13.実技試験
僕が第一訓練場に着いたのは、実技試験の1分前だった。
膝に手を付き、荒く息を吐く。
あーー、しんどい。
かなり遠かった。
試験官の「もっと早く来いよ」という視線が痛い。
だが、反省はしているが後悔はしていない。
エリナの名前も知れたし。
丁度いい(?)アップにもなったからな。
軽く、体の筋を伸ばしながらそんなことを考える。
「受験番号235番、前に出てきなさい。」
試験官の声が聞こえてくる。
235番、それは僕の受験番号だ。
はい、と返事し、柔軟運動を止める。
そして僕を呼んだ鎧姿の人の前に歩いて行く。
いよいよか、緊張するな。
「これから235番の実技試験を始める。試験内容は試験官との1体1の模擬戦だ。武器はあそこに置いてあるものから好きに選び、使え。」
試験官が指差した方を見る。
そこには大剣や片手剣など、様々な種類の木製の武器が置いてある。
「そしてその後、3番会場で試験を受けろ。…以上で説明は終わるが、何か質問はないか?」
んー、質問か。
自分の現状、これから起こるであろう様々な状況を推測しながら考えを馳せる。
試験形式も、会場も聞いた、武器のことも…ああっ!
「武器って1つしか使ったら駄目なんですか?」
思いついた疑問を問いかける。
これは聞いとかないといけない、重要だ。
回答によっては作戦が大きく変わってくる。
「いや、武器の数に制限は無い。」
と、試験官は考えるまもなく、即答する。
よし、じゃあ何とかなるかもしれないな。
無愛想ながらも質問に答えてくれた試験官に感謝の言葉を述べる。
「ありがとうございました。」
「…他に質問は無いか?」
「ありません。」
その問いに対して、首を小さく横に振る。
「では、武器置き場に行け。」
「ありがとうございました。」
試験官に再び感謝を述べ、武器置き場に向かう。
えーっと短剣、短剣。
おっ、あった。
後は、投擲用のナイフだけど──よし、あった。
これで準備完了だ。
僕は短剣を腰に下げ、投擲用のナイフを三本、相手から見えないかつ、取り出しやすい様、懐に仕舞う。
そして、3番会場の方へ歩いて行く。
そこは、石畳で造られた30メートル四方の会場だ。
その真ん中に軽装の若い男が立っている。
明るい茶色の短髪にブラウンの瞳。
身長は170cm以上だろう。
僕よりも大きい。
武器は片手剣、盾は持っていない。
頭には防具を付けていないが、体は金属製の防具で致命傷になる部分だけを守っている。
ほとんどの防御を捨て、素早さに特化した形だ。
学園の教師というより、冒険者と言われた方がしっくりくる。
「よろしくお願いします。」と挨拶をしながら階段を上り、会場に上がる。
「おっ、来たか。俺はC級冒険者のロンド・ルースだ、よろしくな。」
ロンドさんが笑みを浮かべながら挨拶を返す。
やっぱり冒険者だったか。
「三枝和也です。…学園の教師じゃなくて、冒険者の人が試験官をするんですね。」
ロンドさんはその言葉に頷く。
「まあ、学園の教師だけじゃ数が圧倒的に足りないからな。そこで、C級以上の冒険者に試験官の依頼が来るんだ。」
冒険者、それは冒険者ギルドに加入し、依頼をこなす者を指す言葉だ。
ほとんどの者が3〜6人のパーティを組んで、活動している。
冒険者はその実力によってランク付けされており、1番上からS、A、B、C、D、E、Fの7段階となっている。
そして、ロンドさんのC級は、冒険者の中でも上位に位置する。
あの若さでC級だということは、かなりの才能があるのだろう。
「まだ若そうなのにC級だなんて凄いですね。僕もそんなふうに強くなりたいです。」
そうおだてると、ロンドさんは照れたように頬を掻いた。
「まあ、俺は運が良かっただけだよ。」
よし、中々の好感触だな。
チョロいチョロい。
「よし、じゃあ話もここまでにして、試験を始めるとするか。」
その言葉をきっかけに、僕は短剣を中段に構える。
「これは戦闘のセンスを見る試験だから、別に俺に勝たなくてもいいからそこまで緊張しなくてもいいぞ。」
ロンドさんがニヤッと笑う。
「まあ、もし俺に勝てたら実技試験は満点をやろう。」
フラグですね分かります。
勝つしか無いじゃないか。
「頑張ります。」
「おう。……よし、じゃあ始めるか。」
ロンドさんが右手に持った剣を構える。
それを見ただけで運が良かっただという言葉は、瞬時に嘘だと分かる様な隙のない構えだった。
さて、どう攻めようか。
盗賊という職業上、この状況はあまりにも不利だ。
なぜなら、本来盗賊は正面から戦う様な職業では無いからだ。
…せめて障害物があって、隠密を使えたらいいのに。
修行の成果を見せるいい機会だ、出来る限り頑張ってみるか。
深呼吸をし、呼吸を整える。
そして、ふっ、と息を吐くと同時に懐に手を入れ、投げナイフを三本とも放つ。
投擲スキルをレベル3に上げると使用可能になる武技『銀鱗』だ。
これはまるで鱗の様に隙間を開けず、ナイフを複数本投げるという武技だ。投げることの出来る数はレベルに比例して増加する。
武技とは、スキルレベルの上昇に伴い、使える様になる技のことを指す。
武技を発動させようとすると、体が勝手に動き、発動する。
初めて武技を使った時は体が勝手に動くという現象に気持ち悪くなったものだが、今はもう慣れた。
その武技を習得する為の条件を満たした瞬間、使える様になるというのだから不思議だ。
もちろん、何度もその武技を使ってきた者と、覚えたばかりの者では威力に差があるが。
そして僕は間髪をいれず、駆け出した。
「うおっ!」
ロンドさんがいきなり飛んできたナイフに驚き、声を上げる。
そして、剣を振り抜き、投げナイフを弾く。
よし、と内心ガッツポーズをする。
元々あれは当てるつもりは無い。
ロンドさんの注意を引き付ける事が目的だ。
予定通り、ロンドさんは剣でナイフを弾いてくれた。
盗賊は剣士などと比べて、正面戦闘に弱い。
長期戦にも向いてないから短期決戦が求められる。
つまり、相手にどうやって隙を作るかが肝心だ。
そう考えた僕は、投擲スキルのレベルを上げる為、王城の自室でさえもナイフを投げ、練習してきた。
お陰で今はレベルが3まで上がった。僕のスキルの中で、これが1番レベルが高い。
ナイフを弾いたことで構えは解かれ、がら空きの胴体が現れる。
僕は石畳を強く踏み込み、更に加速する。
これを外せば二度とこんな手には引っかかってくれないだろう。
恐らく最初で最後のチャンスだ。
遂にロンドさんの胴体が目の前数メートルとなる。
流石にここから対処することは出来ないだろう。
しかも相手の剣はまだ遠い。
届く!
僕は腰を捻り、遠心力を加えながら、短剣を右から左へと横凪に払う。
全てが遅い。
知覚速度が限界に到達し、周りの景色がスローモーションの様に流れる。
短剣は弧を描きながら、ゆっくりと、ロンドさんの腹へと吸い込まれていく。
防具も何も付いていない、腹へと。
ロンドさんがそれを避けようと、左足を一歩下げ、体を捻る。
C級の名は伊達では無いのだろう、素晴らしい反射神経だ。
しかしもう遅い。
あと数センチ、短剣を押し込むだけで相手に届く。
必中の間合いだ。
逃がさない。
短剣を更に加速させようと、右手に力を込める。
僕史上最速の斬撃は鈍い音を立て、ロンドさんの腹に当たる。
「ぐはっ!!」
ロンドさんが咳き込む様に息を吐く。
そして、反撃をしようと剣を振り上げる。
させるか!
僕は武技『猛追』を繰り出す。
『猛追』は短剣スキルレベル2習得出来る武技で、一撃を当てた後に発動することが出来る。
その名の通り、猛烈な追撃を繰り返すというものだ。
左から右下、右下から左上へと追撃を繰り返す。
一撃、二撃、三撃と、高速の斬撃がロンドさんの肢体を襲う。
「があっ!」
ロンドさんが後ろに飛び去ろうとするが、右膝を狙った一撃が足を崩す。
どぐっ!
僕の剣はバランスを崩し、膝をついたロンドさんの左側頭部を強打する。
頭が、大きく右に振れ──ゆっくりと前に倒れ込んだ。
地に沈んだ体はピクリとも動かない。
あっ!やばっ、やり過ぎた。
僕は慌てて、手首の脈をはかる。
僕の心配は杞憂だったようで、命を感じさせる力強い振動が僕の手を伝う。
「ふう、良かった。」
安堵の息をつく。
実技試験で試験官を殺したとか洒落にならないからな。
取り敢えず治療師を呼ばないと。
隣の2番会場に走って行く。
会場は試験中だったが非常事態だ、構うもんか。
声を張り上げる。
「あのっ、すみません!」
試験を邪魔した僕に受験生と試験官から非難の目が向く。
うう、胃に穴開きそう。
深呼吸をして、呼吸を整える。
「あの、3番会場の試験官のロンドさんが倒れて、意識が無いんですけれど。」
それを聞いた試験官は大きく目を見開く。
「なに、あのロンドが!?治療師、治療師はどこだ!!」
試験官が試験を放り出し、慌てて駆けていく。
僕が言うのもなんだけど、試験はどうするんだよ。
受験生の人、凄く困ってるじゃないか。
「……あの、なんかすみませんでした。」
「……いえ、非常事態なので。」
「……」
「……」
「……試験官を倒すなんて、凄いですね。」
「……あ、ありがとうございます。」
「……」
「……」
……誰か助けて。
取り残された僕と、2番会場の受験生との気まずい時間が始まった。
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