30.もやもや


「陛下、一つお伝えしたいことが。」

「なんだ、爺?」


レグニアス帝国、王の執務室にて嗄れた声が響く。


「王国に忍ばせた間者からの報告なのですが、どうやら王国は勇者召喚の儀を執り行ったようです。」

「ほう。」


重厚感のある黒檀の椅子に座った若き君主が感嘆の声を上げる。

ジークハルト・フォン・クラーク・レグニアス。

レグニアス帝国の現皇帝であり、歴代最高峰の才能と称される人物である。


「それで、儀式は成功したのか?」

「はい、残念ながら。」

「ふむ。…何人だ?」

「現在、王国内で公表されているのは41人とのことです。」

「41人!?それは誠か!?」

「報告では、そう聞いております。」

「どうしたものか。」


ジークハルトが考え込む様に腕を組む。


「……その勇者は今どうしている?」

「ほとんどが王立の学園に通っていると。」

「…このまま、王国に力を持たせすぎるのは危険だな。」

「ええ。」

「いずれ、我が国との戦争にも配属されることになるだろう。」

「どう致しますか?」

「……殺せ。たとえ勇者でも、レベルが低ければそこらの兵士とさほど変わるまい。寧ろ時間を掛けすぎるとまずいな。…いや、まずこちら側に付くかどうかを聞き、その者以外を殺せ。勇者の力はこの国にとって強力な戦力になるやもしれんしな。」

「御意に。」


ジークハルトが立ち上がり、背後にある窓から帝国を見下ろす。

窓から見える、活気のある帝国の街並みに幸せそうな国民の姿。

これだけで、ジークハルトがどれだけ偉大な為政者かどうかが伺えた。


「勇者は、過去の文献によると異界から召喚されるのだったか?」

「はい。」

「……王国に利用されただけの者を殺すのは些か抵抗があるが、仕方ない。これも我が国民の為だ。今の王国は危険過ぎる。前王の時はまだしも、あの女は何をしでかすか分からん。噂では前王は流行病で死んだと聞いているが、それも疑わしいものだ。」

「前王の死に、王女以外の子息の死。時期を考えるとあまりにも不自然ですな。」

「ああ、明らかにおかしい。奴が戦力を集めるのを何としてでも阻止せねばならん。……今はとにかく情報を集めろ。勇者だけで行動する時を狙え。そして何としてでも勇者を始末するのだ。」

「はっ!」


爺が年齢に似合わぬハキハキとした足取りで退出する。

誰も居なくなった部屋でジークハルトは再び椅子に座り、同じく黒檀の机に肘をつく。


「…はぁ。これからどうしたものか。」


皇帝の小さな呟きは虚空の中に消えていった。



────────────────────



「暇だ。」


あの事件から2ヶ月が経ち、学園は夏季休業となっていた。

もちろん遊ぶ約束をする相手などいる訳もなく、和也はこうして部屋で無駄な一日を過ごそうとしていた。

エリナとも(ましにはなったが)少し話しにくいままであり、結局遊ぶ約束などしていなかったし、クエストを受ける習慣も、あの日以降、行っていなかった。


適当に街をぶらつく?

もしかしたらエリナと出会えるかも。

…いやいや、僕はストーカーか。

女の子を捜して街を徘徊するとか、流石に気持ち悪すぎる。

……でもなぁ、会いたいしなぁ。


悶々とした気分で、頭を抱えながらベットの上でじたばたする。

自分でもどうしてか分からないが、あの日以来、エリナのことばかりが頭に浮かんでは、消えていた。


本当に、どうしたんだろ。

前まではこんな事無かったのに。


ベットの上で胡座をかき、暫し黙考する。


いやー、分かんないっすね。

…で、どうしようか。

暇だしな。

エリナに会えなくても暇は潰せるし、行こうかな。

お昼も食べないといけないし。

そうなると、ギルドの食堂かな。

うん、そうしよう。

…べ、別にエリナ居るかもとかじゃなくて、あそこ美味しいし、安いし。


誰かに言ってる訳では無いのに、心の中で言い訳をする。

どうしてか思考の片隅にエリナの事が消えなかった。



────────────────────



コソコソと、ギルドを窓から覗き込む影が一人。

隠密スキルを使っているのでバレることは少ないだろうが、動きは完全に不審者のそれだ。


…うーん、ここからじゃちょっと見にくいな。


「おいカズヤ、久し──そんなとこで何してるんだ?」

「!!…ああ、なんだドイルさんか。」


ドイル・ドングル

筋肉隆々のアックス使いで、実技試験で和也が助けを求めた人だ。

Cランクで、ロンドさんと同じパーティだ。

ドイルさんのパーティとは、冒険者としての活動をしている内にご飯を奢って貰ったり、たまにクエストを一緒にいったりと、そこそこ仲良くなっていた。


和也の失礼な物言いに少し不服そうな顔をしたドイルだったが、すぐになにか合点した様に掌と拳をポンッと打ち合わせる。


「なんだとはなんだ。…ああ、あれか、エリナを探してるのか?」

「ん!?い、いやー、そうですかね?」

「…なんで疑問形なんだ。というかそれなら中に入ればいいものを。」

「…いや、何となく。それで、エリナを見ました?」

「んー確かエリナなら、今朝クエストに行ってるのを見たぞ。」

「遅くなりそうですかね?」

「いや、何処に行くか聞いてないから分からん。というか、お前さんの方が知っているだろうに。」

「……いやー。」


和也が何かを誤魔化す様に頭を掻く。


「なんだお前さん達、喧嘩でもしたのか?」

「……いやー、なんかあれ以来ちょっと気まずくって。」

「ああ、あのキンググリズリーが出たっていう。」

「ええ。」

「お前さんがエリナのパーティを助けに行ったんだろ?」

「まあ、はい。時間稼ぎしか出来ませんでしたけど。」

「EランクのカズヤがCランクのモンスター相手に、応援が来るまでの時間を稼いだんだろ?凄いじゃないか。…エリナを見捨てたならともかく、それでなんで気まずいんだ?」


ええ、ドイルさんに言うのか?


「……あんまり言いたくないんですけど。」

「誰にも言わないから、なっ!人生の先輩に相談してみろよ。」

「ええー。」


絶対、言うだろ。

酒宴の際ににばらしそうだ。

でもなー、ドイルさんしつこいしな。

逃げられないよなぁ。

物理的にも。

でもエリナに話し掛けにくくなった理由も知りたいしな。

ドイルさんが答えられるかどうかは置いといて。

……相談してみるか。

このままエリナとぎくしゃくしたままは嫌だし。


「…まあ、いろいろあって、エリナに慰められたんですよ。」

「いろいろって?」

「……簡単に言うと、同じ勇者の剣崎は楽々と倒していたのに、僕は時間稼ぎしか出来なくて、モンスターに殺されかけて。改めて現実を見せつけられたと言いますか。自分がとんでもなく思い上がってたんだなーと思って悔しくて、情けなくて。それをエリナに話す時に僕、泣いちゃったんですよ。で、慰められた時は肩の重みが取れたみたいな感じで楽になってたんですけど、改めて考えると凄い恥ずかしいなーって。」

「ほう。そ──」

「で、本題はここからなんですけど。それから、エリナの顔をまともに見れなくなって。そして、エリナの事ばかりを考えてしまうようになったんですよ。僕、どうしたんですかね?」

「どうしたって、それはエリナのことを好きになったんじゃないか?」


何言ってんだこいつ。


「そんな何言ってんだこいつみたいな顔するなよ。折角俺が答えてやってるのに。」

「いやいやいや、だってそれはないですよ。」

「なんでだ?あの娘、美人だろ。お前さんとも仲良いし。」

「いや、エリナに問題がある訳じゃなくて、この僕がエリナを好きになるなんていくらなんでもおごがまし過ぎるってことですよ。身の程を弁えろって感じじゃないですか。エリナとは、人間としての格が違いますよ。」

「そんなに自分を卑下することは無いと思うんだが。それに、お前さんの気持ちは恋だよ。」


ドイルさんには悪いけど、筋肉隆々のおっさんが恋とか言うなんて気持ち悪いな。

…ほんとに、破壊力が凄い。


「それが信じられないなら、他の人にも聞いてみたらどうだ?特に女に。」

「嫌ですよ、違うって分かってるので。」

「むう。」


はあ、ドイルさんに相談しても無駄だったか。

というか、お腹すいたし。

早く食べに行こう。


「お腹すいたので、食堂に行ってきます。では、ドイルさん。また今度。」

「…ああ。」


僕なんかがエリナに恋できる訳が無い。

月とすっぽん。

いや、それ以上だ。

雲と泥でも足りないくらい。

エリナと僕の価値は違う。

じゃあ、この気持ちはなんなのだろうか。


……僕には、分からない。



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