22.初めてのクエスト
「ふうーー。」
部屋に入るなり、ベットに飛び込み背伸びをする。
『おうじょうぐらし!』が終わり、今日から『がくせいりょうぐらし!』になる。
部屋はそこそこ大きく、部屋の狭さで不便することは無さそうだ。
…今日はなんか濃い1日だったな。
ごろんと仰向けになり、今日あったことを思い出す。
────────────────────
冒険者ギルドで昼食を食べ終わった僕達は、エリナの提案で依頼を一つやってみることになった。
(武器を持ってきてなかったのでギルドで借りた。)
依頼内容はゴブリン5体の討伐。
5体以上討伐で追加報酬あり。
一つ上のEランクの依頼だ。
Eランクの依頼の大部分は低ランクモンスターの討伐となっていた。
低ランクモンスターとは、モンスターも冒険者と同じ様に7段階にランク付けされていて、その下から2つに属するモンスターのことらしい。
報酬は銅貨20枚。
ロックバードの串焼きが1本銅貨2枚ということから考えると安すぎる気もするが、ゴブリンの強さから考慮すると妥当みたいだ。
現代社会で育ってきた僕としては、命の取り合いをして、生き物を殺して串焼き2本しか買えないのは少し、いや、かなりおかしいと思う。
物価が高いのか、命の価値が低いのか。
恐らく後者だろう。
この世界は何かと物騒なことが多いからこればっかりは仕方ないのかもしれない。
「行こ。」
「うん。」
王都を出るために必要な手続きを終えたエリナが僕を促す。
王都に出入りする人を管理するためか、王都を囲むウォール・マ〇アかと言うぐらい大きい(嘘、そんなに大きくない)壁を出る。
目の前には舗装された道路と、広大な緑の大地が広がっていた。
「ほへぇー。」
口から変な声が出た。
僕は今、間抜け面を晒しているだろう。
陽光に照らされ光る大地はそれ程美しかった。
「へんなかお。」
エリナが手を口に当て、くすくすと笑う。
「いやあ。」
一拍間を置く。
「初めて王都の外に出たよ。」
「感動した?」
「ちょっとね。」
「へんなの。」
そう言って、彼女は再びくすくすと笑った。
「準備はいい?」
僕は自分の装備を確認する。
ギルドから借りた使い古された短剣に、学園の制服。
これだけじゃ心許ない気がするが、エリナ曰く制服の防御魔法はゴブリン程度の攻撃なら大丈夫のことだ。
にわかには信じられないけど、エリナを信じよう。
あれだな、当たらなければどうということはないって奴だな。
怖いなら避ければいい。
「いいよ。」
「じゃあ、行こ。」
そう言ってエリナは、門から見て右手の方へと進んで行く。
かなり遠いが、進路上には大きな森が見えた。
「あの森?」
「そう。」
「ゴブリン以外には何が居るの?」
「色々いる。浅い所には低ランクの
モンスターがほとんどで、深くなっていくとフォレストウルフみたいなそこそこ強いモンスターも増えてくる。1番深い所はCランクのも居るらしい。」
私はまだ見た事無いけどと小さく付け足した。
フォレストウルフは単体ではEランクだが、群れになるとDランク扱いになる。
それは、フォレストウルフは群れでの狩りを特徴としており、まるで分身かというくらいの連携を見せるからだ。
「そのCランクのモンスターってそんなに強いの?」
「うん。私だけじゃ、まず勝てない。」
それはやばいな。
エリナが勝てないんだったら僕なんかが居ても何の役にも立たないだろうしな。
深い所には絶対行かないでおこう。
「でも、縄張り意識が強くて浅い所にはまず出ないらしいから大丈夫。」
「そうなんだ。」
それから結構歩いて森が目の前になるぐらい、近づいた。
森の前の看板には『ルーレンス大森林』と書かれている。
「ゴブリンって森に入ってすぐ見つかるの?」
「大体は。だからお手軽。」
「じゃあ早く倒して帰ろうか。あんまり遅くなるのもあれだしね。」
「ん。」
僕達は森の中へと進んで行く。
森のなかは木漏れ日で明るく、いい森林浴になりそうだ。
「もしかして、斥候とかってした方がいい?」
僕は盗賊としての仕事を思い出し、エリナに尋ねる。
「してくれたら助かるけど、道に迷われても困る。だから、どっちでもいい。」
どっちでもいいって言われてもな。
まあ、折角のいい機会だし、やってみるのも悪くないか。
「じゃあ折角だし、やってみるよ。ここで待ってて。」
「ん、頑張って。」
僕はそれに手を振り返す。
僕は索敵と隠密、そして聞き耳のスキルを発動させながらエリナから先行する。
なんか今、初めて盗賊っぽいことしてるな。
こそこそと、木の影に隠れながら進む。
後ろを振り返る。
エリナは近くの切り株に腰掛けていた。
あんまり遠くに行くのは止めとこう。
僕、弱いしな。
囲まれたらゴブリンでも負けるかも。
木々を掻き分け奥へ、奥へ。
エリナから離れすぎないよう注意しながら進んで行く。
『グギャギャギャッ』
聞き耳スキルのお陰か、ゴブリンの死にかけの蛙のような笑い声が右手側からハッキリと聞こえた。
音を立てないよう注意してその声の方へと進む。
居た!
いち、にい、さん……5匹か。
丁度いいな。
見つけたゴブリンは5匹。
小さな焚き火を囲んでキャンプをしていた。
何かいいことでもあったのか、ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
よし、エリナに報告しに行こう。
僕は来た道を急いで辿る。
退屈なのかエリナは切り株に座ったまま足をぶらぶら揺らしていた。
肩にはウンディーネが乗っている。
こうやって見ると、エリナが精霊みたいだな。
幻想的だ。
木漏れ日がいい仕事してるな。
僕は頭を振り、気持ちを切り替える。
今はエリナに見蕩れている場合じゃない。
逃げられる前に倒さないと。
「エリナ。」
彼女が振り返る。
「どうだった?」
「居たよ、それも5匹。焚き火を囲んで休憩してた。かなり油断してたから奇襲出来ると思う。」
「ん、分かった。」
「こっち。」
今度はエリナを連れて、ゴブリンの元へと向かう。
ゴブリンは、まるで宴会の様な盛り上がりを見せていた。
微かに酒の匂いもしたから酒宴なのかもしれない。
…いつ死ぬか分からないっていうのに気楽だな。
「カズ。」
「なに?」
「カズは向こうに回って。それで私の合図で仕掛ける。合図は手を振り下ろすから。カズは右の2匹をお願い。」
「分かった。」
僕はエリナが指差した方向──丁度今居る所の対角線上に移動する。
エリナと僕でゴブリンを挟む形だ。
僕が移動したのを確認したエリナが手を上げる。
準備は出来た。
準備というのはゴブリンを、生き物を殺す覚悟のことだ。
「ふぅーー。」
深呼吸をする。
よし、いける。
エリナが勢いよく手を振り下ろす。
それと同時に僕は、隠れていた林から飛び出した。
ビュンッ!
ウンディーネが精霊魔法を行使し、水の弾丸が真ん中のゴブリンに大穴を空ける。
いきなりの出来事に、ゴブリン達は困惑し、飛び跳ねる。
「ふっ!」
僕は立ち上がろうとしていた長剣のゴブリンの首を狙う。
使い古された短剣は、見た目に反し抵抗無くゴブリンの首をはねた。
まずは1匹!
「グギャッ!」
一息つく暇もなく、担当していたもう1匹の方のゴブリンが僕に向かって短剣を突き出す。
「うわっ!」
僕は大きく後ろに下がることでそれを間一髪、避けることが出来た。
あ、危なかった。
思ったよりも鋭いゴブリンの追撃をぎりぎりで対処する。
怖い怖い怖い怖い!
右目を狙ったゴブリンの突きが右頬を掠める。
「く、そっ!」
僕は恐怖心を発声することで抑え込み、体を縮めてゴブリンに体当たりをする。
錐もみしながら転がる1人と1匹。
僕は馬乗りになり、殴り掛かる手を抑え喉笛を短剣で突き刺す。
ごぽりという音がして、血が溢れる。
グギギという小さな断末魔と共に、瞳から光が失われていく。
「ふぅ。」
右手で額の汗を拭う。
やった。
やれた。
なんとか、だけど。
「おつかれ。」
そう言って、拳を突き出すエリナにコツンと拳を合わせる。
「うん、お疲れ様。」
膝に力を入れ、立ち上がる。
「うおっ。」
たった今殺したゴブリンに躓き、よろける僕をエリナが止める。
「ありがとう。」
「ん。」
「そうだ、討伐証明を取らないと。確か、右耳だっけ?」
「うん。」
僕は短剣で首に穴が空いたゴブリンと、首だけになったゴブリンの右耳を剥ぎ取る。
「うへぇ。」
血が手に付いた。
まだ慣れないな。
死体を見るだけで気分が悪くなる。
そう言うのは映画とかで少し見慣れているけど、やっぱり現実は違うな。
そして、その耳をアイテムボックスに収納する。
アイテムボックスは魔道具の中でも割とポピュラーで、道具をいっぱい入れられる袋だ。
収納量によって値段が違うらしい。
僕のは国から支給されたものなので、かなりの量が入るらしい。
「エリナはもう、取ったの?」
「うん。」
そう言って、彼女は自分のアイテムボックスを見せる。
僕は空を見上げる。
日はもう傾き、少し薄暗くなってきていた。
「そう。じゃあ、帰ろっか。」
「ん。」
僕達は、森を出て王都へと向かう。
舗装された道を歩いていると、エリナが話しかけてきた。
「…カズって、あんまり戦闘経験無いの?」
「ん?あー、そうだね。この世界に来てから、対人の戦闘とかは結構やったんだけど、生き物を殺すのはまだちょっと抵抗があるかな。」
「しんどい?」
「まあ、少しね。でも、そう言うことなんて言ってられないでしょ。この世界物騒だし。…だから、慣れるしかないと思ってる。」
生き物殺すことが普通だということに。
「……私も、初めは少し抵抗があった。」
「……」
「でも、もう慣れた。こういうことは何度も繰り返すことが必要だと思う。」
「うん。」
「カズの世界は、魔物も魔族も居ない、ここよりずっと平和な世界なんでしょ。なら、きっと私よりもずっとしんどいと思う。苦しいと思う。」
「……」
「だから、あまり無理はしないで、困ったことがあったら私に言って。相談に乗る。」
友達だから。
彼女はそう言って微笑んだ。
「ありがとう。」
本当に、エリナは優しい。
彼女の言葉一つ一つが治癒魔法の様に疲れた僕の心を癒す。
あーー、ちょっと泣きそう。
優しくされるのに弱いな、僕。
別に涙脆い訳じゃないはずなんだけどな。
僕はそれが彼女にバレない様に再び空を見上げる。
空には二つ、星が輝いていた。
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