ありがと

「なあ、みん」

「なによ」

「お前ってスマホ持ってないのか?」

「持ってないけど……何? バカにしてるわけ?」

「違う違う。ほらあれだよ、持ってないと今日みたいにいろいろと不便だしさ」


 歩くファッションデザイナーでおなじみな俺の選んだポンチョだけではさすがにみんが可哀想だと思ったため、その後彼女は十着ほどの洋服をレジへと持って行っていた。


 つか多いな。


 そして一通り服を買い終えた俺たちは、デパート内を歩きながらそんな会話を。

 どうやらみんはスマホ持っていないらしく、ならばここは条件付きで、ある提案を出してみようか。


「ならみんにスマホを買ってやろうじゃないか」

「ホント?」

「ああ、本当だ」


 まあ、もちろん今の俺に二台分の携帯通信料を払えるような金は持ち合わせていないので。


「ただし、初期のスマホ代だけだ。後は自分でバイトするなりして払ってくれ」


 親からの仕送りと、実は少し前から広告アフィリエイトで小遣い稼ぎをしていたため、スマホ代を払うくらいなら可能だ。


 かと言って、親の仕送りを使うのは罪悪感で苛まれそうになるため、後者で払うことにしよう。


 俺ってば類まれなるギャルゲーの才能を抑えきれなかったのか、今ではギャルゲー界最速の異名を誇る有名ブロガーなのである。


 ここにきて新事実が発覚! ……とか騒ぎ立てる程のものでもないし、単にギャルゲー攻略後の写真をブログにアップしてたら広告料が入ってたという、それだけのことだ。


「バイトね……」

「何だ、嫌なのか?」

「別に嫌じゃないけど」

「ならどうしたんだ? そんなに浮かない顔して」

「だって、あたしがバイト始めたら……あんた寂しくなるでしょ?」


 するとみんは上目遣いで、そう一言。


 卑しいことに、演技力だけがやたらと高い。

 俺以外のチェリーボーイならば、間違いなく騙されていたところだろう。


 だから俺は、今までとは一風変わった返しを行うことにする。


「ああ、寂しい。だからバイトなんかせずにずっと俺の側にいてくれ」


 俺は勢いよくみんの両肩を掴んで、真剣な眼差しでそう一言。

 言った後で何だが、今猛烈に舌を噛んで天に召されたいっ!


「…………」


 すると腹が立ったのか、みんは一旦俺に背中を向けてから無言を貫いていた。


 まあ、当然の反応だろう。


 俺も自分で言ってて、これは無いと思ったしな。


「……あんた――」

「やっぱバイトしろ。じゃないと家計が詰む」

「…………」

「…………」

「今何か言いかけたよな?」

「言いかけてないし、もういい。あたし先行ってるから」


 突如としてみんは形相をおもむろに変化させてから、一人で携帯ショップまで歩いて行った。

 怒ったと思えばまた怒るのかよ。


「俺は一体いつになれば、あいつの事を理解できるようになるんだろうな」



 ◇◆◇



 携帯ショップに着いた俺たちは、若干距離を開けて様々なスマホを物色していた。

 俺のスマホは大分前に買ったこともあり、今より随分と古い機種のものだ。


「そもそも俺にとって、スマホは天気予報を見る程度にしか使用しないしな」


 今回は自分のではなく、みんのを購入するため柄やスペックは彼女に一任した方が良いだろう。


「これ」


 するとしばらくしてから、みんが一台のスマホを俺に向けてからこれを買えと言わんばかりの表情を向けてきていた。

 そして自身の目をそのまま値札に移すと……


「じゅ、一〇万円!? これ最新のやつじゃねえか!」

「ダメ?」

「んー、一〇万となると今月きつくなるからな……」


 俺が頭を悩ませていると、愛想の良い女店員が笑顔で近づいてきて、


「お客様、何かお困りでしょうか?」

「あー、いや、ただ値段に驚いてただけなので」


 すると女店員は俺とみんに交互に目を向けてから、


「お二人様はカップルでしょうか? でしたら当店限定のカップル割のサービスが適応されます。こちらのサービス、まだ今年からのものでして二割引きとなっておりますが、いかがなさいますか?」

「もちろんカップルです!」

「……え、いや……」


 女店員のその言葉に快く返事した俺の後で、何やら不満げに濁すみん。


 気持ちは分からんでもないが、二割引きだ。


 今だけは我慢してほしいのだが……


「はい、カップルです。割引きお願いします」

「かしこまりました! では席へと案内します。どうぞこちらへ」


 俺はほっと胸を撫で下ろしながらも、女店員の後を付いて行っていると、


「高いのに、ありがと」

「…………え!? あ、うん。いいよそのくらい」


 まあ痛い出費なのは確かだが、それよりも今は。


 何より、みんが感謝してくれたという事実だけで、明日からも頑張れそうだ。

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