10.成長
『召喚から29日目
この世界にやって来てからもうすぐ1ヶ月が経つ。初めてモンスターを殺したあの日から何体かモンスターを殺したけどまだ慣れない。でも、これからモンスターを殺して生きていくんだって言う覚悟みたいなものはほんの少しだけだけど出来たような気がする。ちなみにレベルは16まで上がった。やはりこの前倒したやたら硬く、メタリックなスライムのお陰だろう。一気に8もレベルが上がった。恐らくあれがこの世界のレベリング用のモンスターだろう。元の世界で見たことがあるような気がするけど、きっと気のせいだろう。元の世界にはモンスターなんていないしな。あと、ステータスプレートに書いてないけど筋力とかもレベルが上がることであがってるだろうか?心なしか愛用の短剣が軽くなった気がする。…普通に筋肉がついただけか。まあでもこの世界はRPGそのままみたいな世界だからきっと上がってるだろう。他に幾つかスキルのレベルも上がった。短剣と体術は2レベルのままだけど暗殺、隠密、危機感知、回避が2レベルに上がった。ユニークスキルのレベルはまだ上がってない。やっぱりユニークというだけあって上がりにくいんだろうか?初めはショボいと思っていたけど、このユニークスキルは中々便利だ。敵の何処を攻撃したらいいのかが分かるというものだ。まだレベルが低いからたまにしか発動しないけど。ほんの一瞬、敵の弱点の位置が光って見える。だから戦闘中はよく目を凝らさないと見落としそうだ。レベルが上がったらスキルが発動する頻度が増えたり、光る時間が長くなったりするのだろう。この世界は中々シビアらしいので少しでも強くなっておきたいし。ああ、あと、剣崎のユニークスキルを今日初めて見たんだけどあれはチートだわ。加護が発動すると、剣崎から光が溢れて強化されるみたいだ。光を剣に纏わせた一撃の破壊力がやばかった。訓練場の地面がぱっくり割れていた。やっぱりチート野郎だったな。…明日は入学前、最後の訓練らしい。ガイルさんのことだからどうせ初日みたいなことになるんだろう。せめて一撃ぐらい当てたいな。』
僕は日記をそう締めくくり、ペンを置いた。
_______________________________________________
もう見慣れた円形の訓練場。
いつもどおりアップを終え、その真ん中に集められた僕達の前にガイルさんが立つ。
「早いもので今日で一旦訓練は一区切りになる。そこでだ。」
一拍置き、ガイルさんがニヤリと笑う。
「もうお前らなら薄々気づいているだろうが、今日はどれだけお前らが成長したのか確認するから、初日と同じ様に全員で俺にかかってこい。もちろん手加減はしてやるから。」
ガイルさんがニヤニヤ笑っている。
くそう、腹立つなその顔。
絶対一撃入れてやる。
というか、レンさんにはちゃんと言ってあるんだろうか?
…言ってない気がする。
「レンさんには確認したんですか?」
僕と同じことを考えたのだろう。
周りから質問が上がる。
「あ、ああ勿論だ!しかも今日はあいつは魔法組を連れて森に行ってるから大丈夫だ!」
言ってないんですね、分かります。
というか嘘下手くそ過ぎだよな。
目がこれでもかというほど泳いでるし。
この前怒られたばっかりなのに学習してないのか?
レンさんの苦労が窺えるな。
…まあ、ガイルさんが怒られようと僕らには関係無いから別にいいか。
「じゃあ気を取り直して始めるぞ!一撃でも入れれたらお前らの勝ちだ、お前ら全員に小遣いでもやろう。よし、かかってこい!」
その言葉を皮切りに戦士組が前に出て、ガイルさんを囲む。
僕達とガイルさんとはレベルも技術も差があり過ぎる。
たとえ僕達の中で一番強い剣崎でも一対一で勝つことは出来ないだろう。
だからガイルさんと一対一にならない様に全員で抑える。
「ふっ!」
剣崎がガイルさんの背後から剣を振り下ろす。
しかしガイルさんは見事な足捌きでそれを避けていた。
そして隙を作り、剣崎に任せるのだ。
これはガイルさん対策として皆で話し合って考えた作戦だ。
ふっふっふ、今日こそは一撃入れてやる。剣崎がな!
剣崎がガイルさんを追い込む。
一回、二回と斬り結ぶ内にだんだん剣崎が不利になっていく。
遂にガイルさんの重い一撃によって剣崎がよろめく。
そのミスをガイルさんが見逃すはずが無く、剣崎に剣を振り下ろすが、すかさず小林が盾でそれを受け止める。
「すまん!」
「おう!」
周りの戦士組がガイルさんに向かって剣を振り下ろすが、ガイルさんはひらりひらりとそれを避けていた。
「おっ?俺を倒すために作戦を考えて来たみたいだな。」
ガイルさんが楽しそうに呟く。
その口元は笑顔が貼りついていた。
皆頑張れーと、僕は心の中でエールを送る。
え、お前は何してるんだって?
隠密を使ってコソコソ隠れていますけど何か?
…というのもこれはサボっている訳では無く、れっきとした作戦だ。
盗賊は本来、斥候や罠感知などが主な仕事で、決して正面から敵に挑む職業ではない。
隠密を使ってコソコソ近づき、後ろからぶすり、これが盗賊の戦闘スタイルだ。
だから僕はこうして隠れておいて、剣崎がマークされていて突けないガイルさんの隙を攻撃する役だ。
まあ、あの様子じゃあ僕が入る隙なんてなさそうだけど。
戦闘の中心地では、戦士組が苛烈な戦いを繰り広げていた。
一人がミスをしたらもう一人がそのフォローに入る。
訓練初日とは比べ物にならないほどの連携でガイルさんを追い詰めようとするが、ガイルさんはまだ一撃も届いていなかった。
「くそっ!」
何回攻撃しても当たらないことや疲労で集中が切れたのだろう。戦士組の一人の連携が崩れ、よろめく。
ガイルさんがそれを待っていたと言わんばかりに木刀を腹に叩き込んだ。
「ぐはっ!」
そして周りにいたクラスメイトを巻き込み、吹き飛ぶ。
全員で囲んでいたのが仇となり、一気に陣形が瓦解していく。
あちゃー
僕は内心溜息をつく。
やっぱり一撃も入れられないのか。
ガイルさんはまるで暴風の様に僅かに残った陣形を崩しながら進む。
「はあっ!」
剣崎がそれを食い止めようと前に出る。
が、ガイルさんはそれを容易く受け止めていた。
ガチガチと剣崎が鍔迫り合いの形に持っていくが今にも押し込まれそうだ。
何故剣崎が力の差があるのがわかっているのにわざわざ鍔迫り合いの形に持っていったのか。それはつまり、文字通り体を張って僕に隙を作ってくれているのだろう。
僕はゆっくりと音を立てない様にガイルさんの後ろに回り込む。
剣崎のお陰でガイルさんの背中はガラ空きだった。
「やっぱりお前が最後まで残ったか。でもどうする?このままじゃ力負けして終わりだぞ。」
いや、僕も居るんですけど。
ハッタリか?
…そうだと信じたいような信じたくないような。
流石にガイルさんに忘れられてるなんて事ないよな。
…よし、気付いてるかもしれないけど一か八かだ。
「やっぱり強いですね。…このまま僕一人だったら負けるでしょうね。」
「なにっ!?」
剣崎の一人じゃないことを仄めかす言い回しに反応し、ガイルさんが辺りを見渡そうとしたその瞬間、
「うおおおお!」
と剣崎が気合いを入れ、ガイルさんを押し返す。
「三枝、今だ!!」
ガイルさんの真後ろまで回り込んだ僕は、
「いや、本当に忘れてたのかよ!!」
という言葉と共に練習用の木刀をガイルさんの頭に振り下ろす。
それは、がつっ!という音と共にガイルさんの頭に当たる。
「痛っ!」
「しゃあっ!」
ガイルさんが頭を押さえてよろめき、剣崎がガッツポーズをして喜ぶ。
倒れながら戦闘を見守っていた戦士組も思い思いの反応で喜び、まるで祭りのようになっていた。
…まじか、ガイルさんにも忘れられてたのか。
モブとはいえ一応勇者なんだけどなぁ。
緊迫した戦闘だったらまだしも、あんな余裕がある戦闘で忘れられるとか相当だぞ。
隠密してたとはいえ、まだレベル2なんだから気付けるだろ。
はあー、ハッタリであって欲しかった。
その反応とは対照的に僕の気分は落ち込んでいた。
「三枝、やったな!」
剣崎が声を掛けてくる。
あ?ああ、勝ったのか。
それよりもっと衝撃的な事があったせいで忘れてた。
「剣崎のお陰だよ。」
剣崎に返事を返す。
剣崎は僕のことを覚えてたみたいだったからな、いい奴だ。
まあ、作戦の立案者にまで忘れられたらもう終わりだよな。
まだギリギリ終わってなかったか。
「いや、三枝が居なかったら俺も負けてたよ。」
と、剣崎がイケメンスマイルを浮かべながら言う。
「よくやったな、サエグサ。お前が居ること気付かなかったぞ。」
と、ガイルさんが豪快に笑いながら、褒めてるのか貶しているのかよく分からないことを言ってくる。
まあ、『空気』の称号は伊達じゃないからな。
「…それより小遣いってどれぐらい貰えるんですか?」
「あっ!」
僕がそう言うと、まるで今まで忘れていたかのような反応を返す。
…おい
僕がガイルさんをジト目で見ていると焦った様に頭を掻く。
「いや、まさか一撃入れられるとは思っていなかったからな、忘れていただけだ。でも今月は使い過ぎてあんまり残ってないと言うか。」
「…男に二言は無いんですよ。」
「あ、ああ分かっているとも、ちゃんとやる。」
その言葉の後に小さな声で「あー、俺の貯金が…。レンに借りるか?」とか聞こえたから多分くれるだろう。
「まあ、それは置いといて。お前らも強くなったな。1ヶ月でこんな強くなるとは思ってなかったぞ。勇者の名前は伊達じゃないか。あの作戦は誰が考えたんだ?」
「皆で話合って決めました。一対一じゃ適わないから皆で押さえようって。」
皆っていうか殆ど剣崎が考えた作戦だけどな。
僕達はそれに賛成しただけだ。
「一人じゃ勝てないからチームを組む。お前らもちょっとは戦闘職らしい考え方が出来る様になってきたじゃないか。最初はあんなにグダグダだったのにな。」
「俺達も成長してるんですよ。」
ガイルさんがからかうように言い、剣崎がはにかみながら返す。
あー、最初は酷かったな。
連携?何それ美味しいの?
という感じで皆がバラバラに動き、足を引っ張りあっていた。
そこからスタートしたと思えば僕達も成長したよな。
「これで一応は安心して送り出せるな。…お前ら、勇者なんだから他の生徒なんかに負けるなよ。」
皆が頷く。
まあ一応勇者だし、大丈夫だろ。
「お前らだけで上位を独占するんだぞ。入学出来なかったら。いや、Sクラスに入れなかったら罰があるからな。」
その言葉を聞いた瞬間、時が止まる。
…え?
コネ入学じゃないの?
「まあ、流石に入学出来ないなんてことは無いだろうけどな。」
「え、コネで入学出来るんじゃないんですか?」
僕はガイルさんに質問をする。
するとガイルさんは何言ってんだこいつみたいな顔になる。
「はあ?いや、お前らも普通に試験を受けるぞ。言ってなかったか?」
「言ってないです。」
「…あー、それはすまんな。忘れてた。」
はあ?
忘れたどころじゃないだろ。
「試験って何をするんですか?」
剣崎が膠着状態から抜け出し、質問をする。
「えーっと、筆記試験と実技試験、それとスキル数だな。筆記はセバスさんに習ったことをちゃんと覚えてたらまあ大丈夫なはずだ。実技は試験監督との一体一の模擬試合だな。
スキル数はスキル1個につき5点ずつ加点される。そしてその結果から合格、不合格に分けられ、合格者はクラス分けになる。…まあ、お前らなら大丈夫だろ。加点だけでもかなりリードしてるしな、頑張れよ。」
いや、試験があることを試験前日に言う奴がどこに居るんだよ。
あー、今夜は復習しないとな。
……寝れるかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます