12.その頃の川崎先生


「皆さん、大丈夫でしょうか?」


と、川崎先生こと川崎理恵は物憂げに呟く。


ここは王城内の魔法薬研究室。

勇者である私の為に用意された部屋だ。


生徒達が入学試験を受けている間、彼女は魔法薬を作っていたのだ。

彼女の職業は魔法薬師、ユニークスキルも含め魔法薬作りに特化したスキル構成だった。

ユニークスキルは『賢者の天啓』。

錬成や調合をする時、稀にいいアイデアがひらめくというものだ。


魔法薬、それは俗にポーションとも呼ばれるもので、使用した対象にバフやデバフの効果を与えるというものだ。

特に彼女が作った魔法薬は効果の持続時間や、性能がいいと話題になっていた。


召喚された勇者の中で彼女一人だけが入学試験を受けに行っていない。

学園に行ったら今より魔法薬を作る時間が減るから嫌だ。

もっと魔法薬を研究したい、と頼み込んで受験を取り消して貰ったのだが、それは建前で、本音を言うと自分より8歳も年下と一緒の制服を着るのが気恥ずかしかったからだ。


もうすぐで25歳になる。

そんな私が制服を着たとしたら、まるでコスプレではないか。


はあー、と溜息を吐きながらフラスコの中の液体を火にかけながらかき混ぜる。

それは澄んだ緑色をしていて、仄かに甘い香りがしていた。


彼女の周りには、瓶詰めされた多種多様な素材が置いてある。

魔法薬の素材のほとんどが魔物から採れるものだ。


今彼女が作っているのは新作の回復薬だ。

回復薬というのは名前の通り、傷を塞ぎ、HPを回復させる効果がある。

回復薬は患部に掛けても、飲んでも効果が発動する。

味は様々な雑草を磨り潰し、濃縮したような味で、とても苦い。

回復薬は患部に掛けるよりも飲む方が効果が高まるのだが、味の不味さからほとんど飲む者は居ない。

緊急時だけだ。


ちなみに彼女は、苦味をもっと抑え、効果をもっと上昇させた回復薬を作るのが目標だ。


自分は戦えないから、代わりに戦ってくれている生徒達の為にも一刻も早く苦くない回復薬を作りたい。


そう思って何度も試行錯誤を繰り返しているのだが、ほとんど進展は無い。


ぐちゃっ、という音が鳴り、フラスコの中の液体が瞬時に黒く変色する。

どろどろとしたそれからは刺激臭が発生する。


「はあー」


溜息を吐きながらそれに魔法薬効果除去薬、通称マジックキャンセラーを掛ける。

するとグチュグチュ泡立っていた黒い粘液が透明な液体に変わる。


近くの机の上に置いてある研究ノートの元へ行き、先程調合をしたレシピに大きくバツ印を付ける。


「はあー、アオキノコといやし草じゃだめでしたかぁ。今度こそいけると思ったんだけどなぁ。」


これで通算30回目の失敗。

最近はまともな回復薬すら出来ていない。


アオキノコが間違えているのかなぁ?


しかしアオキノコはほとんどの魔法薬を作る時に必須の素材だ。

アオキノコは空気中の魔力濃度が高いところに生息している青色のキノコのことだ。

魔法薬の元である魔法水を作るのに使う、最もポピュラーな素材である。


じゃあいやし草?

いやし草はそれ単体で回復効果のある高級なアイテムだ。


「もしかして、いやし草の代わりに薬草を使うのかなぁ?その後ハチミツを入れて味を調える?…いや、こんな安い素材じゃ無理かぁ。」


急に思いついたひらめきを速攻で否定する。


ちなみに彼女は高いモノ=いい物と信じていた。

それで失敗した買い物、数知れず。


「じゃあアオキノコを高級魔石に変えて、いやし草を世界樹の葉に変えたらいいんだ!それでその後ハチミツを高級ハチミツを入れて…」



彼女の道は遠く、長い。


棄てられてきた高級素材とユニークスキルが泣いていた。

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