11.筆記試験と異世界デビュー

「おお~!」


思わず感嘆の声が出る。

それ程までにそれは壮大だ。


今僕が居るのは、入学試験会場でもある、王立ルーレンス学園だ。

開け放たれた巨大な門を中心とし、左右に長く、そして高く広がる塀。

入口だけでこんなにも巨大ならば敷地内もさぞかし広大だろう。


流石はこの国最高峰の学園だな。

いったい東京ドーム何個分なんだろう?

まあ、東京ドームに行ったこと無いからそれで例えられても分からないんだけど。


僕達と同じ受験生なのだろう。同世代の少年少女がぞろぞろと門の中へと進んで行く。


「どうだこの国最高峰の学園は。」


僕達の付き添いで来たガイルさんが誇らしげに聞いてくる。


「…凄く、大きいです。」

「そうだろうそうだろう。近衛騎士団の奴は全員この学園出身なんだぞ。」


ガイルさんが上機嫌に頷く。


まあ、それぐらいの学歴が無いと近衛なんて重要な仕事に就けないだろうから当然だな。

というかこんなに受験生居るのかよ。

ざっと見ただけで数百人居るぞ。

受かるかな?


「じゃあ俺はここまでだから。皆、頑張れよ。」


ガイルさんと門の前で別れる。

手をひらひら降りながら立ち去っていった。

そして僕達が学園の敷地内に入る前、剣崎が僕達の前に出て来る。


「…皆、絶対受かろうな!」

「「おう!」」「「うん!」」


剣崎が発破を掛け、皆がそれに同調する。


そして、ぞろぞろと門の中に足を踏み入れた。



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「それでは筆記試験──始め!」


指定された教室の席に座った僕達の前で試験監督が試験開始の合図をする。

それと同時にカリカリと鉛筆で文字を書く音が教室中から一斉に発生する。

この世界の筆記用具は基本、万年筆みたいなペンだが、テストには鉛筆を使う。

消しゴムも一応あるにはあるのだが、元の世界のと比べると全然消えないので余り間違えない様にしないといけない。


教室は40人強、入る大きさだ。

試験教室はいくつもあり、勇者組の中でも結構バラバラに分かれた。


えーっと、なになに問一はルーレンス王国が成立した年代で問二は初代国王の名前は何かだって?

簡単だな。

1は426年で2はアーサー・ルーレンスだ。


ゼミ(座学)でやった問題だ!



……という調子でどんどん問題を解いていく。

筆記試験よりも実技と所持スキル数の方が配点が高いだけあってほとんど常識レベルの問題だった。

しかし一応筆記でも落とす為だろう、少し難しめの計算問題があったが、現代教育を受けてきた僕達にとっては余裕だった。


______________________________________________



「筆記試験――止め!」


終了の合図と共にペンを置く。


「ふぅ、終わった。」



問題用紙と筆記用具をバックに片づける。


僕の実技試験の順番は後半だからそれまでは休憩か。

2時間以上あるな、お腹空いたし食堂にでも行くか。

…食堂の場所知らないけど。

まあ、適当にブラブラ歩いて見つからなかったら人に聞いたらいいか。


そう決めた僕はよいしょと椅子から立ち上がり、出口に向かった。



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「うわぁ……」


十数分後。

何とか(結局人に聞いた)食堂についた僕はその光景を見て固まった。

人、人、人、かなり大人数を収容出来るであろう巨大な食堂は辺り一面、人で埋め尽くされていた。

注文口らしき所には長蛇の列が出来ている。


「折角来たけど流石に並ぶ気になれないな。」


はあ、と溜息をつく。

どうしようか?

外に買いに行くのも面倒臭いし、かと言って何も食べないのもな。

もっと早く来るべきだったな。

こんなに広いんだからもう1軒くらい食堂は無いのかな?


そんな僅かな期待を胸に、(教師だろうか?)僕の近くにやって来た黒いローブ姿の人に駆け寄り、話し掛ける。


「あの、すみません。ここ以外に食堂ってありますか?」

「ん?いや、ここしか無いよ。いつもはこんなに混まないからね。」


オウジーザス。

やっぱり無かったか。


「あの、僕ここら辺の土地、詳しくなくって。この学園の近くにご飯が食べられる所、教えてくれませんか?」

「詳しくないって。君、田舎から来たの?」

「…まあ、そんなものです。」


黒ローブが僕を量るようにジロジロと見る。


「…へー、遠くから大変だね。」


そら遠いよ。

世界を越えて来ているしな。


「まあでも、楽しいですよ。」

「それは良かった。あ、ご飯が食べられる所だったね。…あー、あるにはあるんだけど君受験生だよね。実技試験はいつから?」

「後半です。あと大体2時間ぐらいですね。」

「じゃあ時間は大丈夫か。ええと、正門を出て右に真っ直ぐ、十五分ぐらい行った所に商業区があるからそこに行ったらどう?安いし、学生にはおすすめだよ。うちの学生も良く行ってる。というか、まだ学生じゃなかったか。」


はっはっはとローブ姿の教師が明るく笑う。


「まだ、ですよ。絶対合格して見せます。」

「威勢がいいね。…じゃあ僕はもう行くけど、試験頑張ってね。」

「はい、ありがとうございました。」


僕は深く頭を下げる。


凄く親切な人だったな。

うちの学生と言っていたから、十中八九この学園の教師だろう。

ローブ姿だから魔法科か。

あの人の授業を受けてみたいけど僕は魔法科じゃないから無理か。

残念だな。


よし、余裕を持っておきたいし、直ぐに行くか。




正門を出て、右に真っ直ぐ進んでいく。

聞いた通り十五分ぐらい歩いてると、活気のある区画に出た。


これが商業区か。


辺りにはずらーっと屋台が並び、食欲をそそらせる匂いが漂っている。


何から食べようかな?

嗅覚を頼りに、商業区の入口から直ぐにあった串焼肉を売ってる屋台へ向う。

屋台の看板にはジルのロックバードの串焼屋と書かれてある。

ジルというのは店主の名前だろう。

屋台の中では恰幅のいいおっさんが串に刺さった肉を焼いていた。


ロックバードか、座学で習ったな。

確か体の周りが岩の様にゴツゴツした甲殻に覆われたモンスターだっけ。

一応羽もあるが、甲殻が重くて飛べず、ほとんど退化している。

そのぶん、脚の筋肉が発達していて、まあまあ早く走ることができるらしい。


美味しいのかな?

屋台からは嗅ぐだけで涎が出そうな香りがする。

よし買うか。


「すみません、一本下さい!」

「ありがとな、一本銅貨2枚だ。」


僕は財布から銅貨2枚を出し、それを店主に渡す。


「もうすぐ焼けるから待っていてくれよ。」


この国のお金は全て硬貨で、下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、聖金貨、白金貨、聖白金貨となっている。

その硬貨を10枚で次の位の貨幣と同価値になる。

例えるなら銅貨10枚=銀貨1枚ということだ。

物価は日本より少し高い位で銅貨1枚=100円となっている。

昨日、学園では寮生活になるからと一人金貨10枚ずつ支給された。

日本円で10万円だ。

1ヶ月毎に金貨5枚支給されるらしい。

ちなみに昨日ガイルさんからは一人金貨1枚ずつ貰った。

僕達はほとんどを銀行に預けている。

ステータスプレートが身分証明になるようで、引き下ろしたり預けたりする時は持って行かないと行けないらしい。


「ほら、出来たぞ。」


店主から串焼を受け取り、頬張る。

ロックバードという硬そうな名前からは想像も付かない程肉は柔らかく、口の中で解けていく。

絶妙な塩加減はジューシーな肉の味を引き立てていた。


あー、白米が食べたい。

これだけでご飯何杯も行けそうだ。


あっという間に無くなった串焼を惜しみつつ、店の隣に置いてあるゴミ箱に串を捨てる。


もう一本食べたいけど今日は色々回りたいからまたの機会にするか。


「また来てくれよ!」


さて、次は何処に行こうか。



______________________________________________



あれから何件か回っていたが、実技試験まであと40分になったので帰ることにした。

料理はどれも美味しく、また来たいと思った。

ここを教えてくれた先生には感謝しかないな。


ジルの岩鳥(ロックバード)の串焼屋まで戻る。

最後にもう一本買ってから商業区を出る。


道を真っ直ぐ進む。


学園の中に入り、試験会場へ向かう。

試験会場は第一訓練場だ。

中心にある校舎から見て東方面に位置していて、学園内の訓練場で最も大きい。


しかし遠いな。

異世界なんだから転移門とか無いのかよ。


内心愚痴を垂らしつつ、学園内を歩く。


というか周りに人が居ないんだけど。

時間はまだ余裕があるのに。

道を間違えたか?

そんなに入り組んでないから間違えようも無いはずだけどなあ。


キョロキョロと、人を探しながら歩いていると、前から女の子が来た。


おっ!第一村人発見!

村人じゃないか。

あーでも女の子か、ちょっとハードル高いな。

背に腹はかえられないからな、仕方ない。あの子に聞くか。


早歩きで近づき、


「ごめん、第一訓練場ってこっちであってる?」


と、前方を指差しながら問いかけたかったのだが、結論を言うとそれは失敗した。


何故なら、その少女と目が合ったその瞬間、僕は伝えるべき言葉を無くしてしまったからだ。


背中の中程まで伸ばされた銀色の髪に蒼い瞳。

装飾も何も付いていなく、殆ど単色の地味な服装だが、それは彼女の容姿を損ねることは無い。

胸部装甲はやや薄めだが、全体のシルエットはまるでモデルのようだ。


な、美少女だと!?

しかも銀髪!?

ハードルがまた更に高くなったじゃないか。

個人的な趣味で言えばアリシアさんよりも可愛いぞ。

ヤバい、凄くタイプだ。

心臓がドキドキする。

やっぱり異世界だから美少女が多いのかな?

いや、普通の人もいっぱい居たし、そんなことないか。

いやいやそうじゃなくて、道を聞かないと。


「私に何か用?」


いきなり目の前で固まった僕を不審に思ったのか、不審者を見るような目で聞いてくる。


ヤバい、美少女に初対面で不審者扱いされた。

これは挽回せねば!


「ごめん、あの、第一訓練場ってこっちであってるのか聞きたくて。」


僕は前方を指差しながら伝える。


「うん、あってる。少し遠回りになってるけど。」


と、少女が頷いた。


ふう、良かった。

迷って間に合いませんでしたなんてことになったら目も当てられないからな。

この道に人が居ないのはもっと近い道があるからか。

なるほどな。


僕が、道を間違えてなかったことに安堵の表情を浮かべていると、


「今から?」


と、彼女が聞いてきた。


…彼女の方から話しかけてくるなんて

、不審者疑惑は払拭されたか?


僕は支給された懐中時計を懐から取り出し、蓋を開ける。


「うん、あと15分後ぐらいかな。」


結構時間が無いな。

もっと早く商業区を出れば良かったかな。


「頑張って。」


彼女が右手をサムズアップさせる。


はい、頑張ります。

まじか、女子に応援されたの初めてだな。

しかも相手は銀髪美少女。

泣きそうだ。

まあ、どう考えても社交辞令なんだけど。

社交辞令と分かっていても嬉しいものは嬉しいのだ。


「ありがとう。」

「ん。」


こんなに女子と話したのは久しぶりだな。

まあ、相手はほとんど単語しか話してないけど。

…中学、高校に上がってからはほとんど話さなかったからな。

女子だけでなく、男子もだけど。

…そういや彼女の名前は何なのだろう?

僕(モブ)と彼女じゃ余りに釣り合わないだろうけど。

でも、それでも知りたい。


高校デビューじゃないけど、異世界デビューだ。

異世界転移という折角のターニングポイントだ、それを生かしてやる。


「じゃあ、私はもう行く。またね。」


彼女が立ち去ろうと歩みを進める。


1歩、また1歩と少しづつ離れていく。


…ここで聞かなかったらきっと後悔するだろう。

名前を聞く。こんな簡単なことが出来ないでどうする。


よし、行け僕!


「あの!」


僕は勇気を振り絞り、立ち去る彼女の背中に声を掛ける。


「なに?」


彼女が足を止めて振り向いた。


僕は大きく深呼吸をする。


「な、名前!教えて、くれませんか。」


謎に敬語になってしまったけれど、これでもう後戻りは出来ない。

さあ、どうなる?


「いいよ。」


ふう、と僕は息を吐き出す。

良かった。

これで断られていたら心が折れるとこだったな。


「私はエリナ・フィール。エリナでいい。」


どうしよう、本人は呼び捨てでいいって言ってるけど、僕にはハードルが高いしな。やっぱりここは安定のさん付けか。


「よろしく、エリナさん。」

「………よろしく。」


僕が彼女をそう呼ぶと、少しむすーっとした顔で僕を見ていた。

どうやら彼女は僕の呼び方に不満があるみたいだ。


ええー、呼び捨てか。

厳しいな。

でも、すっごい不機嫌そうな顔だしな。

よし、やるか。

…ああ、緊張する。


「エ、エリナ」

「ん。」


やはり、彼女は呼び捨ての方がいいようだ。

不機嫌そうな様子から一変、満足そうな様子に変わった。


僕も自己紹介しないとな。

むしろ僕の方が先にすべきだったな。


「えーっと、僕は三枝和也。呼び方は何でもいいよ。」

「うん、じゃあ…カズ。」


おお、女子からあだ名で呼ばれたのは初めてだな。

男子からも無かったっけ?

感動する。


「カズの名前、ここら辺では珍しい。何処から来たの?」


どうしよう、異世界から来たことバラすか?

勇者を召喚したことはもう国民に知れ渡ってるってガイルさんは言っていたけど。

でもなあ、自分から勇者だ、って名乗るのも少し恥ずかしいしな。

しかもこんなぱっとしない奴が勇者なんて、幻滅されるかも知れないしな。

まず信じてくれないか。

ここはあれしかないな。


「あー、僕は極東にある小さな島国の出身だからね。だからここら辺の人とはちょっと違うんだよ。黒髪もここら辺では珍しいでしょ。」


この国では黒髪は珍しい。

ほとんどが茶髪か金髪だ。


「へぇ、そんな国あるんだ。知らなかった。」

「遠いからね、無理もないよ。」


知ってたら逆に驚きだな。

昔に転生又は転移した人が居るってことだし。

しかも出身地が知れ渡るほど有名になったってことだしな。


「何ていう国なの?」

「ニッポンていうんだよ。」

「へぇ。」


エリナの目が輝いている。

国の話とか好きなのかな?


「国の話とか好きなの?」

「うん。いつか世界を旅するのが私の夢。」


世界旅行か。

せっかく異世界に来たんだから、してみたいな。

猫耳見たいし。


「叶うと良いね。」

「うん。いつかカズの国のことも教えて。」

「もちろんいいよ。」

エリナが嬉しそうに頷く。


あー可愛いな。

見ているだけで心がぴょんぴょんしてくる。


「あっ。カズ、もうそろそろ時間じゃないの?」


エリナが不思議そうな顔で聞いてくる。


時間?……ああっ!

実技試験のこと忘れてた!


慌てて、懐中時計を取り出し、時間を確認する。

針は、あと実技試験まで5分しかないことを教えてくれた。


「あと5分しかない!急いで行ったらまだ間に合うと思う?」

「多分、大丈夫。」

「ありがとう!」


走るか。

もっと早く時計を、見るべきだったな。

でも、エリナと知り合えたし良かったかな。

反省はしているが、後悔はしていないというやつだな。


「じゃあ次は入学式で会おう!」


と、僕は言って駆け出す。


こんなこと言って受からなかったら超ダサいな。

絶対受からないと。

自分から退路を絶っていくスタイルです。


「うん。」


去り際、彼女の少し嬉しそうな声が僕の耳に届いた。

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