33.勇気
「え、エリナ。」
震えた声で彼女の名前を呼ぶ。
最後にこうして会ったのはもう1週間も前のことだ。
「…ひさしぶり。」
「ん、ひさしぶり。」
「……」
「……」
勢いでここまで来たが、話すことなんて無い。
気まずい。
重々しい空気に息まで苦しくなる。
ここで終わったら折角レーナさんに応援して貰ったのが無駄になる。
…とりあえず雑談でもして時間を稼ぐしかない!
「きょ、」
「カズは、」
話すタイミングが被り、また居心地の悪い沈黙が訪れる。
でも、少し緊張は解けた。
今ならいける気がする。
「と、取り敢えず座ろうか。」
「うん。」
勇気を持って、テーブルへとエリナを促す。
特に反対するでもなく、すんなりと動いてくれた。
エリナ、怒ってるのかな。
前で揺れる彼女の髪を眺めながらそんなことを考える。
1週間。
僕とエリナが出会ってない時間だ。
1週間と聞くと短く感じるのだが、僕にとってはあまりにも長い。
その間、色々なことが頭を巡った。
どうやって話しかけようか、何と言えばいいのか、気にする必要は無いのか。
考えて考えて考えて、この時のために準備してきたのに、いざとなってはそれが思い出せない。
彼女を見ると、彼女のことを考えると、僕の心は跳ねる。
それがなんなのか知りたい。
いや、それよりもまずこの気まずい空気を消したい。
元に戻したい。
席に座った後、エリナが言いかけた話を始めた。
「カズは今日、クエストしてたの?」
「う、うん。お昼ご飯を食べに来ただけだったんだけど、他の冒険者に誘われて行くことになったんだ。……いや、だけじゃない、よな。」
ご飯を食べるのに装備は要らない。
では何故フル装備でギルドに来たのか。
本当はエリナに会って、クエストに誘われるのを期待していたんじゃないのか。女々しくも、彼女から歩み寄ってくるのを期待していたんじゃないのか。
僕から歩み寄らないでどうする。
向こうが僕の心の壁を壊してくれるのを待ってるだけじゃ駄目だろ。
それくらい自分でしろ。
何様だ。
自惚れるな。
「…僕は、」
「?」
「僕は、エリナに会えるかと思ってここに来たんだ。」
「そう。……私も、会いたかった。」
そう言った彼女は微笑んでいた。
今日、いやあの日から初めてまともにエリナの顔を見たかもしれない。
今までは、見れなかった。
彼女がどんな顔をしているのか確認するのが怖かった。
「よかった。」
そのあと僕達は夜が耽けるまで色んなことを話した。
彼女と会ってない間にあったことや、考えてたことが止めどなく溢れてきて言葉が尽きなかった。
そして、明後日に遊びに行く約束もした。
以前まで、とはまだいかないかもしれないけれど、大分仲が戻ったと思う。
レーナさんには感謝だ。
この気持ちの正体は分からなかったけど、前には進めた。
────────────────────
翌日、僕は王城へと向かっていた。
何の用事だろう。
全員呼ばれたらしいけど。
王国のレンガ作りの街並みを見ながら歩く。
肩の荷がとれたからか、足取りは軽かった。
このまま飛べそうなくらいだ。
飛行系の魔道具はあるらしいからいつか使ってみたいな。
…お金貯めないと。
いつぞやの魔道具店で見かけた魔道具を思い出す。
魔力を流すと空を歩ける靴らしい。金貨より一つ上位の貨幣である白金貨10枚。
買えるのは何時になるか分からないな。
お試しとか無いんだろうか。
……無いだろうな。
その魔道具がどんなものなのか知らないけど空を飛んだら大体逃げれるもんな。
いや、魔術師にも飛べる魔法があったはずだからそんなことは無いのかもしれない。
つい元の世界の感覚で考えてしまう。
感覚を変えないといつか足元を掬われそうだ。
具体的にはあんまり思いつかないけど。
「お、三枝君。おはよう!」
うわぁ。
「お、おはよう。」
交差点の角で出会ったのは剣崎だった。
「意外と早いね。」
「ひ、暇だったからさ。」
嘘だ。
クラスメイトに出会うのが嫌だったから早めに寮を出たのだ。
まさか、剣崎が居るとは。
寮の方向ではないから剣崎はそこらで部屋を借りてるのだろう。
というか、普通ほぼ初対面の人に話しかけるか?
一人にしてくれよ。
剣崎みたいな大物と僕みたいな──やめよう、レーナさんに怒られる。
「三枝君は寮なの?」
「うん、そうだよ。」
寮は別に強制では無い。
ちなみに、僕はお金が浮くと思って寮にしたのだが、他の寮生に出会うのが嫌になってきたからそろそろ寮を出ようかと思っていた。
ここは是非とも家賃を聞いておきたい。
「け、剣崎君は、寮じゃない、よね?部屋を借りるのってどれくらいいるの?」
「えっと、月金貨10枚かな。」
「金貨10枚!?」
どんだけ稼いでるんだよ。
「え、な、なんでそんなに稼いでるの?」
「うーん、休みの日に高難度のクエストに行くくらいだなぁ。あと、国からの小遣いと。」
え、高難度?
クエストに行ってるのを見たこと無いんだけど。
「い、今冒険者のランクって?」
「え?Cだけど。」
え、僕まだEなんだけど。
簡単なクエストだけだけど、殆ど毎日やってるのに。
えっ?
「な、なんでそんなに上がるの速いの?」
「この前倒したキンググリズリーのお陰かな。特別だって。」
あー、あれか。
Cランクのモンスターだしな。
チートものでよくある飛び級昇格ってやつだな。
僕のやりたかったこと全部剣崎にやられてるんだけど。
「す、すごいね。」
「ありがとう。」
剣崎が爽やかイケメンスマイルを繰り出す。
それを見てしまった花屋の娘はメロメロだ!
……はぁ。
チーレムそのものだな。
「そういえばさ、三枝君は今日って何があるのか知ってる?」
「いや、聞いたけど教えてくれなかったから。」
「あ、三枝君もか。いやぁ、何があるんだろな。やっぱり魔王関連の話かな?」
僕に聞かれても。
「…うーん、どうだろ。でも、そんなに深刻じゃないと思うよ。騎士の人も落ち着いてたし。急な話ならその日に呼ばれてる筈だし。」
「おっ、やっぱりそうだよな。じゃあなんだろな。悪い話じゃないといいな。」
「うん、そうだね。」
早く話終わってくれないかな。
僕のキャパシティを超えててキツいんだよ。
…そういえば、剣崎なんでこんなに早いんだろ。
僕と違って気まずいとかないだろうに。
「そういえば剣崎君は、なんでこんなに早いの?」
「…あっ、そうだった!ギルドに寄らなきゃいけないんだった!三枝君、……長いから和也でいい?」
「う、うん。」
名前知ってたのか。
ちょっと嬉しい。
「じゃあ和也、また後で!」
剣崎がギルドの方へ走っていった。
しかも凄く速い。
ポーション飲んだ僕と同じぐらいじゃないか、あれ。
「……はぁ。」
自分と剣崎との差にため息をついたあと、僕は王城の方へ向かって行った。
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