女性と来るなんてとんだ女たらしと見られてるのだろうか。

それは、嫌だな。

僕自身、彼女すら出来たことないのに。

女友達すらエリナが初めてなのに。



────────────────────



十数分後、食べ終わった僕達は店を出て、集合場所であった公園へ向かう。

辺りは日が沈みかけていて、少し薄暗くなっていた。


公園に到着した僕達は手頃なベンチに腰掛ける。

朝に走り回っていた子供たちはなりを潜め、辺りを静寂が覆う。

それから何分、何十分そうしていたのだろうか、


「今日はどうだった?」


と、別に静かな時間も悪くはなかったのだが、彼女ともっと話したくて、まだ話し足りなくなり、会話を振る。


「今日は、すごく楽しかった。」

「よかった、楽しんでくれて。」

「でも、いいの?全部奢ってもらって。」


エリナの声は不安げに揺れていた。

僕は彼女を安心させるかのように、ゆっくりと言葉を掛ける。


「うん、いいよ。さっきも言ったとおり、エリナに感謝してるし、この前のお詫びも含めて、ね。」

「でも、相当な金額になったんじゃ。演劇の席もいい所だったし。無理してない?」

「全然無理してないよ。」


本当は、全然というより昨日の分を合わせるとちょっぴり無理してるのだが、そこは見栄で塗り固める。


「…ありがとう。今まで遊んだ中で、一番楽しかった。」

「それはどういたしまして。エリナが楽しんでくれたなら幸いだよ。」


びゅうっ、と、少し冷たい風が吹く。

夏と言っても、夜はあまり暑くなく、むしろ薄着な僕達には寒いくらいだった。


すっと、布が擦れる様な音がする。

隣を見れば、エリナが半歩詰めてきたことがわかった。


半歩詰めただけなのに、僕の心臓はどくどくと早鐘のように脈打つ。

本当に、どうしたのだろう。

前はこんなこと無かったはずなのに。


こてん、と彼女が僕の肩に頭を載せてくる。

初めての経験に、緊張とか様々な感情が入り混じって体が硬直した。


え、ちょっとどうしたらいいんだろ。

やばい、心臓がバクバクだ。

エリナにも聞こえてるかも。

それよりエリナ、どうしたんだ。

いきなりそんなことしてくるなんて。

……あ、もしかしてエリナも寒いのかな?

じゃあ早く帰らないと。


「じゃあ、もう遅いし、そろそろ帰ろうか。」

「……うん。」

「送っていくよ。」

「近いから、いい。」

「でも、いつもより遅いし。」


時刻は7時。

そろそろ帰らないと、僕はともかくエリナは家族に心配されているはずた。


「いい。」


彼女の声は、少し不機嫌になった様に感じた。

何故だろう。

さっきまでは楽しんでくれていたみたいなのに。


「じゃあ、気をつけてね。」

「うん。今日は本当に楽しかった。ありがとう。」

「僕も楽しかったよ。また今度。」

「うん。」


また、静寂が訪れる。

エリナが体を翻し、公園の出口へと向かう。


「待って!」


離れる彼女の後ろ姿を見た瞬間、何故か切なくなって、心が痛んで、彼女を呼び止める。


「……また、一緒にクエストでも行ってくれる?」


大事なことを忘れていた。

これを言わなければ、前に進めない気がする。


「…いいよ。いつ?」


彼女の快い返事に、思わず頬が緩みそうになるが、そこはしっかり引き締める。


「…明後日は、大丈夫?」

「うん。じゃあ明後日。」

「ありがとう。時間はいつもと同じでいい?」

「うん。」


重荷を取り払った様な、そんな感じで心が軽くなる。

今なら空も魔道具無しで飛べそうだ。


「じゃあ今度こそ、じゃあね。また、今度。」

「うん、また今度。明後日、楽しみにしてる。」

「うん。僕も。」


短く言葉を交わし、別れの挨拶とする。

今度こそ、彼女が出口へと向かう。

だが、今度は心が痛まない。


少しだけ、本当に少しだけだが、僕は前に進めて居る気がした。


僕は彼女の背中が見えなくなるまで見送ったあと、公園を後にした。

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