28.必死の攻防
「さて、間に合ったのはいいけど、これからどうしよう。」
片目を潰され、警戒する様にこちらを睨むモンスターを見る。
傍らには眼球から引っこ抜かれた片手剣が落ちていた。
流石に……取りに行くのは無理だよな。
手持ちの装備を確認する。
こちらの武器は投擲用のナイフ5本。
なんとも頼りない。
エリナを連れて逃げる?
いや、僕だけならまだしも、人ひとり抱えながら逃げるなんて無理だ。
………戦うしか、無いよな。
戦って、先生が来るまでの時間をかせごう。
エリナに注意が向かないよう、囮になるんだ。
何かに縋るようにナイフを握り直す。
僕はモンスターの豪腕を見る。
赤黒く、筋肉が隆起したそれは、死の体現かに見えた。
打ち合うのは無理だ、避け続けるしかない。
僕は瞬時にそう悟る。
例え相手の攻撃を受け止められたとしても、僕の体は紙屑のように吹き飛ばされることだろう。
スピードアップのポーションと疲労回復のポーションはまだあるからいける、か?
どうだろ。
応援は直ぐに来てくれるだろうし、それくらいなら持つはずだ。
倒せればベストなんだけど、流石に無理だ。
短剣があっても無理。
「カズ。」
「なに?」
エリナがか細い声で僕の名を呼ぶ。
エリナの方を向きたかったが、モンスターから目を逸らした瞬間に殺されそうなので、目線はモンスターの方へ向いたままだ。
「私の剣、ちょっと長いけど、使えるはず。使って。」
「ありがとう。」
エリナの剣を持ったウンディーネが僕の前に現れる。
ウンディーネから剣を受け取り、構える。
エリナの武器は片手剣。
彼女の言う通り武器の種類が違うからスキルは発動出来ないだろうが、戦力の増強にはなった。
流石に投擲用のナイフじゃあね。
ありがたい。
右手に少し動き、エリナの延長線上から離れる。
剣を構えてモンスターの方を見るその瞬間、森に轟く咆哮。
それに脚が震え、手が震え、剣を取り落としそうなるが、そこは気合で持ちこたえる。
危ない危ない。
声に魔力でも載せているのだろうか、それとも、ただの恐怖か。
どちらにしても厄介だ。
ゴッ!という音と共に大地が爆ぜ、モンスターが突撃を繰り出す。
速っ!
僕はそれを無理矢理体を捻り、避ける。
腰の筋肉が痛む。
明日はきっと筋肉痛だろう。
「まあ、それも生き残れたらの話なんだけど。」
自嘲気味に笑う。
あのレベルの攻撃を避け続ける?
無茶だ。
無理だ。
無謀だ。
でも、やるしかない。
今度は右手の凪払い。
バックステップで回避する。
木の根に引っかかり、尻餅を着いてしまう。
左手の振り下ろし。
地面を転がって泥だらけになりつつも避ける。
噛み付き。
たった今僕が居た空間が噛みちぎられる。
突進からの左手振り下ろし。
腕にモンスターの体毛が掠った。
肉が削れる。
またも右手の凪払い。
『銀鱗!!』
後ろに跳びながらスキルを放つ。
まるで鱗の様に飛ぶそれはモンスターの毛皮に呆気なく跳ね返された。
まじか。
僕の武器、かなりの業物らしいのに。
僕の腕が悪いのか。
息を付く暇も無く、次の攻撃を避ける。
避ける、避ける、避ける、避ける。
避け続ける。
…ひょっとすると、これいけるんじゃないか。
避け続けている内に、少しだが余裕が生まれてきた。
被弾も減り、スレスレで避けることも減った。
不意に、モンスターがぴたりと止まる。
…何だ?
毛が逆立ち、何かを溜める様な。
「カズ!魔法が来る!!咆哮と同時に左右どっちかに跳んで!」
「分かった!!」
モンスターが身をたわめかせる。
「跳んで!」
エリナの合図と共に、僕は右に大きく跳ぶ。
その直後、僕の居た場所に巨大な杭が生える。
「ぐっ!!」
それが掠り、右足がじんじんと痛むが、致命傷は避けた。
エリナのお陰だ。
「苦い。」
僕は立ち上がって、治癒のポーションを飲む。
まだ痛みは引かないが、動けない程じゃない。
まだ時間を稼げる。
「?」
モンスターが動かず、こちらを見ている。
なんだ?
魔法が避けられたことに驚いてるのかな?
発動後のクールタイムとかかも。
モンスターはこちら見つめたまま、じっとしている。
動く気配すらない。
「カズ!後ろ!!」
「えっ?」
エリナが必死の形相で叫ぶ。
僕は振り返る。
そこに居たのは今まで戦ってたのよりも一回り大きなそれ。
「え、」
「逃げて!!」
脳にエリナの言葉が響くが、なんで、どうして、といった言葉に掻き消される。
逃げたい。
だが、脳が追いつかない。
この絶望的な状況に思考が掻き消される。
ようやくフリーズが溶けた脳が足を動かし、逃げようとするが、しかしそこは敵の眼前。
逃げれるわけがない。
モンスターの巨腕が迫り、僕の体を吹き飛ばす。
ゴムボールの様に数回バウンドし、転がり、揉みくちゃになりながらエリナの元まで飛ばされる。
「〇〇!」
エリナが何か言ってるが、脳が理解をするのを諦めていた。
治癒のポーションを振りかけられ、ウンディーネが回復魔法を行使するが、痛みは消えない。
モンスターが近付いてくる。
番だったのか。
2匹並んでも獲物を取り合わないことからそう判断したが、もしかすると群れの仲間っていう可能性もある。
でもどうでもいい。
どうせ死ぬんだし。
エリナが涙ぐみながら僕に何かを語りかける。
嗚呼、惜しかったな。
2匹も出るなんて運が無さすぎる。
くそ。
エリナが足を引きずりながら立ち上がる。
そして僕の肩を持ち上げ、ふらふらな足取りで歩き出す。
エリナ、もういいよ。
エリナだけでも逃げてくれ。
足がガクンと折れ曲がり、エリナが転ける。
モンスターはもう直ぐそこまで迫っている。
「嗚呼、死にたくないなぁ。」
僕はぽつりと呟く。
涙が溢れる。
まだまだしたい事がたくさんある。
死ぬのは嫌だけど、エリナを助けに来たことを不思議後悔していなかった。
そりゃ、エリナを助けれなかったことは後悔してもしにきれないけど。
なんでだろ。
僕は、再び僕を担ぎ直し、歩き出すエリナの横顔を見る。
今思えば、誰かのためにこんなに頑張ったのは初めてだな。
最期に、貴重な体験が出来た。
ああ、悔しい。
転生とか、出来るかな。
異世界だし、ワンチャン。
そしたらリトライしてやる。
再び、エリナが転ける。
どうせ死ぬなら、最後くらいカッコつけてやるか。
僕はエリナの頭を撫で、立ち上がる。
銀糸の様な髪は、土で汚れているにも関わらず、さらさらとして、絹の様な触り心地だった。
絹触ったことないけど。
イメージだ。
震える手で投擲用ナイフを構える。
今にも取り落としそうだが、両手でしっかりと握り、固定する。
深呼吸。
すーはー。
「エリナ、助けられなくてごめんね。」
僕はモンスターの方へ歩き出す。
モンスターも空気を読んでくれたのか、初めに戦ってた方が前に出た。
へろへろな足取りでモンスターの方へと向かう。
これでも今出せる全力だ。
モンスターにナイフを突き刺す。
刺さらない。
知ってた。
モンスターがトドメだと右手を上げる。
一撃で終わらせてくれるらしい。
優しい。
モンスターの巨腕が迫る。
全ての光景がスローになり、ひとコマづつ腕が近づき。
触れる瞬間。
僕の視界は光に包まれた。
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