18.入学式と勇者宣言

王城から、徒歩15分ぐらいにある公園。

真新しい制服に身を包んだ僕は、ベンチに座り、エリナが来るのを待つ。


制服は青いブレザーに灰色のズボン。

胸元には校章が描かれている。

見た感じは日本の制服とほとんど変わりは無い。

一応、制服には耐久性を上げたり、汚れが付きにくくなる魔法が掛かっているらしいが、まだその恩恵を受けていないので、どれほどの効力があるのかはよく分からなかった。

ちなみに、荷物はほとんど物が入っていない焦げ茶色の鞄一つだけで、これも制服と同様の魔法が掛かっているらしい。


この世界は魔物とか色々物騒なことが多いから、耐久性だけでも知っておきたいな。


ぼーっと噴水を眺めながら、そんなことを考える。


エリナとの待ち合わせの時間まであと数分。

合格発表から大体1週間が経った今日はルーレンス学園の入学式だ。

合格発表の後、僕達は一緒に学園へ行くことを約束をしていた。

初日からぼっちで登校する僕の様子が浮かんだのだろう。

エリナがそう提案してきた。


優しい。

まあ、今日から寮生活になるから、一緒に登校するのは当分無いと思うけど。


待ち合わせ場所を決める上で、僕の住んでいる場所を聞かれたのだが、適当にはぐらかしておいた。

この公園が選ばれたのは、エリナの家から近く、学園の進路上にあるからだ。


もう勇者ってことを隠すのも止めようかな。

いやでも、せっかくここまでやったんだ。どこまで隠し通せるのか挑戦してみるか。

勇者って分かったらエリナはどんな反応するかな?


僕は感情の起伏が少なそうな友人の反応を想像する。


驚く?それとも言わなかったことに対して怒る?

……やっぱり失望されるんだろうな。


これが勇者宣言出来ない主な原因だ。

失望されるのが怖いから。

見捨てられるのが怖いから。

たった一人の友人を失うのが怖いから。

臆病な僕は、それを想像しただけでも震えが止まらない。


いや、エリナは優しいからそんなこと無いはずだ。

…たぶん。


僕は気持ちを前向きに切り替える。


これからエリナに会うと言うのに、こんな暗い顔でどうする。

引かれるぞ。


気を入れ直す様に両手で頬を叩く。

頬からはパンッという乾いた音が鳴り、ツンとした痛みが訪れる。


…学園か。


僕はこれから訪れる新しい生活に想いを馳せる。


同世代の人はどれくらいのレベルなんだろ。

ガイルさんは全然勝てないけど、ロンドさんには一応勝てたし、もしかして僕って強い方なのかもな。

もしかして、もしかするとレベルが上がったら無双出来る?

いや、ロンドさんが手加減してただけだろうな。


僕は実技試験の内容を思い出す。

事前に立てておいた作戦が上手く行き、無事に勝利することが出来た。

あの時、ロンドさんが僕の『銀鱗』に動揺することが無ければ、勝つことは難しかっただろう。


投擲スキルは、同年代、それも戦闘経験が少ない者で育てている者は少ないらしい。

ほとんどの者が主武装のスキルばかりを育て、投擲のような副武装は疎かになっている。

主な理由としては、主武装の方がかっこいいから、だそうだ。

つまり、厨二病なのだ。

最も、実際に魔法や魔物がある世界で、厨二病という概念が存在するかどうかは分からないが。


僕は、伸びてきた前髪を指先で弄りながら考えていると、


「カズ。」


後ろから澄んだ声で僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

振り返れば僕と同じく、真新しい制服に身を包んだエリナがいた。

彼女の艶やかな銀色の髪は、制服の青によく映え、まるで彼女の為に作られたのかと思わせる程に似合っている。

スカートから伸びた脚は、すらっとしていて、靴下とスカートの間の肌色には、思わず目が吸い込まれてしまう。


「待った?」

「い、いや、僕も今来たところ。」


僕は必死に目を逸らしながら、言葉を返す。

正直な話をすると、待ち合わせの時間よりも1時間早く来ていたのだが、それは秘密だ。

初めての待ち合わせに緊張して、早く来たことを伝えるのは、少し、いやかなり恥ずかしい。


「じゃあ、行こう。」

「うん。」


僕とエリナは学園のことについて話しながら登校した。



______________________________________________



『今から、第120回王立ルーレンス学園入学式を執り行う。』


いかにも厳格そうな年配の教師が『拡声』と同様の効果が得られる魔道具の前で宣言する。


僕は迫り来る眠気と戦いながら、学校長、来賓などの挨拶を聞き流す。

アリシアさんもなんか挨拶していた気がするが、覚えていなかった。


入学式は、流れる様に式典は進んで行き、次は新入生代表挨拶となった。

ちなみに、新入生代表は入学試験で最も成績が良かった者がすることになっている。


いい加減、眠気がピークになってきた。


昨日、初めての待ち合わせに緊張して、中々寝付けなかったのだ。


僕は段々と勢力が大きくなっている眠気と戦う。

目はもう半分しか空いていない。


元々、僕はこういう式典が苦手だ。

すぐに眠くなる。

でも、誰が首席なのかは気になるから起きとかないと。


『新入生代表挨拶。新入生代表ケンザキ・マコト。』

「はい!」


剣崎だったか。

納得。


剣崎が大きく返事をし、Aクラスの列から一人離れる。

一クラス60人で、異世界に来た僕達全員Aクラスなので、殆どが見知った顔だ。

魔法科の人達と戦士科の人達は受ける授業が違うものもあるが、クラスは同じとなっている。


剣崎が舞台の上に上がり、教職員、来賓に礼をしてから『拡声』の魔道具の前に立つ。

ちなみにその魔道具の名前は『拡声器』だ。


そのまんまだな。


やはり、この世界の住人のネーミングセンスは残念なことになっているとみたいだ。

いや、コエガオオキクナールとかじゃなかっただけましか。


剣崎が魔道具を起動させる。


さて、剣崎はどんなことを言うのかな?


『初めまして、新入生代表の剣崎誠です。』


剣崎がスラスラとお手本の様な挨拶を始める。

桜が舞い散る今日この頃〜みたいなやつだ。


何を言うのか少し期待していた僕は、余りにも普通な挨拶に落胆する。


まあ、いいけどね。

普通が一番だよ、やっぱり。

噛んで欲しいとか、失敗して欲しいとか思ってないです、ええ。


僕はつまらなそうに聞き流していると、剣崎が一拍置き、衝撃の一言を放つ。


『僕は異世界から召喚された勇者です。』


余りの衝撃に、会場中がざわめく。

しかし、剣崎はそれに構うこと無く言葉を繋げる。


『僕だけじゃありません、Aクラスのほとんどがこの世界とは別の世界、異世界から召喚された勇者です。』


僕はそれを聞いて唖然とする。


折角、いつまでエリナに隠し通せるか挑戦してたのに、これじゃあすぐバレるじゃないか。

まあ、別にいいんだけども。


ざわざわとAクラスに注目が集まる。

しかし、僕は適当に目に付いたクラスメイトを見て、自分じゃないアピールをしておいた。

別に理由なんて無い、何となくやった。


『僕は、いえ、僕達は、この学園で同級生達と切磋琢磨し、強くなり、必ずこの世界を魔王の手から救って見せると誓います。僕達に任せて下さい。…これで、挨拶とさせていただきます。』


剣崎が一礼する。


剣崎の頼もしい挨拶に会場の熱気は最高潮に達した。

今までの荘厳な式典が何だったのかというくらいの騒ぎになっている。


『静かにしなさい。』


厳しい教師が注意することで、会場は静かになったが、興奮はまだ冷めていなかった。


その後、入学式は滞りなく進み、解散となった。

このあとは各自クラスに集合するらしい。

Aクラスの人(特に剣崎)の元に他のクラスの人が集まり、勇者なのかと騒いでいるが、僕の元には一人も来なかった。


べ、別に女子にキャーキャー言われるなんて期待してないからいいけどね!


拗ねた僕が一人教室に向かっていると、名前を呼ばれた。


「カズ。」

「女神か。」


おっと、本音が。

僕に声掛けるなんてやっぱりエリナは優しいな。


「?」


いきなり女神扱いされたエリナは困惑顔だ。


「なに?」


僕は平然とした顔を装いながら返事をする。


ふっふっふ、僕の正体を明かす時が来たようだな。

さあ、勇者なのかと聞いてくるのだ!


「カズは、勇者には興味無いの?」

「………」


そっちかぁ。


僕はため息を吐き出す。


興味があるかって言われてもなあ、僕もその一人だし。

なんて返そう。

もうこうなってしまったら自分から勇者だなんて言えないからなあ。

……正体、明かせなかったなあ。


「そんなに無いかな。」


僕は引きつった笑顔でそう告げる。


「エリナは興味あるの?」

「私もあんまり無い。」


無いなら仕方ないね。

エリナは僕の名前を知ってるから、剣崎の名前から推測出来るはずだけど、興味なら仕方ないね。

…はあ。


「…そっか、じゃあ教室に行こうか。」

「うん。」


僕はとぼとぼと歩いて行った。

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