8.初めてのモンスター退治

『召喚から12日目

メイドさんに白紙のノートを貰えたので日記を書こうと思う。 僕達が異世界に召喚されてからもう2週間が経った。皆も異世界での生活に慣れたようですっかり順応している。無双系でも成り上がり系でも無かったのは予想外だったが、僕は毎日が楽しくて仕方がない。ガイルさんの戦闘訓練は凄く厳しく、逃げ出したくなる時もあるけど一応まだ逃げたさずに済んでいる。…逃げ出したら何されるか分からないし。僕もレンさんみたいなお姉さんに教えてもらいたかったなあ。でもその甲斐あってか短剣と体術のスキルレベルが2に上がった。モンスターをまだ倒していないのでステータスのレベルは1のままだけど明日は実際に騎士団が捕獲したモンスターと戦うらしい。…少し怖いけどこの世界で弱い方のモンスターらしいから多分大丈夫だと思う。レベルアップはどんな感じなんだろう?楽しみだ。 …ではまた明日、無事にこの続きが書けます様に。』


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「今日は昨日伝えた通り実際にモンスターと戦って貰う!」


ガイルさんがアップを終えた僕達を集め、宣言する。

すると後ろから檻に入れられたモンスター達が運ばれて来た。


薄汚い緑色の肌にギョロっとした黄色い目。格好はボロ雑巾みたいな布を腰に巻いているだけだ。

それらは今から己の身に何が起きるのか分かっているようで、不安げにキョロキョロと辺りを見渡しているものや、小刻みに震えているものもいる。


ゴブリンだ。

なんというか、感動よりも先に汚すぎてちょっと引く。

5メートルぐらい離れているのに臭うし。

女子なんかはもう鼻を覆ってそっぽを向いている。


「なあにそんなに緊張するな、危なくなったら俺達が必ず助けるから。まあ、勇者なんだからその必要も無いだろうけどな。」


ガイルさんがガッハッハッと豪快に笑いながらそう言う。


緊張してるんじゃなくて臭いんだよ。


「こいつらはゴブリン。この貧弱な身体を見て分かる通りここら辺では最弱の魔物だ。戦闘の経験が無い農夫でも1体1なら余裕で勝てる相手だな。…ゴブリンについては座学の方で詳しく学んでいるはずだから説明はこれぐらいでいいだろ。今日はこのゴブリンを一人一匹づつ用意したから思う存分戦ってくれ。」


ガイルさんが捕えられたゴブリン達を見渡す。

その視線上のゴブリン達がビクッと肩を震わせ、身を縮める。


…可哀想だな。


「同情なんてするなよ。」


ガイルさんが僕達の雰囲気を察したのか冷たく言い放つ。


「いいか、こいつらはモンスターだ。つまり、人類の敵なんだ。もしこいつらゴブリンを殺さず放っておいたらどうなると思う?小林、言ってみろ。」


急に当てられた小林が肩を震わせる。


小林祐介こばやしゆうすけ

戦士の片手剣使いで、ウォールシールドを装備している。

高い防御力から剣崎率いる一軍パーティのタンクに抜擢された。


「人を襲うと思います。」

「その通りだ。」


ガイルさんが真剣な顔で頷く。


「こいつらは放って置いたら直ぐに繁殖し、人を襲う。男は殺したあと解体して肉にし、女は巣に連れ帰り種床にする。お前らは知らないだろうが種床になった女性はとても悲惨だ。ほとんどの人が精神を狂わせ、廃人になる。昔、俺がまだ一般兵だった頃助け出した女性の話をしてやろう。彼女はソロの冒険者だった。そんなに強くはないが、弱くもなかった。彼女は捕まる前、クエストで森の入口付近を探索していた。その場所は彼女にとって行き慣れていて、出てくる魔物も弱いのと、最近クエストも成功続きだったせいで彼女は油断仕切っていた。…しかしその日はいつもの森とは違っていた。森の深部でフォレストウルフの群れが大量発生し、それに追い立てられたゴブリンの群れが入口付近まで集まって居たからだ。森の深部に住むゴブリンは入口付近のゴブリンとは比べ物にならないほど獰猛で狡猾だった。彼女はそのゴブリン共に罠にハメられ、巣に連れて行かれた。その女性はこいつらに猿轡を噛まされ舌を噛みきって死ぬことも出来ず永遠と犯され続けられた。俺達は大量発生したフォレストウルフを狩りに行く途中、ゴブリンの巣を見つけ、幸運にもその女性を助け出すことが出来た。その女性は気を失っていた。…目を覚ました女性が1番初めに言ったことはなんだったと思う?」


皆が分からないというように首を振る。


「もう嫌だ、殺してくれ、だ。」


くそ、その光景を想像して気分が悪くなってきた。


僕の同じ様に想像してしまった人もいるようで、吐き気を抑えるように口元に手を当てていた。


「その女性は廃人になっていた。ゴブリンと人間との区別がつかない程に。その一週間後、その女性は舌を噛み切り自殺した。俺達は同じことを繰り返さないためにも魔物を殺さないといけない。魔物を殺すことは人類にとっての正義なんだ!」


ガイルさんが熱く語る。

高く振り上げられたその拳は固く握られ、今にも血が出そうだ。


ゴブリンに捕まった女性の話がやけに生々しかったけどもしかして誰か知り合いだったのか?

胸糞悪い、初めにゴブリンを見た時に同情したのが馬鹿らしくなってきた。


ガイルさんが振り上げた手をゆっくりと降ろす。


「…ということだ分かったら同情なんてするなよ。戦闘中ではその一瞬が命取りになるんだから。」


皆が頷く。


…でもなあ、魔物が敵だということは分かっても、現代日本育ちの僕達にとって生き物を殺すのは抵抗があるんだよな。

しかも人型だし。

昔ラノベとかで魔物を殺すのを躊躇している主人公を読んで、なんだよそれぐらいちゃちゃっと殺せよとか思ってたけど、その立場になってみて思う、無理だわ。

……嫌だな。


「よし、じゃあ15メートル程間隔を開けて並べ。」


僕達はぞろぞろと指示通りの位置に移動する。


「その場所で一人一匹ずつ戦ってもらう。ゴブリンどもの武器はこれだ。」


ガイルさんが30㎝くらいの固そうな木の棒を掲げる。

ショボそうに見えるが、当たったら痛そうだ。


「一応、一組に一人ずつ騎士を付けるが、本当にヤバい時しか助けないからそのつもりで戦えよ。…じゃあ行ってきてくれ。」

「はっ!」


ガイルさんが檻の後ろに並ぶ騎士達に命令する。

騎士達は一人一匹、木の棒を持ち鎖で繋がれたゴブリンを連れてくる。

僕の所に来たのはルークさんだった。


「そんなに気構えなくても大丈夫ですよ。危険な時は必ず助けますので。落ち着いて下さい。」


ルークさんが僕に話しかける。

その言葉で緊張が僅かに解れる。


「……ありがとうございます。」


ルークさんに礼を言った後、ゴブリンに向き直る。

いつの間にかゴブリンは鎖から解き放たれていて、手には木の棒を握らされている。

肩をルークさんに押さえられていなければ今にも飛びかかって来そうだ。

大きく見開かれた黄色い目は僕を殺さんばかりに睨み付けている。


怖い。

今から殺しあいをすることと、生き物を殺さなくてはいけないということがたまらなく怖い。


短剣を持つ手が震える。

僕はそれをぐっと抑え、ふうーと大きく息を吐く。

周囲からは木の棒と剣を打つ音が聞こえる。

もう戦っている人がいるみたいだ。


相手はたかがゴブリン一匹。

大人なら素人でも勝てる相手だ。

しかもこっちにはルークさんもいる。

大丈夫、怖がるな。

たとえそれが物語であってもこれは多くの主人公ヒーローが乗り越えて来た道だ。

僕はモブだけど一応勇者だ。

彼らに出来て僕にできないはずがない。

大丈夫、大丈夫。

僕は勇者なんだ。


僕はすうーっと息を吸い込み、吐き出す。


いつの間にか視界からはゴブリン以外のものが消えている。

さっきまでうるさかった雑音ももう殆ど聞こえなくなっていた。


「覚悟はできたようだね。じゃあ放すよ。」


ゴブリンがゆっくりと僕に向かって歩き出す。

口元にはニヤニヤとした笑みが貼り付いている。

それはまるで、新しい玩具を見つけたような顔だ。


僕は短剣をぐっと握り直し、ゴブリンを馬鹿にするかのように鼻で笑う。

それを見たゴブリンは酷く不快そうに顔を歪めた後、棒を振り上げ、僕に向かって走り出す。


僕はもう一度深呼吸をし───────────初めて魔物を殺した。

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