26.思い上がり


「おい、山内。俺ら同じパーティなんだってな。」


俺と同じ勇者組であり、友人でもある坪倉が近づき、声を掛けてきた。


らしいな、と返す。


「もう1人の娘ってあのエリナちゃんだろ!超美人の!」

「ああ、そうだよ。」

「うおー!テンション上がってきた!課外授業では俺の活躍を見せてやるんだ!美少女に迫る危機、それを颯爽と助ける俺!みたいな感じで。俺に惚れること間違いないな!」

「お前じゃ無理だよ無理無理。」

「なにをっ!」


坪倉がツッコミ、ゲラゲラと品無く笑う。


坪倉、お前じゃ無理だ。

そう思ったのは本心だ。

お前じゃあ、な。


「でもさ、エリナちゃんっていっつも三枝だっけ?あいつと一緒に居るよな。付き合ってるんかな?」


三枝和也。

いつもクラスの端っこにひっそりと居る奴だ。

1ヶ月同じクラスだったが、誰かと話してるとこなんて、殆ど見たことが無い。

女子はともかく、男子もだ。

そんな奴が異世界に来て直ぐ美少女の彼女が出来る?

有り得ないな。


俺は頭に浮かび上がった考えを即座に否定する。

男子ともまともに話せない奴が彼女なんて出来るはずがない。


「流石に無いだろ。」

「そうかなあ?あいつ、意外とイケメンだぞ。」

「イケメンでも中身が伴ってないと意味無いだろ。陰キャに彼女が出来るわけない。…どうせ、ぼっちなあいつを見かねたエリナが相手をしてやってるだけだろ。」

「そうか?そうには見えないけどな。」

「きっと、お前の目が節穴なだけだろ。」

「そんなことねえし!」

「あるだろ、あるある。この前だって───」

「その話はなし!」


坪倉が1拍置いて、再び話し始めた。


「まあ、あれだな。課外授業が楽しみだってことだな!」

「……そうだな。」


能天気な奴め。

まあ、この俺が居るから安心するのも無理ないか。



────────────────────



課外授業が開始し、俺のパーティーはエリナが事前に見つけていたモンスターの巣を狩り、次のモンスターを探しに森をさまよっていた。

一般的な剣士の装備に身を包んだ坪倉が元気良くエリナに話しかけていた。


「エリナちゃんエリナちゃん!俺が守ってあげるから大丈夫だよ!なんたって勇者だからね!!」

「……私の方が、レベル高い。」


エリナが小さな声でぽつりと呟く。

坪倉はそれに気付いた様子無く、エリナに話しかけて続けている。


「勇者の俺にかかれば低ランクモンスターなんて、ズバッ!と一撃で倒しちゃうよ!楽しみにしててね!」

「……それくらい、私にも出来る。」


再びエリナが小さく呟く。

どうしてか坪倉が話し掛ける度にエリナの元気が無くなっているように見えた。


そろそろ助け舟を出してやるか。


「おい、坪倉。エリナが困ってるだろ。」

「ええ、そうだったの!?それなら早く言ってくれたら良かったのにー!」

「……」

「ごめんごめん、気付かなかったわー。」


坪倉がそう言ったあと、俺の元へやって来た。


「エリナちゃん、完全に俺に惚れてるな。」


エリナに聞こえないように、小さな声で坪倉が話し掛けてくる。

自信満々のドヤ顔がうざい。


「はあ?有り得ないだろ。何言ってんだお前。」

「チッチッチッ。」


坪倉が間違えを否定するかのように口の前で指を振る。


う、うぜえ。


「わかってないなぁ。あれはツンデレって言うんだよ。」

「ますます意味が分からん。お前、頭大丈夫か?」

「よく思い出してみろ、今までエリナちゃんの表情を。根拠その1、俺が何かを話し掛ける度、俺から顔を逸らしてたし!あれは俺にデレている!」

「いや、お前をウザがってただけだろ。」

「根拠その2。」


……無視すんなよ。


「俺は勇者だ。まだモンスターと戦っていないから活躍の場を見せれてないが、古今東西、女の子ってのは勇者に惚れるものだろ。」


モンスターの巣は2つとも、 俺が炎魔法で外から焼いた。

だから、坪倉とエリナはまだ戦っていない。


「…このクラスの2分の3が勇者だぞ。」

「………しっかぁし!エリナちゃんが今絡んでるのは俺!とお前。俺はお前よりもエリナちゃんと会話してる!よって、接点は俺の方が多い!つまり、エリナちゃんが惚れているのは俺なのだ!!」

「無茶苦茶だろその推理。第一、お前は女の子は勇者に惚れるものと言ったが、それは勇者が何かしらの功績を上げているからだろ。お前、まだ何もやってねぇじゃねぇか。」

「ぐぬぬ。」


坪倉が歯を食いしばって、悔しそうな顔をしている。


馬鹿かこいつ。

俺とお前がいてお前に惚れるわけねぇだろ。


「ま、冗談は置いといて。モンスター、居ないな。」

「冗談だったのかよ。」

「お?間に受けちゃった?嫌だなあ流石にそこまで馬鹿じゃねぇよ。」

「馬鹿じゃ、ない?」

「なんでそこ疑問形なんだよ!」

「お、お前、日頃の行いを思い出してみろ。普段からそんなこと言ってるぞ。」

「え?マジ?」

「ああ。」


坪倉が胸に手を当てて考え始める。


「……覚えてない。」

「そ、そうか。」


坪倉が背伸びをする。

緊張感の欠片も無い。


「ちょっとは警戒しろよ。」

「大丈夫だろ、モンスター居ないし。」


坪倉の言い分も分かる。

それほどまでにモンスターは居なかった。


「じゃあ、奥へ行くか。」

「奥?行ったらダメなんだろ?」

「違う、先生はなるべく行かないようにといったんだ。なるべくってことは実力がある奴は行ってもいいってことだろ。」

「でも、危ないんじゃ。俺らまだレベル16だぞ。」


臆病な奴だな。

さっきまでの威勢はどうしたんだ。


「問題無い。俺らは勇者だぞ。しかも俺の職業は賢者だ。最高位の職業だ。お前も確かそこそこレアの職業だっただろ。」

「……上位剣士だ。」

「まあ、俺のには届かないが、お前のも立派なレア職業だ。俺らが居て倒せないモンスターなんか居ない。」

「……」

「なにもBランクとかCランクのモンスターを狙うわけじゃない。Dランクの奴を狙うんだ。それなら余裕だろ。」

「…そう、かな?」

「ああそうだ。俺らなら余裕だ。しかも俺のレベルはさっき上がって18になったしな。」


Dランクぐらい、俺だけでも余裕だ。

俺は賢者なのだから。

選ばれし者なのだから。


「おお!そんな気もしてきた!そうだよな、Dランクなんか余裕だよな。エリナちゃんもそう思うよね。」

「私は……止めといた方がいいと思う。」

「大丈夫大丈夫、俺が守ってあげるから!」


さっきまでびびってた癖に。

……調子のいい奴だな。


「EランクとDランクは全然強さが違う。」

「余裕だってそんなの。勇者が2人も居るんだし。」

「でも…」

「ここは坪倉の言う通りだ。このままじゃ時間の無駄だから多数決で奥へ行くことにしよう。」

「そうと決まったらすぐ行こう、すぐ!」

「……」


チョロいな。


俺達のパーティは森の奥へと進んで行った。



────────────────────



「なんか薄暗くて不気味だなあ。キノコとか生えてるし。幽霊とか出そう。」


坪倉が能天気そうに話す。

森の奥地は薄暗く、涼しいながらも少しじめじめとしていた。


俺達がモンスターを探しながら歩いていると、前方から発生した音を耳が捉える。


「おい。ちょっと静かに。」

「え?」

「何かが動く音が聞こえた。戦闘準備をしていてくれ。」

「やっと来たか。」

「…分かった。」


坪倉とエリナが剣を抜き、構える。

俺はいつでも魔法を放てるように右手に持った杖を握り直した。


ガサガサ


再び、前方から何かが草を掻き分ける音。

それはどんどん大きくなっていき、5匹のゴブリンが現れた。

ゴブリン達はギギッという汚らしい声を出し、ギラギラとした目を見開いている。

その目は俺達を獲物として見ていて、俺を不快にさせた。


雑魚の癖に生意気な。

彼我の実力の差も分からないのか。


「なんだ、ゴブリンか。山内、俺が行ってもいい?」

「別にいいぞ。」

「山内とエリナちゃんは手を出さないでね。」


そう言って、坪倉が前に出る。

ゴブリンは坪倉が前に出たことに少し怯んだ様子を見せたが、後ろ2人が動かないことに気付いたのか獰猛な笑みを浮かべた。


「エリナちゃん、俺のかっこいい所を見ててねー。」

「……」

「よーし、じゃあ行くか。」


坪倉が駆け出し、真ん中のゴブリンに切りかかる。

ゴブリンはそれを危なげなく受け止めたが、体格差のお陰だろう、ゴブリンの顔は苦しそうに歪んでいた。


「おら!」


剣を受け止められたことを気にしない様子の坪倉ががら空きのゴブリンの腹を蹴り上げる。

そして、横から来た他のゴブリンの攻撃を避ける為に大きく下がる。

蹴られたゴブリンは大きく飛ばされ、後方の木にぶつかっていた。


「1人で闘わせて大丈夫なの?」


エリナが、不安げな声で問いかけてくる。


「ん?大丈夫だろ。多分。まあ、危なくなったら助けるし。」

「じゃあいい。」


エリナは前方の戦闘からは目を逸らし、周囲を警戒している。


そんなに警戒しなくてもいいだろ。

俺が居るから大丈夫だ。


前方の戦闘は相変わらず坪倉が優勢の様で、1匹が血を流し、地面に倒れていた。

よく見れば、片腕が斬られたゴブリンもいる。


負けることは無いだろ。


その時、このままでは勝ち目が無いことを悟ったのか、1匹のゴブリンが戦闘から離れ、叫び声を上げる。

仲間を呼んでいるのだろうか。


「おい、坪倉。多分それ仲間でも呼んでるじゃないのか。」

「えっマジで!」


坪倉が叫ぶゴブリンを始末しようとそれの元に向かおうとする。

しかし、周りのが決死の勢いでそれを防ぐ。


「ああもう邪魔!」


依然として坪倉は叫ぶゴブリンを倒せないでいた。


その時、叫び声を聞きつけたゴブリンが集まってくる。

その数、10匹。

仲間を殺されたからか、その顔には怒りが浮かんでいた。


「ちょっ!山内!助けて!!」


坪倉が優勢になり、不敵な笑みを浮かべたゴブリンと剣を交わしながら声を掛けてくる。


「手を出さないでね、って言ってただろー。」

「いやこれマジ無理、死ぬ!山内くーん!山内くーん!!」

「しゃあねえな。おい、坪倉ー!ちょっと下がれ!」

「おう!」


坪倉が大きなバックステップで戦闘から逃れる。

乱戦だったお陰で、ゴブリン共は固まっていた。


『ファイアバースト』


俺は無詠唱で炎系範囲魔法を放つ。

巻き込まれたゴブリン共はギギッー!!という断末魔を上げ、炎の中に消えていった。


「熱っ!」


坪倉が炎から転がる様に逃げ出す。

もちろん、坪倉ごと燃やしてはいない。

それもちょっと楽しそうだが、今回は止めて置いた。


坪倉が、こちらまでたどり着く。

ゲホゲホと苦しそうに咳をした後、地面に大の字で寝転がった。


「あー、死ぬかと思った。」

「たかがゴブリン如きに?」

「ちっげぇよ!魔法に巻き込まれそうになっただろ!」

「俺がそんなミスするわけないだろ。それよりほれ、何か言うことあんだろ?」

「助けてくれて、ありがとうございました。」

「どういたしまして。」

「で、あれ死んだのか?」

「ん?死んだだろ。」


俺が炎を消そうとすると、炎がどんどん小さくなっていき、残ったのは焼け焦げたゴブリン共だ。

数も揃っている。


「全員死んでる。ほら、討伐証明取ってこい。」

「ええー!俺が!」

「当たり前だろ。それぐらいやれ。」


坪倉が立ち上がり、ゴブリンの元へ向かい、討伐証明を取り始める。


ふん。

やはり俺の魔法で一撃か。

雑魚だったな。

この分だとDランクも余裕だな。


俺は討伐証明を取り続けている坪倉を見る。


あいつ、弱いな。

範囲攻撃のスキルも無いのか。

いや、俺が強すぎるだけか。

モブと比べるだけ酷というものだ。


「終わったぞー!」


坪倉がアイテムボックス片手に歩いてくる。


「じゃあエリナ、先へ行こうか。」

「……」


エリナがコクリと頷く。

俺はそれを一瞥した後、坪倉の方へと向かって行った。


「この分だとDランクも余裕で倒せるだろう。もっと奥へ行くぞ。」

「おう!」

「……」



────────────────────



俺達は更に奥へ、奥へと森を進む。

30分ぐらい歩いた後、エリナが困惑した様子で口を開く。


「おかしい。」

「どうかしたの?エリナちゃん。」

「モンスターが、あまりにも少ない。いつもなら、もっと居るはず。戻った方がいい。」

「大丈夫でしょ。エリナちゃんも山内の魔法見たでしょ。強い魔物が居たって平気平気。多分あいつもっと強い魔法も使えるし。」

「でも、」

「だーいじょうぶだって!俺も、さっきはちょっとミスったけど、本当はもっと強いし。強い敵が来たら逃げればいいだけでしょ。きっと山内なら足止めの手ぐらいあるだろうし。」

「……」

「お前、驚くほど他力本願だな。」

「でも実際、なんかあるんでしょ?」

「土属性の魔法で落とし穴を作ったりとかならあるぞ。」

「じゃあ大丈夫でしょ。」

「まあ、俺は上位魔法も使えるし、大抵の奴は殺せるはずだ。」

「流石リーダー。頼りにしてるぜ。」

「ああ。」


頼りにされる。

素晴らしいことだ。

優越感で満たされる。


森の中を進んで行く。




────────────────────



「全然いねーじゃねえか。」


ゴブリンを殺してから2度、戦闘を行ったのだが、奥に行くにつれモンスターが少なくなっている。


「引き返すか?」


と、坪倉が振り向き問う。


「そうだな。時間もあれだし、帰るか。」

「おう。」


森の入口へ行こうと、元来た道を引き返していると、草を踏み潰す音が聞こえた。


ガサガサガサガサ


「モンスターが来るぞ!!」


今まで以上の大きな音に、本能が警告を鳴らしていた。


「近づいて来てるな。」


坪倉も危険を感じたのだろう。

真剣な顔で聞いてくる。


「ああ。」

「どうする?」

「相手は俺達に気付いているはずだ。逃げるよりも戦った方がいいだろ。」

「わかった。」


まあ、どんな奴が来ても俺ならいけるだろ。

だって、俺は勇者で賢者なのだから。


「逃げた方がいい。」


エリナが焦った様子で警告する。

顔は今まで以上に真剣で、これから来るモンスターが危険だと物語っていた。


「いや、とりあえずモンスターを見よう。」

「来る奴は絶対危険。勝てない。逃げるべき。」

「どうしても怖いなら先に帰ってもいいぞ。俺達はここで戦うけどな。」


嫌いなはずの坪倉を心配したりする言動などから、エリナはかなり優しい人物だということが分かっていた。

俺達はここで戦うと付け加えたのはこう言うと彼女は絶対帰らないと思ったからだ。

予想通り、彼女も戦闘準備を整えた。


「来るぞ。」

「ああ。」

「……」


ぬっと木の陰から現れたのは1匹の巨大な熊だった。


「……キングベアー。」


エリナがぽつりと呟く。

その顔からは驚愕、動揺、恐れなどの様々な感情が見てとれた。


「…今すぐ、逃げないと。」

「あれは?」

「キンググリズリー、Cランクのモンスター。」

「Cランクか。」


もしかして、それならいけるんじゃないか?

Dランクも俺の魔法で一撃だった。

なら、Cランクは?

……いける。

Cランクなんてモンスター倒せたら俺らのパーティが1位になれるはずだ。

あの剣崎にも、勝てる!


「いや、逃げない。」

「坪倉!俺が魔法を叩き込むから俺を守れ!」

「おう!」


坪倉が俺の前で剣を構え直す。

そして俺は魔法を行使する。


『インフェルノ!!』


巨体が紅蓮の炎に包まれる。

インフェルノ、炎属性上位魔法。

俺が使える魔法の中でも最も威力が高い魔法だ。


勝った。

これを受けて倒せなかったやつは居ない。

これで、俺も──。


バンッ!!


炎の塊が動き、俺の前に居た坪倉が左へ吹き飛ばされる。

坪倉の腕は本来曲がるはずのない方向へとねじ曲がり、倒れ伏す。


炎が消え、そこにいたのは無傷のモンスターだった。


ガァアアアアッ!!


「ひっひぃぃ!」


モンスターの咆哮で俺は尻餅を付く。


無傷?

有り得ない。

上位魔法だぞ!!

こんなの、こんなの勝てる筈が無い。


「私が時間を稼ぐ!落とし穴を!」


エリナが飛び出し、俺の前で剣を構える。


「早く!………え?」


エリナが後ろを振り向くが、そこに俺の姿は無かった。



────────────────────



「はあ、はあ、はあ!」


闇雲に森の中を走る。

息はもう切れ切れ。

だが、足を止めることは出来ない。

足を止めた瞬間、あのモンスターに追いつかれそうで。


微かに人の声がする。

それが俺には地獄から抜け出す為の蜘蛛の糸に見えた。


糸を必死に手繰り寄せて、手繰り寄せて、手繰り寄せて、手繰り寄せて進む。


やっと糸の元へと辿り着き、そこへ転がる様に飛び込む。


そこには人が3人。


迷わず口を開く。


「お、俺を助けろ!あいつが、あいつが来る!!」

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