手料理

「はあ、疲れた」


 帰宅途中、かなり学園から離れたというところで能美は物凄く深い溜息をついていた。


 いや、分かってましたよ?


 どうせ学園を出れば、こいつの本性が明らかになることぐらい分かってましたから。


「なあ、お前って何で学園にいる時だけ、可愛いんだ?」

「お前じゃなくて、あたしの名前ちゃんと呼べっつうの。それとあたしはいつも可愛いし」

「下の名前か?」

「面倒くさいし、それでいい」


 どうやらこれからは下の名前で呼ぶことを了承してくれたらしい。


「じゃあ、みん。これからスーパー寄っていくけど、来るか?」

「いく」


 まあ、こいつが自分で切らした晩飯の材料を、自分から買いに行こうと言い出したんだ。

 付いてくるのが当然だろう。



 ◇◆◇

 


 スーパーマーケットに入ると、俺はカゴの中に栄養価の高そうな野菜を中心に詰め込んでいった。

 両親からの仕送りはまだまだ残ってるし、今後俺もバイトを始めるつもりだ。

 何せこのままだと、みんに食費の全てを持っていかれそうだからな。


「お菓子、入れとく」


 手当たり次第に袋菓子をポンポンと詰め込んでくる、みん。

 いや、これどれもが二百円以上する、少し高めのやつじゃねえか!


「却下。もうちょい安いのにしてくれ」

「けちー」


 ケチで結構。


「そういえばみんって、家用の服ってないだろ?」

「まあ、無いかな」

「明日休日だし一緒に買いに行こう。俺、お前の趣味とか分かんねえからさ」

「ま、いいけど」


 この常に棘のあるような喋り方、いい加減直してほしいが、学園にいる時のみんはみんで、何だか喋り辛い。

 結局のところ、俺にはこの性格の真っ黒なみんの方が合っているのかもしれない。


 しばらくして買い物を終えた俺たちは、そのまま帰宅していた。

 俺は菓子と食材がこんもり入ったナイロン袋を一人で持たされ、筋肉痛で苛まれそうだ。


「俺飯作るから、みんは風呂沸かしててくれ」

「あたしがご飯作ったげる。あんたが沸かしてきて」

「まあ、それはそれで楽だからいいけどさ」


 どうやら今日はみんが晩飯を作ってくれるらしい。

 昨日の俺の料理が不味かったせいだろうか?

 まあ、これで少しは楽が出来るってもんだ。



 ◇◆◇



「ほら、さっさと食べて」


 風呂を沸かし終えて、一日のノルマであるギャルゲー二作品を無事コンプリートし終えたところで、みんが食事を持ってきてくれたようだ。

 そして相変わらず偉そうにそう一言。


「おお、すごい美味そうじゃん!」


 みんが作るから少しは心配したが、どうやら彼女はその見てくれ道理に料理スキルも高かったらしい。

 目の前のちゃぶ台には炊き立ての白米、どこから買ってきたんだよバーニャカウダ、これまたどこから仕入れてきたんだよ太刀魚の塩焼き。


「……これ、さっき買ってきたやつで作ったんだよな?」

「もちろん。あんたが見てない時に、あたしが買っておいてあげたの」

「アホか! 金がいくらあっても足りんわ!」

「けちー」

「やかましいわ!」


 はぁ……幸先が思いやられそうだ。

 まあでも、今の俺はこれ以上怒る気力なんて残っていない。


 なぜって、そりゃ腹が減ってるからだ。


 それにあのみんが、俺に晩飯を作ってくれたんだ。今は手を合わせて、いただきますを。


「いただきます」


 俺は箸を使い、太刀魚の皮の表面を滑らせていた。

 パリッと、焼き加減が何とも絶妙でやはり料理スキルは高かったらしい。

 そして口の中に運ぶ。


「…………にがっ!!!」


 想像以上に苦かったんだ、これが。


「お、おい何だこの太刀魚は!」

「じゃじゃーん、太刀魚の内蔵焼きでしたー」


 それを聞いた俺が恐る恐る太刀魚を半分に割ると……そこには大量の内蔵がびっしりと敷き詰められていた。

 そしてよく見ると太刀魚の形が何だか歪だ。


「まさか、太刀魚を何匹か買って、それでこんなくだらないことをしたのか!?」

「三匹だよ。くだらないって失礼な」


 俺は苦いことこの上ない内臓をすぐさま洗面所に行って吐き出す。


「うわっ、こりゃやべぇ……不味すぎる!」


 魚の内臓は食べれないことはないが、生憎俺の舌は拒絶反応を示していた。


「次だ次、バーニャカウダ……って固っ!」


 バーニャカウダは通常、キンキンに冷やした生野菜を熱々のスープにつけて食べるものだが……こりゃまごうことなきシャーベットだ。


「おい、もうお前明日から料理禁止な」

「えー、可愛いお嫁さんの手料理が食べたくないの? ……まあ、白ご飯は美味くできたからさ」


 そうやって心にもないことを言うみんは放っておいて、俺は白米を口に含む。


 さすがに白米に手は付けられないと……思っていた数秒前の自分をぶん殴りたい!


「塩入れ過ぎだわああああバカ女がああああああああ!」

「ぎゃははははっ!! 本当に引っかかってるし! あー、お腹痛っ!」


 塩の辛さで悶絶している俺を、足の裏で踏ん付けながらも大笑いするみん。


 こいつ……!


 これ以上好き勝手にさせておくのも、俺のあるかないかも分からないようなプライドが許さないので、彼女の足を掴んで思い切って引っ張る。


「――――っ!?」


 するとたちまち転んだみんが、声を失って俺の隣へと顔を合わせていた。

 畳の上で、寝転ぶ男女。


「…………ごめん、やり過ぎた」

「……っ」


 俺が謝罪すると、一瞬で顔を反対側に向けるみん。

 どういった心情の変化かは分からないけど、彼女が怒っているのは確かだろう。


「俺たちって、どういう関係なんだろうな」


 そこで俺は、ふとそんな疑問を吐露していた。


 何度も考え、そして未だに答えには辿り着いていない疑問。

 結婚してくれとは言ったが、正式に結婚できるのは来年になってからだ。


 なら、今の俺たちはカップルとか?


「そんなのどうだっていい。……風呂入ってくる」


 どうやらどうでもいいらしいです。

 まあ、後になって考えるのでも遅くはないよな。

 



 

 

 

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