36.アリシア・ルーレンス


アリシア・ルーレンスという女性の話をしよう。


彼女はルーレンス王国17代国王アーノルド・ルーレンスの長女としてこの世に生を受けた。

両親に、兄が2人。

沢山の愛に包まれ、彼女は育てられた。

王家という最高の環境での生活。

彼女は優秀であったし、見た目もとても可愛らしかったため、将来を期待され、約束されていた。

何不自由無く暮らす日々。


しかし、それだけでは彼女の欲を満たすことが出来なかった。


彼女は王国が欲しくなった。

上に兄が2人も居て、なおかつ女性であった為、彼女はどれだけ優秀でも国王にはなれない。

近隣の何処かの国に嫁に出されるのが関の山だ。

その事実は彼女の心を徐々に黒く染め上げていった。


彼女は『魅了』というスキルを持っていた。

これは、使用者に対し負の感情を抱いている者、又は愛している人が他にいる者以外を魅了し、使用者の思う通りに動かせる様にするというスキルだった。


6歳になった彼女は、手始めに自分の世話役のメイドを魅了した。

レベル1の『魅了』では、相手が少しでも負の感情を抱いていると成功確率がガクッと下がるのだが、彼女は皆から愛されていた。

魅了は成功した。


次に彼女は執事長のセバス・チャンを魅了した。

彼も彼女の手駒となった。


そうして、彼女は王城内の人間を次々に魅了し、彼女に付き従う人間を増やしていった。


王城内の殆どが彼女の手駒となった後、彼女は遂に事を起こした。


彼女以外の王族の食事に少し、ほんの少しだけ毒を混ぜさせたのだ。

しかも病に見せかけるため効果が薄い毒をわざと使い、少しづつ、しかし確実に弱らせていった。


彼女が食事に毒を盛り始めてから1ヶ月。遂にその時が訪れた。


弱り果て、ずっと寝込んでいた王が亡くなったのだ。

王が亡くなった後、まるで決壊するダムの様に母親、次男、長男と彼女以外王族が亡くなった。

しかし、それを不審に思う者は誰一人としていなかった。

むしろ、流行り病にも屈しないとして更に国民の王女に対する評価は高まった。


そうして、彼女はこの国を手に入れたのだ。


ずっと欲しかったものが手に入り、彼女は歓喜した。

自分を崇める民に、従順な手下。

これ程までに素晴らしいものは無いと彼女は思った。


しかし、その喜びは長くは続かなかった。


16歳のある日、彼女は世界が欲しくなったのだ。

世界を手中に収め、全人類が自分を愛し、誰も歯向かう者が居ない世界。

なんて素敵なのだろうか。

その光景を想像したその時から、彼女はそれに向けて準備を始めた。


そして、戦力を集める為に勇者召喚の儀式を行った。

儀式には大量の生贄が必要であったが、彼女を愛する者達は喜んで協力した。


成功率はとても低く、過去に成功した事例は殆ど無かったが、彼女は儀式に成功した。

それも大成功だ。

召喚人数は41人で、歴代最高記録を大きく塗り替えた。

彼女は自分は神からも愛されていると確信した。

そして、尚更この世界は自分のものになるべきだと思った。


彼女が目標を完遂する為に準備することはただ一つ。


勇者全員を魅了し、死も恐れない最強の軍勢を創り出すこと。



そして、その計画はもう少しで終了しようとしていた。



────────────────────


「あと、10人。」


アリシアは紙束を眺めながらポツリと呟いた。


勇者の魅了は順調に進んでいる。

勇者だからか、状態異常に強いのだろう。

いつもより時間がかかったが、残すところはあと10人だ。


「んーと、誰からしましょうか。」


紙に書かれた勇者達の情報を見比べながら思考する。

出来によっては今後を左右する、大事な作業だ。

今まで以上に慎重にやらなくてはならない。


本来魅了とはゆっくりと時間を掛けないといけない。

31人の魅了が完了したと言っても、それは種をまいただけで、目指す目標にはまだ遠い。

しかし、完璧に彼女の従僕になるのは時間の問題だ。

今はまだ彼女への好感度が上がったぐらいのものだが、日を追う事に着実に進んでいる。


「……あと、2ヶ月くらいですかね。」


2ヶ月後、勇者達が自分を崇め、服従している事を想像するだけで下腹部がきゅんなった。


「…嗚呼、楽しみですわ。」


下腹部に手を伸ばそうとした所で、まだ肝心の順番を決めていないことを思い出し、断念する。


「剣崎とかいう子は最後にしましょうか。一番優秀らしいですし。……後は大したこと無いですね。順番が変わっても大差ないでしょう。」


パラパラとリストを捲りながら思考する。

そして、目を瞑りながらそれをシャッフルし始めた。


「この子にしましょう。」


混ぜ合わせたものから最初に手が触れたものを目の前に持ってくる。


「ふうん、サエグサカズヤ。……ああ、あの冴えない子ですか。」


アリシアは手を2回、打ち鳴らす。

乾いた音が鳴る。

一瞬の静寂の後、トントンというノックの音がした。


「アリシア様、入ってよろしいでしょうか?」


若い女の声だ。

アリシアはそれを了承する。


「勇者にサエグサカズヤっていう子が居ますよね、その子に明後日の10時に王城へ来るよう伝えなさい。」

「はっ。」


一礼をして、メイドが退出する。

あれは確か、54番目に魅了したメイドだ。


「さて、あと10人、頑張りましょうか。」


夕暮れが照らす部屋で、アリシアが嗤った。

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