29.資格
視界を覆っていた光が収まり、目を開く。
そこには片腕が消滅したモンスターの姿だった。
「間に合ってよかった。」
声のする方へ首を向ける。
そこには光り輝く剣を構えた剣崎が居た。
「後は俺に任せてくれ。」
その声が妙に安心感を持っていて、僕は地面へたりこみ、大の字に寝転がってしまう。
ああ、なんだ。
剣崎が来てくれたのか。
じゃあ安心だ。
エリナが名前を呼びながら駆け寄って来て、僕を起こそうとする。
だけど、もう限界だ。
身体に力が入らない。
エリナに引き摺られながら、剣崎の方を見る。
腕を消滅させられ、激昴するモンスターに剣を振りかぶる剣崎。
モンスターが光に包まれ、消滅するのを最後に、僕の意識は途絶えた。
────────────────────
「知らない天井だ。」
射し込む光が眩しくって、目を開ける。
白い天井に、ほのかに香る薬の匂い。
僕の身体はベットの上に横たわっていた。
「よかった、起きた。」
むくりと起き上がり、声の発生源を見る。
そこには、白いワンピースを着て、どこかほっとした様子のエリナが居た。
「……ゴホッゴホッ。」
無事で良かった。
そう言いたかったのだが、渇いた喉のせいで咳へと変わる。
「ちょっと待ってて。」
エリナが棚からコップを取り出し、水を注ぐ。
「はい。」
コップを受け取り、感謝の合図にと会釈をしてからそれを一気に飲み干す。
冷えた水は喉を勢い良く流れ、喉を潤す。
「…はあっ。……ありがとう。」
息を吐き出した後、エリナにコップを返す。
「ん。………それとカズ、助けてくれてありがとう。」
「僕は何も出来なかったけどね。」
「そんなことない。カズが居なかったら、私は死んでた。」
「……」
「……」
部屋中に奇妙な沈黙が訪れる。
僕はそれを振り払う様に、言葉を紡ぐ。
「…まあ、エリナが生きてて良かったよ。……あの後、どうなったの?」
「剣崎君が、1人で全部倒した。」
「……そっか。」
凄いな。
僕が手も足も出なかったモンスターを二匹も倒すなんて。
それに比べて、僕は。
「どうしたの?」
僕の雰囲気が少し暗くなったのを察したのか、エリナが声を掛けてくる。
「…なんでもないよ。」
明るく言おうとしたが、暗くなった。
まあ、それでもいつも通り、彼女は深く聴いてくることが無いだろう。
しかし、その予想に反して彼女は
「なんでもないこと、ない。」
と言葉を繋いできた。
「……」
「カズは、いつもそうやってはぐらかす。」
「……」
「今のカズは、雰囲気がおかしい。なんで折角全員無事だったのに、落ち込んでいるの?」
「全員って、坪倉も生きてたの?」
「うん。気絶して、腕が折れてるだけだった。」
「…そう。」
「で、なんで落ち込んでるの?」
…これは、逃げれないな。
「……言うのは、恥ずかしいんだけど。」
「うん。」
「弱いと言っても、一応勇者なんだからさ、そこそこは戦えると思ってたんだ。他の皆ともなんだかんだいってあんまり差が無いとも思ってたんだ。……スキルの数も多いし、試験官も倒したし、モンスターにも手間取らなくなったし。」
「うん。」
「それにね、僕は元の世界で異世界のこととか、まあ物語なんだけど、知っていたからさ、たとえ弱くても、モブでも、異世界なら、主人公みたいになれるかなって……そう思ってたんだ。」
「……」
「異世界に来て、勇者になって、憧れてたものが現実になって、友達も出来て。……今思えば思い上がってたんだろうね。」
「……」
「自分はなんでも出来るって。僕は異世界で、モブを卒業できたんだって。憧れてたものになれたんだって。」
少し紐解いただけで、塞き止めていた想いが濁流の様に溢れ出す。
もう、自分でも止めれない。
「でも違った。」
ぽつり、ぽつりと涙がシーツに染みを作り始める。
「最初から勝てないと分かってたけどさ、僕があんだけ苦労して、死にかけて、それでも倒せなかったのに。剣崎は、それを倒して。今までやってきたことが無駄になった気がして。改めて差を実感して。」
「……」
「僕に勇者と呼ばれる資格なんて、無いって、そう思って。モブはどこに行ったとしてもモブのままなんだって、言われた気がして。」
涙がとめどなく溢れ出す。
自分が思い描いていたものを全て否定された。
自分の努力を全て否定された。
勇者なんて立派なものじゃない。
ただのモブだ。
価値がない。
「僕は、モブでしかない。……僕は、僕は!」
息を吸い込み、思いの丈を吐露する。
「……勇者になれない。」
「そんなことない。」
僕のめいいっぱいの懺悔に、エリナが口を挟む。
「勇者は、勇気のある人っていう意味。」
「……」
「カズは、勝てないことが分かっていたのに、それでも私を助けてくれた。」
「でも結局、助けたのは剣崎だ。」
「それでも、私が助かったのは事実。今ここに居るのが何よりもその証拠。もう一回言うけど、カズが居ないと私は死んでた。……私を助けてくれて、ありがとう。」
「……」
エリナが頭を下げる。
肩から銀糸の様な髪が滑り落ちた。
「勝てないって分かってるのに、助けに行くなんて、私には出来ない。それは、とても、とっても勇気のある行動だと思う。だから、カズは勇者じゃなくないよ。」
顔を上げたエリナが僕の目を見ながら話を続ける。
「他の誰が認めなくても、私は、カズがとっても勇気のある人だって知ってるから。…勇者に、資格なんていらないよ。」
「……」
「だから、泣かないで。」
エリナが僕の頭を優しく撫でる。
それに救って貰った様な、抱え込んできたものを取り払ってもらった気がした。
「…あり、がと。」
今までこんな優しさに包まれたことがあっただろうか。
「……ずっと、心のどこかで思ってたんだ。」
「何を?」
エリナが僕の頭を撫でながら問う。
「僕なんかが勇者って呼ばれていいのかって。」
「うん。」
「本当は剣崎とかのおまけだったんじゃないかって。」
「うん。」
「僕はこのまま勇者で居ても、いいのかな?」
「うん、いいよ。」
「……そっか。じゃあ、もうちょっとだけ、頑張ってみるよ。」
「うん。頑張って。」
エリナが優しく、僕の頭を抱きしめた。
────────────────────
魔道具でも物色しようと、店へ向かう道すがら。
僕はこれまでのことを思い出していた。
エリナに慰められたあの日から3日ほど経って退院となった。
身体中ボロボロで、かなり危険な状態だったらしい。
後ちょっと治療が遅れていたら死も有り得たと治療師の人に怒られた。
……そんなこと言われても。
でも、そんな状態からすぐ治すなんて魔法は凄い。
……魔法使いたいな。
あと、あの時剣崎を呼んでくれたのはロイスさん達だったみたいだ。
集合場所に向かう途中、偶然出会ったらしい。
僕だけじゃ不安だったロイスさんが頼んだみたいだ。
お見舞いに来たカーティスさんが自慢してきた。
ロイスさんの功績なのに。
…まあ、どうでもいいか。
「カズ。」
「!?エ、エリナ。おはよう。」
「?」
偶然、エリナと出会った。
ヤバい、どうしよう。
というのも、あの日からエリナとまともに話せてない。
エリナはいつも通り話し掛けてくれるのだが、僕の方が恥ずかしくて目も合わせられなくなっていた。
「昨日退院だっけ?」
「う、うん。そうだよ。」
「もう大丈夫なの?」
「あ、大丈夫。」
「よかった。」
「何処に向かってるの?」
「いや、暇だから魔道具でも見に行こうかなーって。エ、エリナは?」
「私は冒険者組合にでも行こうかなって。」
「じゃ、じゃあ方向一緒だし、とりあえず歩こうか。」
「うん。」
エリナの横顔を見る。
このまま、疎遠になっていくんだろうか。
それを想像した瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ気がした。
ん?なんだろ。
まあ、ともかく、エリナと疎遠になるのは、嫌だ。
……じゃあ僕がやるしかない、か。
意を決して、エリナに話し掛ける。
「ぼ、僕もさ、一緒に行っていいかな?」
「魔道具、見に行くんじゃないの?」
「いや、だだの暇潰しだからさ。それに体がちゃんと動くか確認したいし。」
「うん。いいよ。」
「じゃあ、先に行って依頼でも選んでてくれる?装備取ってくるから。」
「ん。分かった。」
「じゃあ!また後で!」
よし!と心の中でガッツポーズをした後、寮に向かって駆け出した。
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