17.合格発表後半


『これより王立ルーレンス学園、今年度合格者を発表する!』


白い布が掛けられた大きな板の前で、黒いローブ姿の男が宣言する。

『拡声』の魔法を使っているのだろう。

その声は、少し板から遠い場所にいる僕達にも十分な程の大きさだ。


『拡声』はその名前の通り、声を大きくする魔法だ。

魔法を発動させると、大きくしたい言葉だけ大きくできる。

分かりやすく例えるなら、メガホンだ。


その宣言の後、黒ローブが板を覆っている布を掴む。


というかあの人って、商業区の場所を教えてくれた人じゃないか?


聞き覚えのある声に僕は目を細め、黒ローブを見る。


うん、やっぱりそうだ。

あの人だ。


黒ローブが勢いよく布を取り去る。

そこにあるのは数字の羅列。

合格者の受験番号だ。

前の方では喜び、跳ね回る人や、落ちていたのだろう泣き崩れる人が見える。


「んー、ここからじゃよく見えないな。エリナはどう?見えた?」


僕は隣で目を凝らしている友達に問いかける。

僕自身は決して目が悪い訳では無いが、いかんせん遠すぎる。

朧気には見えるのだが、確証は持てない。

前に行きたくても混雑しているし、人混みの中に割り込むなんて芸当は僕には無理なので、人が減るのを待つしかない。


「ううん、ここからじゃ見えない。」


エリナが残念そうに口を開く。


多いな。

いつになったら見に行けるかな。


僕は余りに多い人混みに、げんなりしながら待つ。

クラスメイトもまだ見えていないようで、必死に背伸びをしている者や、ぴょんぴょんと跳ねている者もいる。


「前に行こう。」

「へ?」


不意に、エリナが僕の手を掴み歩き出す。

彼女の手の温もりと、鼻先を掠った髪の甘い香りに鼓動が速まる。

しかし、見蕩れている時間など無い。

彼女は人混みの隙間を縫って、前に行こうと四苦八苦していた。


「あそこだったらいけると思うよ。」

「どこ?」

「ほら、あそこ。」


僕はエリナの手を小さく引き、比較的人が少ない所を指差す。

エリナは僕の考えに賛同してくれたようで、こくりと頷いた。

僕達二人、その場所が埋まる前にと早足で向かう。

人垣の隙間を掻き分け、進み──ようやく文字が読める所まで辿り着いた。


えーっと。

221、228、230、235───あった。

235、その数字ははっきりと書かれていた。

その隣に書いてあるクラスはA。

一番上のクラスだ。


僕はほっと息を吐く。

糸が解ける様に、体が弛緩する。

緊張していないと思っていたが、していたのだろう。

体は正直だった。


「エリナはどうだった?」


僕はエリナの結果が気になり、問いかける。


エリナは受かってるのかな?

同じクラスだったらいいのに。


しかし、返って来たのは予想外の言葉だった。


「まだ見てない。」

「どうして?」

「怖くて見れない。カズが代わりに見て。」


気付けば、繋いだままになっている彼女の手から、微かな震えが伝わっていた。

彼女のその姿は、小動物みたいで緊張した場面なのに、庇護欲を掻き立てた。


か、可愛い。


「…別にいいけど、本当に自分で見なくてもいいの?」


僕は雑念を追い払う様に頭を振り、確認する。

エリナはぎゅっと目をつぶったままだ。


「うん。」

「…番号は?」

「216」

「えーっと──あったよ。それもAクラス。」


エリナの反応から、合格していたとしても下の方のクラスだと思ったのだが、そんなことは無かった。

心配性なのかな?


「ほんと?」

「うん、ほんとほんと。」

「嘘じゃない?」

「そんな嘘付かないよ。」


エリナがそーっと目を開ける。

蒼い目がきょろきょろと動く。

そして、自分の番号が書いてあることが確認出来たのだろう、安心した様にほっと息をついた。


「やった!」

「おめでとう。」


彼女は小さくガッツポーズをする。

その時の声は、僕が聞いた彼女の声中で最も大きかった。

あまり大きな声を出さない方だと思ってたけど、流石にこれは嬉しいみたいだ。


彼女はひとしきり喜びを噛み締めた後、僕の方を向く。

口元には笑みが残っていた。


「カズは?」

「受かってたよ。僕もAクラスだ。」

「おめでとう。」

「うん、ありがとう。」


家族以外の人から祝って貰うなんていつぶりだろう?

そもそもあったっけ?

幼稚園のお誕生日会以来か?

まあ、皆も行事だから仕方なく祝ってるだけかもしれないけど。

……はぁ。


「これからよろしく。」


エリナが手を差し伸べる。


「こちらこそ。」


今度は固まること無く握り返すことが出来た。


ふふ、僕も成長しているのだよ。

相変わらず、手を離すタイミングは分からないけど。

永遠の謎だ。

くそ、異世界に来る前にウィキ〇ディアかYaho〇知恵袋で調べてたらよかった。

まあ、元の世界では女の子と握手することになるなんて考えられなかったから仕方ないか。


一度目よりも少し早く、10秒位で手を離す。

早くなったのは、一度目の彼女の反応から、もう少し早く離してもいいと思ったからだ。

そして、早く離すことで手汗の量を抑えることが出来るというおまけ付き。

最高の作戦だ。

…まあ、若干の物足りなさはあるけど。

こんなこと思うってもしかして変態っぽいか?

いや、きっと男なら美少女の手を離すのは名残惜しいと思うはず。

ソースは僕。

ソースには第三者の意見を持って来たかったけど、男友達いないからね、しょうがないね。


僕はちらっとエリナの顔を見て、手を離すタイミングがどうだったのか確認する。


よし、セーフ!


彼女の表情は変わらなかった。


「でも、カズがAクラスなんてちょっと意外。」


ええー、そんなに僕って弱そうに見えてるのかな。

……見えるか。

分かってるつもりだけど、改めて人に言われるとショックだな。

まあ、勇者と言っても温室育ちのただの学生だからね。

殺気とかオーラとかは異世界人には適わないか。


僕が少しショックを受けていると、エリナがニヤニヤしていることに気が付いた。


ああなんだ、からかってるだけか。

対人経験少ないから分からなかったよ。

ふむ、どうしてやろうか。


「そう?」

「うん。」

「……そう。」


僕は俯き、わざとらしく落胆する。


ククク、エリナの反応が楽しみだ。


「えっと、今のは嘘。」


彼女が慌てた様に訂正する。

僕は俯いたまま問う。

ちなみに、その顔はニヤニヤと意地の悪い笑みが浮かんでいた。


「ほんと?」

「うん、ほんと。」

「嘘じゃない?」

「うん。」


エリナと同じ言葉にしてみたが、彼女は全然気付いていないみたいだ。

それに僕は笑いを抑えきれず、声に出してしまう。


「ふふ。」

「?」


僕は顔を上げる。

彼女は何故僕が笑ったのか分からないようで、困惑顔だ。


「ごめんごめん、冗談だよ。」


僕は笑いながら種明かしする。

すると、彼女は数秒ぽかーんとしたあと、不機嫌そうに顔を顰めた。


「むう。」


彼女は僕を責めようと口を開いたが、ついさっき自分も同じことをしようとしたことに気が付いたのだろう。不機嫌そうな顔のまま口を閉ざした。


「そういうことはしない人だと思ってた。」


エリナは意外そうな様子で言う。


へー、僕はそう思われていたのか。

あーでも、確かに普段は人をからかったりしないはずなんだけどな。

どうしてエリナにはすっと言葉が出たのだろう?

…あ、普段はからかう相手がいないからか。

なるほど、つまり僕は元々人をからかったりするタイプだけど友達がいないから、からかえない。しかし、エリナという友達が出来たことでからかう対象が出来たということか。

よし、全部繋がった。

……冗談を言うなんて、いつの間にかエリナに大分気を許してるみたいだな。

ほぼ初対面みたいなものなのに。

何故かエリナには自然に話せるんだよな。

僕はコミュ障じゃなかったのか。

エリナは僕にとって唯一の、そして初めてなのかもしれない友達。 つまり特別な存在だからか。

だからすんなり話せるのかな?

それとも舞い上がってるだけか?

まあ、どっちでもいいか。

あ、エリナに何か言わないと。


そう考えた後、僕は口を開く。


「エリナは僕にとって特別な存在だからだよ。」


それを聞いたエリナは少し頬を赤らめた。


「告白?」

「ん?」


僕は首を傾げる。


えっと、どうしてここで告白って言葉が出てくるんだ?

何か変なこと言ったか?


僕は頭の中でさっき言った言葉を反芻する。


………ああ!僕にとって特別な存在だからとかまるで告白じゃないか。

うわ、恥ずかしい。

スクールカースト最底辺のモブが超絶美少女のエリナに告白とか立場を弁えてないにも程があるだろ。

急いで訂正しないと!


「ご、ごめん、そうじゃなくて、僕はエリナが唯一の友達だからっていうことを言いたかったんだ。」

「なるほど。」


エリナが納得した様に頷く。

顔の火照りはまだ少し残っていた。


「普通僕みたいなモブが、友達になったとはいえほぼ初対面の、それもエリナみたいに超可愛い人に告白なんかしないしね。立場を弁えろって感じだよ。まあ、僕は告白された経験もした経験も無いんだけど。」

「う、うん。」


エリナの頬が再び赤くなる。


おっと、つい本音が。


「……」

「……」

「もぶってなに?」


奇妙な沈黙が続いた後、エリナが問う。


あ、それも言っちゃってたか。

焦るとなに言ったか分からなくなるな。

…さて、どうしよう。

2度目の勇者バレの危機。

言っちゃう?

もう隠すのめんどくさいし言っちゃうか?

まあ、セバスさんからは、別に勇者だということを言ってもいいと言ってたけど、こんなのが勇者だと知ったら失望されるだろうしな。

止めとく。

まあ、いつかはバレるんだろうけど。

普通に意味だけ伝えたらいいか。

モブから勇者には流石に繋がらないだろうし。

……説明難しいな。


「物語とかで主人公っているでしょ。」

「うん。」

「それにほとんど関わることなくひっそりといる、いてもいなくてもどっちでもいい様な人のこと…かな?」

「…何となく分かる気がする。」


ああー、説明難しい。

分かってるんだけど言葉に出来ないこの感じ。

モヤモヤする。

まあ、いいか。


「なんでカズがそのモブなの?」

「うーん。そうだからとしか言いようがないな。」

「むう。」


言葉をはぐらかした僕に対し、彼女が不満げに唸る。


そうとしか言いようが無いしな。


「…ここにずっと居ても邪魔になるだけだし、そろそろ行こうか。」


僕は話を切り上げ、エリナを促す。

合格した人はこの後、玄関前にて今後の予定や準備物などが書かれた紙を貰わないといけないらしい。


「うん。」


僕達は板の前から立ち去った。

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