小話2

「つかまえた!」

 右目に眼帯をつけたあたしのふたごの兄、ジャスは石畳が美しいノックスタウンの商店街で、オッサンの首根っこつかんだ。若干はげちらかしている小柄な男はジタバタと両手両足を上下に動かしている。しかし、ジャスが腹を地面につけて、その上から体重をかけているため逃げられる様子はない。

 この様子を見ている周りの人々はざわざわと興味深く野次馬していた。

 すその長いワンピースを着ているため、足がおそいあたしは、後ろから二人を追いかけ、

「あー。つかまえたのね! よかったよかった」

 と息が苦しいなか、胸をなで下ろす。

「ウィズ、キミはあまりにも遅すぎる! キミが追いかけろって言ったんじゃあないか!」

 ジャスがあたしに文句を言って気が抜けていた瞬間、ジャスの体からぬけだしたオッサンはよろよろと走り始めた。

 走り始めた、といっても、つかれているためか、そんなに足は速くない。

「ああ! あたしの堪忍袋の緒が切れたわ!」

 オッサンの往生際の悪さとジャスのトンマにキレたあたしは、左の指を三回鳴らすと、

「太陽よ! あのオッサンをつまえて!」

 とオッサンを指さした。

 その瞬間、激しく照っている太陽がなお激しく照りはじめる。

「あ……暑い……」

 オッサンの頭から額、顔にかけて、大粒の汗がしたたり落ち始めた。息も自然と浅くなっていく。動きは歩きに変わっている。

「も……もうだめ……だ……。まさか、光の魔導術を使ってくるなんて……!」

 オッサンは歩くのをやめ、ひざからくずれ落ちた。

「しめた!」

 あたしは両腕の脇を締め、こぶしを胸の前で思い切りにぎり、笑顔を作る。

「ウィズ……。最初からその技を使えばよかったんじゃないの……?」

 後ろから来たジャスはあきれた様子だ。

「まあ、そうかもしれないけど。明日は明日の風が吹く、っていうし……。ま、いいでしょ?」

 あたしは苦笑いを作る。

「まったく、ウィズったらマイペースなんだから」

 ジャスの言葉にあたしは、

「ジャスよりはマシよ」

 と返事をした。



「キミたちみたいな子供に助けてもらうなんて、うちの町の警察は機能していないのかなあ?」

 ハゲのオッサンを警察に引き渡したあと、ポマードをつけた七三に分け黒髪に上品なブレザーを着たあたしたちに話しかけてきた。

「つかまえろーってあなたがさけんだから、ボクらは追いかけたのですけど、一体なにが盗まれたのですが?」

 ジャスは首をひねる。

「ああ。帳簿だよ。わたしは孤児の世話をするボランティア団体『トゥールス』をやっているんだけど、その活動のお金のやりくりを記した帳簿があの男に盗まれてね」

「はあ」

 男性はあっけらかんさにあたしはため息しか出ない。

「ちょっとお礼したい。お茶でもしませんか?」

 男性の言葉に、あたしとジャスはお互いの顔を見合う。

「どうする? ウィズ?」

「いいんじゃあない? お言葉に甘えましょ」

 ジャスの言葉にあたしは頷いた。



 招待されたのは、役場だった。

 あくせくと書類と戦っている真面目そうな人々の波をかき分けて、浮いている状態のあたしたちを奥の部屋に男性は連れて行く。

「あ……あの」

 あたしはおそるおそる前を歩いている男性に話しかけようとしたら、

「はい。つきました。どうぞ、入ってください」

 男性は割と立派な木の扉を開け、にっこりと笑った。

 扉のプレートを見る。そこには「町長室」と書かれてあった。

「町長室……?」

 ジャスも同じところを見ていたようだ。

 部屋に入るとまず目に飛び込んできたのは、広めで質素なデスクだった。イスは堅そうに見える。

 その前には同じく固めのソファー四脚に足が短いテーブルがあいだにあった。

「さあ、座って座って。今、お菓子持ってくるから」

 男性はそう言って、部屋から出た。

 残されたあたしたちは、とりあえずソファーの下座に並んで座る。

 それからまもなく、男性がおいしそうなシュークリームと氷が入ったお茶を三つずつお盆にのせて持ってきた。

 それを見たジャスは目をランランと輝かせる。

 あーあ。ジャスの甘党がまた始まった。あたしはいつも通りあきれる。

 男性はそれを知ってか知らずか、ゆっくりと丁寧にならべる。

「砂糖とミルクはいるかい?」

「いえ、ボクらはなにも入れないほうで。ね、ウィズ」

「あ、ええ。そうそう」

 男性の質問にジャスが答え、あたしはうなづく。

 シュークリームに手をつけたそうな目をしていたジャスは生つばを飲み込むと、

「えっと……。ここって、町役場ですよね? ボランティア団体は……?」

 と聞いた。

「ああ、それ、あたしも気になるわ!」

 あたしは身を乗り出す。

 男性は、

「自己紹介がおくれたね。わたしはこのノックスタウンの町長、オーガスタ。ボランティア団体は、あくまで慈善活動だよ。本業ではないんだ」

 オーガスタと名乗った男性ははにかむ。

「きみたちが取り戻してくれた帳簿がないと、わたしはボランティア活動を通じてワイロとか犯罪をしているって疑われてしまうんだ。だから、本当にありがとう」

 オーガスタは立ち上がると、深々と頭を下げる。

「いや、そんな。困っている人を助けなきゃって思っただけだから! 頭を上げて!」

 あたしも立ち上がる。

 オーガスタは座ると、

「そこで、ささやかなお礼がしたいんだ。もちろん、わたしのポケットマネーでね。なにがほしい?」

 白い歯を見せ、笑う。

 あたしはジャスの顔を見る。ジャスもあたしの顔を見る。

 あたしたちは同時にうなづくと、

「いえ、金品というか、ボクらは情報が欲しいです」

 ジャスは落ち着いた様子で、オーガスタに尋ねた。あたしたちがノックスタウンにやってきた理由だ。帳簿のドロボーをつまえるためにこの街に来たわけではない。

「情報?」

 オーガスタは微笑みながら首をかしげる。

「ええ。情報です。三日月のグリモワールという魔導書をボクらは探しています。タレコミがちょっとありまして。この町を洗いざらいに探しましたが、どうしても見つからなくって。町長ならご存じなのではないかな、と思いまして」

 ジャスはバカていねいに質問した。

 オーガスタはうつむきながらだまりこむ。

「ん? 何か知ってるの?」

 あたしは身を乗り出す。

「んん……。ああ。なにも。知らないよ」

 顔を上げたオーガスタは若干顔をゆがませ笑む。

「そ……そうですか」

 若干挙動不審さにあたしは疑いの目を向ける。

「知らないものは知らないんでしょ。まあ、その話はここではもうおしまいにしよう、ウィズ。おいしいよ、コレ」

「はあ」

 あたしはジャスを見ると、ヤツはシュークリームをおいしそうにほおばっていた。

 革の手袋のまま食べているので、

「行儀わるいわよ」

 と、とりあえず注意はする。

 ジャスはあたしの言葉に気にすることなく、クリームをこぼすことなくきれいに食べきった。

 あたしはシュークリームを見る。暑さにやられてて、あまり食べる気が起きない。

 結局あたしの分のシュークリームもジャスが食べて、あたしはアイスティーだけいただいた。

 そして、ごちそうさまでした、と頭を下げて、町長室を出た。



「ねえ、ジャス。あの町長、なにか知ってそうな感じしない?」

 あたしは夕方なのにまだ暑さを持っている石畳を見ながら、歩く。

「ん……。そうだな。そんな感じがしないでもないね」

 あたしの隣を歩いているジャスは腕を組む。

「もうちょっとだけ探しましょ。なにも情報なしで帰るわけにはいかないわ」

 あたしはそう言って、ジャスの顔を見た。

 そんなあたしの頭をジャスはいきなり地面にたたきつけた。

 突然のことにあたしは頭が混乱する。

「なにすんのよ、ジャス!」

 あたしは顔を上げ、ジャスの方を見て叫んだ。

 しかし、ジャスはいない。

「ジャス?」

 あたしはジャスを呼びかける。

「ウィズ、来るな!」

 ジャスの声が狭い路地から聞こえる。

 来るな、と言われて行かないあたしではない。

 その狭い路地に入った。

「ウィズ、来るな、って言ったろ……?」

 ジャスは柿色の服の男に羽交いじめにされていた。

 ジャスは首をしめられて、かなり苦しそうだ。

「悪いが二人とも死んでもらうよ」

 あたしの後ろからもう一人柿色の男が現れ、あたしの首をしめる。

「女の子だからって容赦はしないからね」

 あたしの首をしめている柿色の男は、あたしの顔の横でドヤ顔をする。

 かなり苦しい。苦しいながらも、あたしはゆっくりと右手を上げ、指を一回鳴らした。

 黒い霧があたしの上に現れ、そこから黒い柄のナイフが落ちてくる。

 あたしは息ができずもうろうとしていたのだけど、それをキャッチすると、男の腕に向かってナイフを刺した。

 男の腕からいきおいよく血がふきだす。

 はたから見たら、突然ナイフが落ちてきて、刺されているのだ。かなりおどろいた様子で、また痛みのせいか大声でわめく。

 柿色の男のわめいた拍子をついて、あたしは男から抜け出すと、ジャスをつかんでいる男に向かって、

「さっさと、ジャスを離しなさい! でないと、どうなるかわかる?」

 と、思い切りにらみつけ、ナイフを突きつける。

「どうなるって? はっ、こいつを刺し殺してもいいんだぜ?」

 ジャスをつかんでいる男もナイフを取り出し、ジャスの頬に当てる。

「殺すなら、殺してみなさいよ!」

 あたしは鼻で笑う。

「ちょっと、ウィズ! 今回は一機しかもらっていないんだよ! 死んだらおしまいだ!」

 ジャスは青ざめた顔で叫ぶ。

「あ、そっか」

 あたしの顔からも血の気が引く。

「なに話しているかわからないぜ! 人間は死んだらみんなおしまいだぞ!」

 ジャスをつかまえている男は下品に笑う。

 ちょっとうまくいったからって、調子に乗ったあたしがバカだった!

 あたしはどうしようかと頭をなやませる。


   突然、火薬が爆発する音がした。苦手な音なのだものから、思わず身を伏せる。

 誰かをける音となぐる音が何回も聞こえた。それと同時に男の悲鳴とカエルがつぶれたような声も何度も何度も聞こえる。

「ねえ、嬢ちゃん? 立てる?」

 若いハスキーな女性の声が聞こえた。あたしは顔を上げる。

 深い茶色の短髪に緑の目が印象的な女性が拳銃を持っている反対の手をあたしの腕をつかむ。

「え……。ええ。一応」

 あたしは女性にうながされるように立ち上がる。

 柿色の男は一人は血まみれでさわいでいて、もう一人は完全に気絶していた。

 ジャスは咳き込んでいる。でも無事なようだ。

「逃げるよ」

 女性の言葉にあたしとジャスはうなづくひまもなく、その場を立ち去った。



「ふう。なんとかなったね」

 あたしたちは茶髪の女性に青いアパートメントの一室に連れてこられた。中央にはテーブルに二脚のイスがあった。

 女性は開口一番そう言うと、あたしの銀の右で結んだサイドテールを引っ張る。

「突然、なに?」

 助けてもらった相手だったのだけど、あたしは女性の手を振り払う。

「ああ。見事な銀髪だったから、カツラかと思って」

「失礼な!」

 女性の言葉にあたしはキツめにツッコむ。

「まあ、まあ。助けてもらったんだし。そこは大目に見れば……」

 ジャスは仲裁に入る。しかし、

「あいたっ」

 ジャスも後ろで結んだ三つ編みを引っ張られる。

「なにするんですか?」

 ジャスは部屋中にひびく声で叫ぶ。

「いやあ。見事な黒髪だから、カツラかなって」

「はあ」

 つかみ所がなくツッコミどころ満載の女性の答えにジャスは乾いた返事しかできない。

「とりあえず。お姉さん、助けてもらってありがとう。助かったわ」

「ボクは殺されずにすみました。ありがとうございます」

 あたしとジャスは女性に頭を下げる。

「そんなことはどうでもいいよ。あんたら、三日月のグリモワールを探しているんだって?」

 女性は窓のカーテンを閉める。

「ええ。そうだけど。もしかしてあなたも探してて?」

「そうだよ」

 あたしの問いに女性は静かにほほえむ。

「あの町長、孤児院開いたり、町のさまざまな税金を下げたりして、この町ではすごく支持率が高いのだけど、裏では孤児を闇の魔導術の実験に使っているの。いわゆるいけにえよ。いけにえ! ひどい話だわ!」

 女性は右の拳で左の手のひらをつくと、

「まあ、これはうちの情報なんだけどさ。うち、両親がいなくってね。この町の孤児院で育ってさ。あやうくいけにえにされるところだったんだけど、ちょうどよくリーダーのおかげで逃げることができてね」

 軽やかな声で話す。

「ああ。自己紹介がまだだったね。うちの名前は、コフィ。よろしく」

 コフィはそう言って、手を差しのべる。あたしたちも自己紹介をして、コフィと握手した。

「コフィさん。三日月のグリモワールはそんないけにえとか書かれていないはずなんですが……。まあ、読んだのが学生時代だったので、深くは覚えていませんが」

 ジャスは腕を組むと、目線を右上にあげながら、にコフィに話す。

「え、読んだことがあるの?」

 コフィは非常にびっくりした様子を見せる。枯れた声が完全にひっくり返っていた。

「えっと……。まあ……」

 あたしはコフィから目をそらしながら、しどろもどろに答える。


 アパートメントの玄関が開く音がしました。

 あたしは玄関へ目を向ける。

「コフィ……。やっと釈放されたよ。まったく、例の本かと思ったら、ただの帳簿だったなんてさ。カツラもどこか行っちゃったし……。えらい目にあった」

「あ」

 あたしとジャスはすっとんきょうな声を出してしまう。

 というのも、そこには、昼間あたしたちが捕まえたはげちらかしたオッサンがいたからだ。

 オッサンは声を震わせ、

「な……なんで、おまえたちがいるんだ? もしかして、ここにまで追っ手が……」

 オッサンは足をふるわせ、腰を落とす。

「リーダー! ねえ、この子たちも三日月のグリモワールを探しているんだってさ」

 コフィはあたしの背中を軽くたたく。

「本気でか……。こんな子供まであの悪魔の書を探しているんだって……」

 男性は立ち上がると、深くため息をつき、イスに座る。

「三日月のグリモワールは悪魔の書じゃないわ! ただの学術本よ! 教科書よ!」

 あたしはリーダーと呼ばれた男性にあたしは勢いよく反論する。

 コフィは、

「読んだことがあるって言ったけど、もしかしてあんたら、闇使いかい?」

 と厳しい目であたしたちをにらむ。

 あたしはどう弁解しようか、どう答えようか悩んでいると、

「ボクらは人間じゃあありません」

 ジャスが返事をしてくれた。

「へ?」

 コフィとリーダーは声をそろえる。

「ボクらは三日月のグリモワールを書いた世界の創造主、常闇の人の末裔です」

 目が点になっている二人を尻目に、ジャスはあたしたちの正体をバラした。


 その場が一分ぐらい固まった。


「え……えっと……? 常闇族……?」

 コフィはコイのように口をパクパクさせている。

「はい。常闇族です」

 ジャスはポーカーフェイスで答える。

「ジャス、言ってもよかったの? 権限外じゃない?」

 あたしはジャスに耳打ちをする。

「まあ、なるようになるさ。罰を喰らったときはそのときだ。今までばれたことないし」

 ジャスのノーテンキさにあたしは目の前がクラクラした。

 それを知ってか知らずか、相変わらずの表情で、

「この世界にある三日月のグリモワールのほとんどは、ニセの内容を書かれてあるんです。だから我々の名誉のためにもそれを回収しなくてはなりません。ボクたちの今回の仕事はそのニセのグリモワールの回収です」

 と淡々と説明する。

「ちょっと待て待て。常闇族は肉体を持たないはず。でもあんたらを見ることができるぞ?」

 コフィはあたしたちをいぶかしげに見る。

「この肉体は機関から借りた物なんです。任務によって、貸与される肉体の数が決まっていて、今回はこれひとつきりだったので、死ぬどころか傷つかずにすみました」

 ジャスは若干笑みを浮かべる。

 コフィは頭をかかえ、

「うう。頭の処理能力が限界が超えた……」

 とつぶやく。

 あたしは、

「信じるも信じないもそっちで決めて。とにかくあたしたちは三日月のグリモワールを探しているのよ。あたしたちの名誉にかけて」

 といつもより真剣な目でコフィとリーダーを見る。

 リーダーはハゲた頭を右に左にとふると、

「若干まだ混乱しているが……。あんたらの言うことを信じよう」

 と言って、手を差しのべた。

「乱暴なことをして申し訳ありませんでした」

 ジャスはリーダーの手をにぎりかえす。

「悪かったわね。よろしく」

 あたしもリーダーと握手をする。

「そうそう、嬢ちゃん。あんた常闇族なんだろ? 俺をつかまえるとき、光のワザをつかったよな?」

 リーダーは軽やかな声でたずねてきた。

「あ……。ああ、それね。あたし、同胞の中でも一人しかいない変わり者なのよ。それ以上は何も聞かないで。あたし自身も知らないから」

 あたしは横に手をふりながら、苦笑いを作る。

 リーダーは、一言、そうか、だけ答えると、

「もう一度、町長のもとからその三日月のグリモワールを取りにいこうと思う。どうかみんな、手伝ってくれ」

 と頭を下げた。



 その翌日の正午のことだ。

 あたしとジャスは、町長が運営している孤児院『トゥールス』の前に立っていた。

「緊張するわね」

 あたしはなまつばを飲み込む。

「そうだね」

 ジャスも緊張しているためか、いつもより口調がかたい。


 あたしたちはただ単に孤児院の前に立っているわけではない。

 リーダーの決めた作戦は、あたしたちが町長を足止めしている間に、コフィとリーダーが三日月のグリモワールを探すというものだ。

 うまくいくかはあたしたちにかかっている。探索時間をどれだけかせげるか……。

 あたしは孤児院のチャイムを鳴らした。

 心臓の音が激しく聞こえる。

「はーい」

 野太い男性の声が聞こえた。町長の声だ。

 玄関から出てきた町長は、あたしたちの顔を見ると、少し動揺した顔をしてから、

「ああ。君たちか」

 と笑顔で迎えてくれた。

「どんな活動をされているのか、見聞を広めるために来ました」

 ジャスは明らかな社交辞令をうっすらと笑顔を浮かべ話す。

 町長はいったん腕を組み、左上を見つめると、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべ、

「ああ、どうぞ。いくらでも見学してね」

 と中へ通してくれた。


 孤児院と聞いて、質素な生活をしていると勝手に想像していたのだけど、ちょうど昼食をとっていた幼児のメニューをのぞく。やわらかそうなステーキや名前はしらないけど、高級そうな黒いつぶつぶの魚卵みたいなものが載ったパスタなどが並んでいた。

「食べ物は成長に欠かせませんからね」

 オーガスタ町長は自慢げに笑う。


 次に遊具が置かれている広場に案内された。

 食事があんなに豪華だったのだ。遊具が手抜きなのかな、あまりお金がかかっていないのかな、と思いながら向かう。しかし、そこにはブランコやシーソー、うんていやジャングルジムなど、明らかに安全に配慮された遊具ばかり並んでいた。

「すごく立派な孤児院ですね」

 ジャスは表情を変えてはいなかったけど、感心している言葉をはく。

「そうだろ? 自慢の子供たちを立派に育てるためなら、ここまでするさ」

 町長は得意げに胸を反らす。

「最後に君たちを連れて行きたい場所があるんだ」

 町長は陰のある顔を作った。あたしはその顔がかなり気になった。



 建物の広さより明らかに長いろうかをあたしたちは歩いていた。なんとなく魔動力の気配がする。ちゃんと調べてないから、どれぐらいの量があるかわからないけど、結構多そうだ。おそらくこのすごく長いろうかはその魔動力のせいだろう。感覚がかなり狂う。

「町長さん。ボクらをどこへ連れて行くつもりなんでしょうか?」

 ジャスは いつもの声のトーンでたずねる。

 しかし町長はなにも答えない。

 ジャスも繰り返し聞くのをあきらめた様子で、もうそれ以上なにも聞くことはなかった。

 とうとう行き止まりまで来てしまった。その行き止まりは扉があった。

「ここだよ。長い間お疲れ様」

 町長は嫌らしい笑みをすると、その扉を開けた。

 あたしたちはその部屋に入る。

「うっ……」

 あたしは部屋の奥からきたない闇の魔動力のにおいがしてきて、思わず口をふさぐ。

 ジャスはジャスで、顔をゆがませていた。

「お、光使いにはこの部屋はキツいだろうな」

 町長はそう言うと、扉を閉めた。明かりは小さな行灯がいくつかあるだけなので、かなり暗い。

 あたしの目の前には大きな壺がひとつ。気持ち悪い闇のにおいはその中からしているようだ。

 それはそうと、どうやらオーガスタ町長はあたしをフツーの光使いと勘違いしているようだ。まあ、訂正するのもめんどくさいし、そこは笑顔で流そう。

「この部屋はなんでしょうか?」

 ジャスはいつもより静かにていねいに町長に聞く。

「ああ、この部屋ね。命をお金に換える装置がある部屋だよ。落ちこぼれの子供を使っているんだ。この三日月のグリモワールに書いてあってね!」

 町長は本棚から一冊の装丁が立派な分厚い本を取り出し、不気味に笑う。

 あたしはジャスの顔を見る。ジャスもあたしの顔を見る。

「それであたしたちをどうするつもりなの?」

 おそるおそるあたしは聞いてみる。

「ああ。簡単さ。あんたらもお金に換えるんだよ!」

「ウィズ!」

 町長はあたしを押して壺の中に落とした。ジャスの叫び声も聞こえる。

 突然のことにおどろきの声も出ない。

「本当はを使って殺そうと思ったけど、この際だから利用させてもらうよ!」

 町長の高笑いが長い間聞こえた。

「うう……。いったあ……。くっさあ……」

 あたしはくさくて暗い霧で満ちている深い壺から頭を出す。

 ジャスは肩をふるわせ、

「ウィズ、その格好、かなり面白い」

 と笑う。

「ちょっと、そんな笑う前に引き上げなさいよ!」

 あたしは若干キレ気味な言葉を話す。

「わかったよ」

 ジャスはそう言うと、あたしの腕をつかみ、壺から引き上げてくれた。

「はあ。びっくりした。ありがと、ジャス」

 あたしはあえぎながらも、ジャスにお礼を言う。

「どーも」

 ジャスは軽い笑みを浮かばせる。

「な……なんでだ……?」

 町長はふるえた声でこちらを見る。

「なんで、意識が闇に還元され、金にならないんだ!」

 町長はさけび、あたしの胸ぐらをつかむ。

「そんなこと言われても。あたしたち自体闇なんだから、闇の力をかけようたってムダだもの」

 あたしは困ってしまう。

「は……? どういうこと……? もしかして……おまえらは……? でも……光を……!」

 町長はあたしたちを指さす。

 あたしはため息をつくと、

「なぜ、光が扱えるかは聞かないでよ。あたし自身も知らないんだから」

 と、けだるげに言葉を続ける。

「オーガスタ町長。ちょっと伺いたいことがあります」

 ジャスは町長の真ん前に立ち、厳しい表情で町長の顔を見て、

「なぜ、そんなことをするんですか?」

 ジャスは低く落ち着いた声で聞いた。

 町長は、崩れ落ちるように腰を下ろすと、

「カンタンなことさ。この世は金金金! 金さえあれば何だって手に入れることができるんだ! 金さえあれば、あんな孤児の命なんてどうでもいい!」

 あたしは町長のセリフを聞いて頭が怒りのあまり、爆発しそうになった。

 あたしが一番欲しいモノ……命をそんな風に扱うなんて!

「えっ。町長さん、あなたはこの町の人を救うためなんですよね? あなたがいう『おちこぼれの子供』はどうなるんですか?」

 あたしも訊きたかった質問をジャスがする。

「大勢を助けるためなら、多少の犠牲は必要だよ。おまえたちみたいにへたに情を持つっては上に立てない」

 町長はあたしたちをさげすむ目で見る。

「まあ、ボクらは確かに下っ端ですけど……」

 ジャスはそんな目を気にせず、軽い口調だ。

 オーガスタ町長は肩をふるわせ、鼻で笑い始めた。

「な……何がおかしいのよ? あたしたちの下っ端が?」

 あたしは町長をにらむ。

「いやあ、あんたらを消す良い方法を思いついてね」

 町長がそう言った瞬間、パッとあたりが明るくなった。

 あたしは思わず目をふせ、つむる。

 そしてだんだんと暑さを感じてきた。

「あんたらが本物の常闇族なら、光に弱いはず! あんたらがウソをついていて、ただの闇使いだったら、この炎の中じゃ無事では済まない!」

 町長は高らかに笑う。

 あたしは薄めを開けて、あたりを見回す。

 周りは火の海。行灯は太陽のごとく照っている。

 暑さで汗がふきでる。溶けてしまいそうだ。

「このまま消えてしまえ!」

 声は聞こえるものの、町長の姿はない。どこかに抜け道でもあったのだろうか。

「ジャス、どうしよう! このままだとあたしたち、消えてしまうわ!」

 同じく汗だくのジャスを見る。

「ウィズ、とりあえず落ち着こう。ボクら、最近テレポーテーションの免許を取ったじゃないか。それを使ってみよう」

 あたしは両手を軽やかな音を立ててたたくと、

「でも、あたしこの状況でうまく使える自信がないわ! 酔うのもやだし。」

 暑さのあまり、息が浅くなる。

「酔うのは仕方ないだろ。座標はボクが見るから、その通りに飛んで」

 あたしはしゃあないなあ、とジャスにうなづく。

 ジャスは目をつむり、

「z座標が1.387、y座標は9,123、z座標が0だよ。時間はボクの一分後だ。オッケー?」

 目を開けると、あたしを見る。

「オッケー。わかったわ」

 あたしはウィンクする。

 ジャスは指を二回鳴らすと、そのまま消えた。

 あまりにも暑いので、その場を一刻も早く去りたい。

 あたしも指を指を二回鳴らし、ジャスの教えてくれた座標に向かって飛んだ。



 あたしたちが飛んだ場所は、孤児院『トゥールス』の門の前だった。

 風が汗ばんだ肌を冷やしてくれる。寒さを感じるくらいだ。酔ったけど、吐くほどではない。

「無事に来られてよかった」

 隣を見るとジャスが頬を緩ませている。

「ありがとね。なんとかなったわ。気持ち悪いけど」

 あたしは手のひらを伸ばすジャスに拳を軽く当てる。


 町長の叫び声が聞こえてきた。

 あたしはその声の方向へ向かう。

 その場所は遊具がある広場の真ん中だった。

 しゃがんで胸を押さえているオーガスタ町長の前に見事に長い銀髪の人物が立っていた。

「常闇のおきてを破った者は、人間といえども赦すわけにはいかないんだ。消えてもらう」

 銀髪の人物は静かにそう言うと、指を一度鳴らす。

 その音と同時に町長の身体はだんだんと透けていく。

「やめてくれ。ゆるしてくれ」

 町長の命ごいの声も身体とともに小さくなっていく。

 あたしはその様子を見て、身体が寒さ以外のなにかで悪寒が走った。

 とうとうオーガスタ町長の姿は完璧に消えてしまった。

「ジャス……。見た?」

「ああ。見たよ」

 ジャスの声もすこしふるえているように聞こえる。

 振り返った銀髪はあたしたちに気がつくと、

「同胞か」

 と冷たい水色の目を向ける。

「私は懲罰部隊ネメシス所属のブラックスター。お前たちの失態……正体を簡単に明かした懲罰は受けてもらうぞ」

 「懲罰部隊ネメシス」ですって? あたしの顔から血の気が引いた。それもそうだ。この世の理を守るためならなんでもする――あたしたちのリーダー、常闇の長ですら恐れ、泣く子も黙る部隊だ。

 しかもその中でも最凶と言われているブラックスターが目の前にいるのだ。身体になんだか悪寒が走る。

「ちょ……懲罰って……?」

 あたしは震える声で尋ねる。

「それは私が決めることではない」

 ブラックスターはキツい口調で言う。

「ああ。そうそう。ニセの三日月のグリモワールはこちらで回収しておいた。そしてそれらを探し回っていた男女は、こちらでこの世界の記憶と記録を改変しておいた。男は町長、女はこの孤児院を経営している」

 さっきに比べて、やわらかな口調で話す。

「二度とこんな失態を犯すなよ? あんたらの尻拭いはしたくないからな」

 人差し指であたしたちを指すと、

「裁判はこの時間軸で三日後だ。絶対に来い。来なかったらもっとひどい懲罰が来る可能性があるからな」

 ブラックスターは指を鳴らして、その場から消えた。


 呆然としているあたしにジャスは、

「あのブラックスターっていうヤツ、なんとなくウィズに似てたね」

 と頬をかく。

「は? やめてよ。そんなに似てたかしら?」

 あたしはジャスの顔をにらみつける。

「その顔が似てるんだよ」

 ジャスは吹き出す。

「それはそうと。とうとう懲罰部隊に目をつけられてしまったかあ……。裁判か……。イヤだな……」

「ジャスが簡単に口を滑らすからじゃない!」

 あたしはジャスを責める。責めてもどうしようもないけど。

「とりあえず、明日は明日の風が吹く。なんとかなるさ」

 ジャスの軽い口調にあたしは脱力して肩を落とした。

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今日は明日の小話 端音まひろ @lapis_lazuli

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