19.精霊と挨拶

入学式から十数分後、新しいクラスメイトも全員集まり、教室が賑やかになってきた。

特に剣崎の周りには多くの人が集まり、賑やかとなっている。

黒板に張り出してある座席表によると、僕の席は窓際の一番後ろだ。

ちなみに、エリナは僕の目の前の席だった。


僕とエリナは担任の先生が来るまでの間、だらだらと喋っていた。


「そういえば、エリナって職業何?」

「精霊術師。」

「…いいなぁ。」


僕はため息紛れに呟く。


精霊術師。

それは精霊と契約し、その力を借りて戦う職業だ。

精霊はこの世界に満ちている魔力が突然変異したものと言われていて、膨大な魔力をその身に宿し、精霊魔法と呼ばれる強力な魔法を使用することが出来る。

精霊には様々な種類がいて、姿形も様々だ。

下から下位精霊、中位精霊、高位精霊となっており、高位になるほど、魔力量が高くなり、知能や能力が高くなる。

精霊術師は数が余り居なく、まさにレアな職業といえる。

20人に一人は居ると言われている盗賊(ぼく)とは大違いだ。


「精霊、見せて。」

「いいよ。」


エリナが手のひらを広げると、そこに色とりどりの光が集まって来る。


「綺麗だね。」

「ありがとう。」


エリナに精霊が集まる様子はまさに幻想的で、惜しむべきは夜じゃないというところだ。


エリナの元に集まった光は赤、青、緑、橙。

つまり、火、水、風、土の四属性の下位精霊と契約しているみたいだ。


「あと、これはとっておき。」


エリナが下位精霊を自然に返したあと、もう一度手のひらを広げる。

すると、水がどんどん渦巻きながら集まっていき───小さな女の子の姿となった。


「それって、ウンディーネだよね?」

「そう。」


ウンディーネは中位精霊の中でもかなり有名で、契約している者も多い。しかしそれは決して契約するのが簡単という訳では無く、むしろ難しい。

ウンディーネは人の好き嫌いが激しく、特に女性は難しいみたいだ。

そんな精霊との契約に成功した彼女は同世代ではかなり優秀なのだろう。


「触ってもいい?」

「うん。」


エリナから許可を取り、恐る恐るウンディーネを撫でる。

感触はただの水と変わりなく、冷たかった。


「?」


撫でられたことが嬉しかったのか、嬉々とした様子でウンディーネが僕の指先に擦り寄る。

指先にじゃれつくウンディーネはまるで猫の様だ。


「珍しい、ウンディーネが初対面の人に懐くなんて。」


未だ指先にじゃれついているウンディーネを見ながら、エリナが驚いた様子で言う。

そして、僕をじっと見つめた後、口を開く。


「もしかしてカズも精霊術師?」

「いや、違うよ。僕は盗賊。」


閃いた!みたいな顔で聞いてきたエリナに僕の職業を告げる。

推測が外れたエリナはうーんと考え込んでいる。


「何でそんなに親和性が高いの?」

「親和性?」

「精霊との相性のこと。」

「うーん…なんでだろ。」


やっぱり勇者ってことも関係があるのかな?

ほら、よくある異世界モノみたいに。

むむ、そんな気がしてきたぞ。

そうじゃなきゃ、この僕が好かれるはずないじゃないか。


「不思議。」

「そんなに?」

「私の知る限りでは。」

「へー。…でも、別に悪いことじゃ無いんだよね?」

「うん。むしろ、いいこと。」

「じゃあいいや。」


そう言って、僕は思考を放棄する。

別に害が無いなら何でもいいか。

親和性が高かろうが低かろうが、僕は盗賊だから関係無いし。

あー、精霊術師が良かったなあ。


僕はウンディーネを指先でつつきながらため息を吐く。

つつかれたウンディーネは、くすぐられた子供の様にはしゃいでいた。


それをエリナと一緒に眺めているその時、ガラガラという音と共にドアを開き、黒いローブ姿の男が現れた。

言わずもがな、商業区の場所を教えてくれた教師である。


「皆さん初めまして。このクラスの担任のナイル・オーグスです。よろしくお願いしますね。」


黒ローブ、もといオーグス先生が低い物腰で挨拶をする。

先生はいかにも草食系男子と言った風体で、優しそうな顔つきをしている。


「「「よろしくお願いします。」」」


異口同音、クラスメイトが挨拶する。

特に、僕達勇者組は元気があった。


「よし、そうですね。では、自己紹介から始めましょうか。…そうですね、このクラスはあの勇者が40人もいらっしゃるみたいですし、折角ですから剣崎君みたいに勇者宣言してみてはどうでしょうか。」


クラス中から賛成の声が上がる。

皆、勇者が誰なのか気になる様だ。

周りをキョロキョロ見ている者がほとんどだ。


…マジか。

自己紹介で「僕は勇者です。」とか言うのか。

恥ずかし。

しかも、もし自己紹介が出席番号順なら勇者宣言するの、僕が一番最初だし。

……嫌だなぁ。

クラスの雰囲気的にここから自己紹介で勇者宣言を無しにするなんて出来そうにない。

もし僕が勇者宣言しなかったとしても、バレるのも時間の問題だしな。

はあ。

こうなったのも全部剣崎のせいだ。

挨拶であんなこと言うから。

仕方ない、腹ぁくくるか。

……ちょっとダンディにしてみたけどやっぱ無理。

キツい。


僕が覚悟を決めようと頑張っていると、エリナが小さな声で話しかけてきた。


「カズ、勇者って誰なんだろうね。」

「そ、そうだね。気になるね。」


余計嫌になったじゃないか。

しかもやっぱり本当に気づいてないみたいだし。

あーー、嫌だなあ。


しかし、時間はもう殆ど無い。

自己紹介はもう開始され、一人目が終わり、二人目が言い始めた所だ。

ちなみに、自己紹介の順番は予想通り、出席番号順だった。


なんて言おう。

出来るだけ目立たず勇者宣言出来る方法は何か無いか。

…無いか。


二人目の自己紹介が終わる。

パチパチと拍手の音が響く。


どう足掻いたって勇者宣言、それも一番最初のなんて目立つに決まってる。

あーあ、どうせ「こんな奴が勇者なのか。」みたいな目で見られるんだろうな。

しかも最初。

勇者の面汚しにも程がある。

あの時剣崎が勇者宣言しなかったらなあ。

剣崎マジ許すまじ。


三人目が終わる。


僕は六番目、もうすぐだ。

あーー、誰か変わってくれよ。

順番だけでいいからさあ!


僕は剣崎にチラチラと視線を送るが、全然気づいていなかった。


それでもチート野郎か!

視線ぐらい気づけよ。

まあ、僕も無理なんだけど。


五番目、エリナの自己紹介が始まる。


やばい、まだ何言うか決まってない。

エリナが自己紹介してる間に急いで考えないと!


エリナの美貌に、息を呑む音が聞こえる。

特に勇者組の中でもチャラい奴らのテンションは最高潮に達していた。


お前ら、アリシアさんといい、無謀って言葉知らないのか?

鏡見ろよ。

釣り合ってないだろ。

あのクラスと付き合えるのはイケメンの王族ぐらいだろ。


「初めまして、私はエリナ・フィール。職業は精霊術師で、武器は片手剣。これからよろしく。」


わぁお、10秒くらいで終わっちゃった。

もっと言うことあるだろ、例えば…うーん………無いね。

つまりエリナの自己紹介は完璧ってことか。

なるほどな、僕も真似しようか。

ダメですか、はい。

エリナだから許されているだけで、モブの僕が真似したら「何あの無愛想な根暗、キモ。」ってなる訳だな。

というか次僕じゃないか。

全然考えてないぞ。

…ええい、ままよ。


僕は椅子から立ち上がる。

クラスメイトの視線が僕に集まる。


うわあ、緊張するな。


僕はゴクリと唾を飲み込み、口を開く。


「ええと、は、初めまして。三枝和也です。」


緊張で、声が詰まる。

名前から察したのだろう。

視線に期待や疑惑の念が乗った気がした。

しかし、エリナの表情はいつもと変わらなかった。


「職業は盗賊で、武器は短剣です。」


よし、ここが正念場だ。

僕は大きく息を吸い、


「…あ、あと、一応勇者の一人です。よ、よろしく。」


と言った。

軽く礼をする。


ああ、周りの反応が怖い、見たくない。


僕は頭を下げたまま、目をぎゅっと瞑る。

しかし、一瞬の沈黙の後、今までよりも大きな拍手に包まれた。


「え?」


僕はそれに驚き、頭を上げる。

エリナが目をまんまるにして僕を見上げていた。


猫みたい。


エリナが手をちょいちょいと招くので、僕は椅子に座り、耳を寄せる。


「カズって勇者だったの?」

「う、うん、一応。」


エリナの語尾が、少し上がっている。

予想外の出来事に驚いているのだろう。


「凄い。」

「僕は全然だけどね。」


僕はエリナの賛辞を受け流す。

まあ、僕が弱いのは確かだしね。


「…もしかして、勇者だから親和性が高いのかも。」

「そんなことってあるの?」

「分からない。でも、勇者自体が珍しいから有り得るかも。」


エリナはその仮説に辿り着き、スッキリとした顔をしていた。

謎のままなのが嫌なのだろうか。


その後、自己紹介は終わり、簡単な説明のあと解散となった。

ちなみに、僕以外が勇者宣言した時の方が反応が良かった。

いや、分かってたけどね。

悔しくなんか、無いんだからっ!

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