修羅場
翌朝。
普段の俺は、休日ともなれば徹夜明けで昼過ぎまで起きないのだが、今日は珍しく朝の五時起きだ。
ギャルゲーの消化が最近怠っているという現状については、早急に解決していきたいところだが、今日だけは許してほしい。
「へえー、こんな大きな店があったなんてね」
「俺もここに来るのは初めてだ」
現在の俺とみんは、街中で一番の顧客数を誇るデパートへと到着していた。
朝の五時だからまだ開店してないだろ、とそれは俺も思ったことだがどうやら今日はポイント八倍デーの日らしい。
早朝なのにも関わらず、辺りはコミケ初日の様な人だかりを見せている。
中でもその大多数は、日頃から一円が命と豪語してそうなベテラン主婦ばかりだが。
「まあ、ここに来れば大体の物は揃うだろ」
みんのやつ、ここ最近の様子を見るに実家から私物を何も持ってきていないらしいんだ。
あるのは学園用の黒カバンと、制服、ブレザーとかそんなところだ。
歯ブラシとかはコンビニの少し高いやつで間に合ってはいるが、服はない。
化粧品とかも皆無だ。
まあ、こいつの場合は化粧しなくても良さそうだがな。
「じゃ、私先入って見てる」
「ちょ、おい――」
せっかちな性格はここに来ても顕在。
俺が手を伸ばすも、みんは颯爽と店の中に消えていった。
「お前、金持ってきてないだろうに……」
仕方ないと、俺は一つため息をついてから騒がしい店内へと歩を進めた。
◇◆◇
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ~!」
「いらっしゃいませぇ!」
デパートの中は、どうやら各々の店が牽制し合っているようだ。
この資本主義の世の中、少しでも売り上げを伸ばそうと皆躍起になっているのだろう。
俺はあまり喧騒が好きではないので、とりあえずは新作が出ていないかゲーム売り場に向かうことにした。
「みんの奴に連絡連絡っと……」
俺は金の持っていないみんに連絡をすることにしたが……そういえばあいつの連絡先持ってねえ!
いや待て、そもそもあいつって家でスマホ使ってたか?
「使ってるところは……見たことないな」
今時のJK共はLINEが命だろうに……恐らくはスマホを実家に忘れたか、そもそもの話持っていないかの二択だな。
後で聞いておくとして、持ってなかったらあいつにバイトでもさせて無理やり買わせようか。
無いと不便だしな。
そんなことを考えているうちに、やってまいりましたゲームショップ!
その中でも俺はギャルゲーを買うべくして『美少女ゲームコーナー』という場所に透かさず移動。
まだ世の中では偏見を持たれているのか、そもそも市場が小さいのかは分からないけどギャルゲーの本数は少ない。
家の近くにあるゲームショップはともかく、ここはデパートだしな。
マニアックな作品は全くと言っていいレベルで置かれていない。
「はあ、これだからデパートは」
「ふう、やっぱりデパートは王道作品が多いわね」
……ん?
「黒づくめ……不審者か?」
作品を手に取りながら確認している最中、俺の隣に全身黒ずくめの不審者が姿を現していた。
黒い帽子からは金髪がちょこんと顔を出し、両手には溢れんばかりの大量のギャルゲーが。
……ちょっと待て、こいつ――
「お前!」
「あなた!」
と、同時に声を上げる俺たち。
すると周りにいる客や店員たちが静かにしろとばかりの視線を送ってくるので、俺は全力で白を切ることにしていた。
「…………お前、前に俺から『嫁行き』をぶんどった奴だよな?」
「…………あなた、前に『嫁行き』をバカにしていた人でしょ?」
『嫁行き』とは、今腹黒ヒロインがギャルゲー界隈を
そしてこのサングラスにマスク着用の圧倒的不審者の女、また出くわすとはな。
「まあ、前のことはもういい。俺ってば大人だから許してやるよ」
「まあ、前のことはもういいわ。私ってば大人だから許してあげるわよ」
意気ぴったり。
「お前、今わざと合わせただろ?」
「あなた、今わざと合わせたわよね?」
これまた、意気ぴったり。
何これ!? 俺たち別にこの日のために事前に合わせる練習したとか、そんなことは一切無いからな?
「……まあ、もういいや。じゃあ、俺用事あるんで」
「待ちなさい」
腕を掴まれ、行動を阻止されました!
「何だ? まだ何か用か?」
「あなたの手に持ってるそのタイトル、今日私が買いに来た作品なの。返してちょうだい」
「いやいや、先に手にしたの俺だから!」
「まあ、そうだけど……じゃあ、私の持ってるやつ全部と交換」
すると女は手持ちのギャルゲーを全て俺に差し出し、トレードを申し込んできやがった。
タイトルを一瞥すると、大体はやったことのある作品だが……その中に未プレイの作品もあるようだ。
今回買いに来た作品はかなり古いもので、俺が一回プレイしてあまりにもクソゲー過ぎたため思わず売却した一作。
「本当にいいのか?」
「ええ。良いわよ」
ゲーマーなら分かると思うが、過去にプレイしたクソゲーって時間を置けば何かと無性にプレイしたくなるんだよな。
まあ、それでも未プレイの作品には遠く及ばないが。
そこで俺が手にしている作品を彼女に渡すと、
「やったあー! 五店舗周ってやっと入手できたわ!」
「そりゃ良かったな」
「うん!」
ギャルゲーを手にしてこんなに喜ぶ女を見るのは、生まれて初めてだな。
というか、そもそもギャルゲーをやる女が絶滅危惧種並みに少ないから、当然といえば当然なのかもしれない。
すると、しばらく喜びに浸っていた女がサングラスを、そしてマスクまで外してから。
「あなた、意外といい人ね。今日はありがとう」
そう一言。
変装の下は気になっていたものの、俺の予想を大きく裏切ってくれた美少女ときたもんだ。
何!? このギャルゲーみたいな展開は!
金髪はもちろんの事、顔を目にした後の彼女の第一印象は知的だ。
何か、凄い真面目そう。
日中勉強ばかりやってそうな、そんなイメージ。
「ああ、いいよそのくらい――」
と、俺が言い終えた瞬間、視界の遠くの方で怒りを露にしたような表情のみんが……こちらを見つめていた。
そして徐々に俺たちの元へと距離を詰めてくる。
終いには背中から暗黒のオーラみたいなものを放出しながら、俺の襟首をがしっと掴んでくる。
「急に誰? あなた」
「いやいや、それこっちのセリフ。ほら、あたし服買いたいから早く来て」
「会話中に割り込んでくるのは、さすがに非常識ではないですか?」
「はあ? がやがやうるさいなー、何この女」
……怖え。
現在、俺は襟首を掴まれて窒息死寸前まで追い打ちをかけられながらも、まるで一切見たこともない昼ドラの修羅場を彷彿とさせるような……ギャルゲーにあるまじき、これぞザ・リアルみたいな展開に寒気を覚えていた。
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