27.間に合えっ!
「や、山内君、一体何があったの!?他のパーティメンバーは!?」
身体中擦り傷だらけで、何かに怯える様に頭を抱える山内君に、少し引きつつも問いかける。
エリナは無事だろうか。
心配だ。
「お、俺は悪くないんだ。悪くない。悪くない。………そ、そうだ運が悪かっただけだ。あんなのが出るなんて聞いてない。言わなかった教師が悪い。俺は悪くない。俺は賢者だぞ。最上位の職業なんだ。選ばれた者なんだ。それなのに、それなのにそれなのにそれなのに。死ななかったあいつが悪い。俺は悪くない。上位魔法だぞ。しかも勇者の。賢者の。普通死ぬと思うじゃないか。なあ?なんで死なないんだよぉ。しかも無傷。おかしいおかしいおかしいおかしい。どう考えたっておかしいじゃないか。なあ?そうだよな。俺は悪くない、俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない。」
……うわぁ。
山内君が虚ろな目でぶつぶつと呟く。
その様子は狂人そのものだった。
一般的な高校生が狂う。
一体何があったというのか。
「ちょっと、やま─。」
「うるさい!雑魚が俺に話し掛けるな!俺は選ばれし者なんだぞ!!……そ、そうだパーティが悪かったんだ。足で纒の雑魚が2人。そんなので勝てる訳ないじゃないか。…まあでも、雑魚でも俺が逃げる時間を稼ぐ役ぐらいは出来たみたいだな。ふふ、今頃はあの2人も死んでるだろ。ざまあみろ。俺の──ぐっ!!」
山内君の言葉はそこで途切れた。
何故かって?
それは僕の方から伸びる右手が彼の胸ぐらを掴み、後ろの木に押し付けたからだ。
いやいやそんなことより。
「2人が死んだって、一体何があったんだよ!答えろ!!」
これ、誰の手で誰の声だろ?
よく見る手によく聞く声。
というか、よくというより毎日だ。
あ、僕のか。
勝手に動いた。
こんなことってあるんだね。
「ざ、雑魚が俺に俺様に触れるなぁぁあ!!」
「早く答えろ!!」
暴れる山内君を更に木に打ちつける僕の右手。
まるで意思を持っているみたいだ。
僕の右手はミ〇ーだったのか。
暴れる山内君も僕の剣幕を恐れたのか、徐々に大人しくなっていった。
「も、モンスターが全然、居なかったんだ。それで、森の、奥に行って。それでも上手くいっていたんだ。全部俺の魔法で一撃で死んで。でも、あいつが出た。あいつがぁぁぁあ。」
「あいつって!?」
「Cランクのモンスターだ!巨大な熊の!俺達は!そいつに出会って!俺の魔法でも無傷だった!!それで坪倉が吹き飛ばされて──。」
「方向は!?」
「お、俺はそこから真っ直ぐ走って来た。」
じゃああっちだな。
僕は先程山内君が出てきた茂みの先を見据える。
「……ちょ、ちょっと待て。お前、まさか、行くつもりか?」
戦慄く声で、山内君が問う。
彼の視線はまるで異常者見るかの様だった。
「もちろん。」
「む、無駄だ。この俺でも勝てなかったんだぞ。雑魚職業のお前に勝てるわけが無い。」
僕は微笑む。
「な、何がおかしい。」
「確かに、僕は弱い。」
けど。
「けど、山内君は言ったよね。雑魚でも逃げる時間は稼げるって。エリナが逃げる時間くらい稼いでみるよ。」
山内君が出てきた茂みに歩を進める。
あ、その前に。
「ロイスさん、カーティスさん。先生の所に行って助けを呼んできてください。すみません、僕はここで別れさせて貰います。…お願いします。」
僕は2人に頭を下げる。
「うん、分かったよ。気を付けてね。必ず生きて戻ってきてね。」
「かっこいいよー!カズヤくん!」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます。」
僕はマジックボックスからスピードアップのポーションを取り出し、飲む。
うえ、苦い。
そして僕は再びエリナの方へ、全速力で駆け出す。
ポーションのお陰で、いつもより随分と速くなっている。
周りの木々が凄い速度で流れる。
…これなら、間に合うかもしれない。
頼む、間に合ってくれ!
僕は更に脚に力を入れ、踏み込む。
『間に合ったとしてもどうなる?』
すると突然、頭の片隅で僕の影が問いかけてきた。
『山内の魔法でも無傷だったんだぞ。ただの盗賊のお前に何が出来るんだ?出来ることなんか無いよな。止めちまえよそんなこと。必死だなんて、モブには似合わない。そんなのは剣崎の様な奴の仕事だ。いつも通り、誰かに任せてモブに徹しろよ。空気に徹しろよ。』
確かに、単純な火力では僕は山内君には到底適わない。
火力以外も適わないものばっかりだ。
しかも僕はモブだから、主人公補正なんて掛からない。
ご都合主義なんてあるわけがない。
行っても直ぐに殺されるかもしれない。
でも。
僕の大切な友人。
エリナを助けられる可能性が少しでもあるのなら。
「行くしか無い、よね。」
しかも今の僕って、なんかヒロインを助けに行く主人公っぽくていいだろ?
せっかく異世界に来たんだし、1回やってみたかったんだ。
僕は頭の中でおどける様に。
待ち受ける恐怖から逃れる様に返す。
すると、影は。
『じゃあ仕方ないな。』
と、微笑んだ気がした。
『死ぬなよ、僕。』
約束は出来ないなあ。
でもまあ、出来る限り頑張ってみるよ。
木々が霞む。
────────────────────
「はぁ、はぁ、はぁ。」
息が切れる。
剣を持つ手が疲労で震える。
エリナは山内が逃げてからもう20分近く戦い続けていた。
しかし、相手の様子に疲労は見えない。
代わりに見えるのは中々捕まらない獲物への怒りか。
一つ一つの攻撃が大振りになり、必殺の威力となっていた。
しかし、これは逆にエリナにとって有利に働いていた。
エリナは速度重視のアタッカーである。
元々Dランクの冒険者だけあって、レベルは高い。
カズヤから貰ったポーションのお陰もあってその敏捷性は中々のものになっていた。
今はその敏捷性を活かし、相手の攻撃を避け続けていた。
しかし、それも限界がある。
必殺の威力となり得る攻撃を紙一重で避け続ける。
長く冒険者をし、それなりの修羅場をくぐり抜けてきたエリナにとってもそれは多大な精神を削ることであった。
それを防ぐ為に大きく避けた場合、逆に疲労が溜まりやすくなりのと、吹き飛ばされ、木の陰でのびている坪倉に相手の注意が向く可能性がある。
そうなった場合、エリナでは相手の行動を止める術が無い。
なので、エリナは近接で戦う必要があった。
このまま、時間を稼げれば。
逃げた山内が教師の元に辿り着き、応援を呼んでくる。
そんな希望的観測に基づいてエリナは行動していた。
この動作は……右手の振り下ろし。
上から降ってくる鋭利な爪を身体を捻り、ひらりと躱す。
バックステップで避ける。
しゃがむ。
頭の上を致死の爪撃が通り過ぎる。
下位精霊が土を風に乗せ、目を眩ます。
転がる。
つい数秒前に居た場所の地面が陥没する。
剣の上を滑らせ、受け流す。
完璧なタイミングだったにも関わらず、剣が軋みを上げる。
ウンディーネが相手の身体に纏わり付き、動作を少し鈍くする。
何?
これは……知らない。
永遠とも感じる猛攻が止まる。
モンスターが両手を地面に付け、毛が逆立つ。
まるで、何かを溜める様な。
ウンディーネを自分の元へ戻し、何が来ても避けれる様、脚に力を入れる。
磨り減った神経を研ぎ澄ませる。
体勢的に……突進かな。
目を凝らす。
相手の一挙一動を観察する。
相手が口を開き、そこから出たのは王者の咆哮。
それは森の王者たる証。
そして地面が盛り上がり、巨大な杭となってエリナを穿つ。
幸いにも、剣の腹で杭の直撃は避けることが出来たが、吹き飛び、錐揉み、木々に激突する。
「ゲホッ。」
吐血する。
身体中の骨が何本も折れた。
手に、脚に力が入らない。
立ち上がれない。
….まさか魔法が、使えるなんて。
今までの戦闘で、相手は魔法を一度も使わなかった。
いや、使えなかったのだろう。
恐らく、キンググリズリーは魔力の量が少ない。
なので、相手にとって魔法は奥の奥の手。
必殺の一撃へ繋げる為の手段。
その推測は正しかったようで、キンググリズリーが勝利の笑みだろうか、顔を歪め、四足歩行でゆっくりと近づいてくる。
ああ、ここで終わりか。
エリナの頬を一筋の涙が伝う。
ごめん、お母さん、ニニャ、ルーク、レント、リリィ、ロイク、ルル……そしてカズ。
頭の中を家族と最近出来た友人との思い出が駆け巡る。
傍らではウンディーネが心配そうにこちらを見ていた。
中位以下のほとんどの精霊は契約主の命令が無いと行動することが出来ない。
たとえウンディーネに回復魔法を掛けてもらったとしても、意味が無い。
立てるまで回復するよりも相手がエリナの息の根を止める方が早い。
遂に目の前までやってきたキンググリズリーが腕を振り上げる。
ここまで戦ったことへの敬意か、甚振ること無く一撃で仕留めるみたいだ。
「……じゃあね、皆。」
湿り気を帯びた声でそう呟く。
キンググリズリーの腕が振り下ろされ─────ようとしたその瞬間、キンググリズリーの顔に影が一つ、纏わり付いた。
エリナは一時的にだが、死を免れた。
────────────────────
ドゴッ!!
前方から何かが木に、それも物凄い勢いで衝突する音が聞こえた。
エリナか!?
戦闘音がするということは少なくともまだどちらかは生きているのだろう。
吹き飛ばされたのがモンスターの方だといいのだが、その可能性は無いに等しい。
間に合え!!
大きく息を吸い込み、無理矢理酸素を身体中に送る。
もう少し、あともう少しで。
衝突音以降、静かになった森に戸惑いつつも、必死に脚を踏み出す。
あそこ、開けてる?
生い茂る木々の隙間から、木が生えていない土地が見えた。
更にブーストをかけ、木々を避け、開けた土地に出る。
そこには、木の根元に倒れるエリナと、その目の前で腕を振り上げようとしている1匹の巨大な熊の魔物がいた。
離れていても分かる、森の覇者だと言わんばかりの威圧。
体に悪寒が走り、後退りしそうになる。
エリナ!!
僕は迫り来る恐怖を抑え込み、短剣を抜いて魔物に向かって走る。
無我夢中で走り、魔物の頭に取り付き、短剣を魔物の右眼に押し込む。
魔物が後脚で立ち上がり、僕を退けようと、暴れる。
覇者にとって今まで無かった痛みに驚愕し、暴れる。
魔物の頭の上から飛び降り、エリナの元へ駆ける。
「…カズ?…な…んで?」
エリナが顔を上げ、戸惑った様子で聞いてくる。
僕はボロボロになったエリナに治癒のポーションをかけ、恐怖を抑え込む様に無理矢理笑い。
「助けに来たよ。」
と答えた。
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