20.一回やってみたかったんです。(by作者)
「……凄く、大きい。」
エリナがゴクリと唾を飲み、感嘆の声を上げる。
彼女も興奮しているのだろう、声には艶がかかっている。
蒼い瞳は、何を想像したのか、期待に揺れていた。
僕達は、もうすっかり人が居なくなった教室に、二人きりで居る。
僕は今、エリナの欲求を解消していた。
僕が勇者だということが分かったせいか、我慢が出来なくなったようだ。
今日の彼女はいつも(まあ、殆ど知らないんだけど。つまり、今まで見た彼女の中でということだ。)よりも積極的で、こんな経験は初めてである僕にとっては、上手く出来ているか不安なところだ。
彼女の視線は早く、早く続きを、と僕を急かしてくる。
「本当にエリナは欲しがりさんだなあ。」
期待の視線に耐えきれず、僕がおどける様にそう言うと、彼女は不服そうに頬を膨らませた。
「だって、カズが焦らすから。」
「別に焦らしている訳じゃないんだけど。…ごめん、もしかして下手だった?」
「いや、別に、下手じゃない。初めてにしては、上手。」
「ほんと?それなら良かった。」
僕が安堵の息をつく暇も無く、エリナが口を開く。
「で、それってどれくらいの大きさなの?」
「うーんと、だいたい634メルだよ。」
この世界の長さの単位は上から、キル、メル、セル、ミルとなっている。
だいたい1メートル=1メルだ。
「凄い。」
エリナがもう一度、感嘆の声を上げる。
「すかいつりーって。」
言わずもがな、エリナの欲求というは知識欲である。
国の話が好きな彼女の興味の矛先は元の世界、つまり日本に向いた。
自己紹介の後の諸連絡が終わり、解散となったのだが、僕は教室に残ったまま、エリナから質問攻めになっていた。
今まで友人が一人も居なかった僕は、もちろん誰かに日本のことを説明した経験などある訳がなく、初めての経験だった。
いやあ、人になにかを説明するって難しいな。
教師は偉大だ。
僕は絶対なれないな。
将来設計から教師の選択肢を消しつつ、僕はペンをとる。
ペンを持ったのは実際に絵に描いた方が伝わりやすいと思ったからだ。
さらさらと、スカイツリーの絵を紙に描いていく。
日本で使い慣れたコピー紙とは違い、この世界の紙は分厚く、表面が粗かった。
数分後、簡易的だが一応スカイツリーの絵は描き終わった。
うん、まあいいんじゃないか?
僕は出来上がった絵を持ち上げ、批評する。
僕は、一時期絵を描くのにはまっていた時期があったせいか、絵を描くのは少し得意だ。
中学でも美術の成績が一番良かった。
「こんな感じかな。」
エリナに絵を渡す。
彼女はそれを食い入る様に見つめた後、嬉しそうに笑った。
「カズの絵、上手。」
「あ、うん。ありがとう。」
人から褒められるのって、なんだか照れるな。
「行ってみたいな、ニホン。」
噛み締めるかの様にそう呟いたエリナの瞳は、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。
「…カズはこの世界に来て、後悔とかしてないの?」
「いや、むしろ嬉しいよ。」
「なんで?」
「なんで、かぁ。」
確かに好きなアニメの続きが見れないとか、折角異世界に来たのにモブのままだとか色々あるけれど、別に
後悔はしていない。
この世界に来てからまだ全然日が経ってないけれど、色々なことを経験することが出来た。
憧れたの異世界転移と思いきやステータスにガッカリしたこと、ゴブリンを殺したこと、レベルが上がったこと、…本当に色々なことがあった。
あと、エリナという友達が出来た。
まだ数日会っただけだと言うのに、彼女の存在は僕の中でとても大きくなっている。
不思議なものだ。
あれだけずっと一人だった僕が異世界に来るだけで、友達が出来るなんて。
だから、この世界での生活は元の世界よりも充実している。
元の世界は同じことの繰り返しの毎日だった。
それにどれほどの価値があるだろうか。
毎日が新鮮で、楽しくて、友人が居て、生きていることが実感できる。僕はそんなこの世界のことが好きになっていた。
「うーん。…僕はね、元の世界が全然楽しくなかったんだよ。」
僕は元の世界のことを思い出しながら語りだす。
「いや、もちろん楽しいこともあったよ。でもなんだろうな、全然充実してないって言うか。生きてるって感じがしないって言うか。…毎日、同じようなことの繰り返しだった。」
僕は視線を下げ、机を見る。
真新しい机には傷一つ無い。
「だからかな、僕が異世界に憧れたのは。元の世界にはね、主人公が異世界に行って冒険するような物語が沢山あったんだ。僕はそれに憧れた。僕も彼らみたいに活躍したいってね。…僕は何か、生活に刺激が欲しかったんだ。」
いい歳して何言ってんだって感じだけどねと、肩を竦めながら目線を上げる。
エリナは、何も言わずこちらを見ていた。
「だから、異世界──この世界に来て、夢が叶った。見たことの無い道具、魔法に魔物。忘れられない程の刺激的な毎日だ。これ以上無いってくらい、生きてるって実感する。僕は毎日が楽しい。楽しくって仕方がないんだ。」
「…でも、それはこの世界に来たばっかりだから、この世界に慣れてないだけ。慣れたら、前の生活と同じ様になるかもしれない。」
「そうかもね。…でも、この世界には君が居る。僕の、初めての友達が。エリナが居る限り、前と同じことにはならないはずだよ。」
元の世界には友達居なかったしねと、僕はそう付け足した。
「エリナ、改めて僕と友達になってくれてありがとう。僕の生活を色付けてくれてありがとう。…僕に、手を差し伸べてくれてありがとう。」
そこまで言うと、エリナの頬は照れたように仄かに赤く染まっていた。
「ん、どういたしまして。」
彼女は、まるで照れを隠すかの様に早く、返事をする。
「……」
「……」
不思議な静寂が二人きりの教室に訪れる。
なんだか気まずい。
さっきまでは、謎のテンションで話していたけど、よく良く考えてみたら話が盛大にズレていた。
この世界に来たことを後悔していない理由からいつの間にかエリナへの感謝に変わっていた。
これだからぼっちは、話が下手だ。
しかも告白みたいになってるし。
何度目だよ、これ。
ああ、恥ずかしい。
窓から叫びながら飛び出したいくらいだ。
しないけど。
僕が自分の話の下手さ加減に悶えていると、ぎゅるるるとお腹が空腹を訴えてきた。
あ、そう言えば、まだご飯食べてなかった。
僕は時計を見る。
針はもうお昼を大きく過ぎていた。
「そういえば、まだご飯食べて無かった。エリナもまだだよね、何か食べに行かない?」
「うん。」
「ここら辺に美味しい店ってある?」
僕は静寂を吹き飛ばすように大きく、そして明るく話しかける。
エリナは数秒考え混んだあと、頭を上げた。
「冒険者ギルドの食堂。」
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