アルバイト
翌日、人生初のスマホに感動を隠し切れないでいたみんは、
「あたし、ゲームがこんなに面白いだなんて知らなかった」
などと、外見からはおおよそ書庫で詩集を読んでいるような深窓の令嬢といった印象しか受けないみんが、寝転がりながら残り少ないポテチを咀嚼。
そして、銃モノのシューティングゲームで一喜一憂しているようだ。
「だろだろ! なら今俺的に一番オススメのギャルゲーを紹介するからさ……」
「それはいい。そんな女の子しか出てこないような、リアルで異性との面識が皆無な人間がやるようなゲーム、あたしがすると思う?」
「けっ、言ってみただけだよこんのアマ」
趣味を共有したいと願う気持ちは、誰にでもあるものだが、俺たちオタクという人種は人間に渇望をしている。
つまり、ただ趣味の話し相手が欲しかっただけだよ! わざわざ言わせるんじゃねえよバカ野郎!
「まあ、楽しそうなのは良いんだけどさ、バイト先を決めないとだな」
「バイト先ね、あたし基本的にどこででも出来るから心配ないわよ」
などと、自分はお前と違って人生イージーモードだから構うなと言わんばかりの声音で一言。
「みんがバイト先を決める上で、俺から一つだけ条件がある」
「何よ上から目線で」
「テレアポ、パチンコ屋、これらは自給が高いが激務だ。それにバイト初心者からすれば客層がややハードすぎる。それに水商売は絶対ダメとして、それにそれに……」
「一つじゃないじゃん」
「仕方ないだろ! こっちは心配してるんだよ」
「ふーん」
俺がみんのことを思って必死に訴えかけたのが功を奏したのか、みんはスマホの画面を閉じてから俺のもとへと近づいて、
「なら、あんたが決めて」
試すようにそう一言。
「オーケー。じゃあまずは着替えを済ませてくれ。すぐに出るぞ」
◇◆◇
「出かけるって、ここ道後じゃん」
文字通り着替えを済ませた俺たちは、愛媛の中では最も京都に似たアトモスフィアを肌身で感じられる温泉の町、道後に辿り着いていた。
道後と聞けば道後温泉を思い浮かべる人が大半だとは思うが、確かにこの場所は温泉とレトロな樫の木の香りの漂う神聖な町。
だが、それだけではない。
「まずはここからだな」
「朝ごはん食べたばかりじゃん」
「いいからいいから」
俺は制服姿のみんを連れて、道後の商店街通りである『ハイカラ通り』の中にある、『シックスタイムズ』と呼ばれる和菓子店に足を運んでいた。
なぜみんが制服姿なのかというと、それはもちろんいつでもバイトの面接を受けられるようにするためだ。
「いらっしゃいませー! ……げっ」
扉がなく、外から筒抜けになっている店内に入ると雰囲気の良い店員さんが接客の挨拶を。
ここシックスタイムズは、『の』の字のこしあんをゆず風味のスポンジでロール状に巻いた『一六タルト』を始めとした、愛媛ならではの和菓子が数多く販売されている店だ。
愛媛に訪れる観光各は皆、必ずと言って良いほどお土産にこの一六タルトを選んでいる。それぐらい知名度のある人気の和菓子だ。
「あたし、決めた」
店に入って直ぐのところに置いてあるのは上品さの漂う真っ赤なテーブルクロスが、横広の木製テーブルに被せられており、京都とはまた一味違った『和』の雰囲気を嗜むことが出来るのだ。
「あなた、この前の……!」
などと、さもこの店の常連かのような弁をふるい続けている俺、この店に来るのは今日で三回目だ。
何か文句あるのか、ないだろう、俺の勝ちだ。
「ねえあんた、あたしここで働くことにするわ」
……もう目を逸らし続けるのはやめようか。
現在、俺の目の前にはなぜかシックスタイムズの制服を着た黒ずくめ金髪女と、これまたなぜか敵意を燃やしながらもまだ一軒目なのにも関わらず、この店で働きたいと豪語するみん。
何だろう、せっかくもっと道後内を見て回ろうと思っていたのに、これじゃ喜んでいいのかよく分からないじゃないか。
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