今日は明日の小話
端音まひろ
小話1
晴れ晴れとした太陽の下、あたしたちはヴァリサイト領アイロンシティで有名なカフェのテラス席にいた。
石造りの町並みはこの街の歴史を感じさせられる。
「ねえ、ジャス? まだ決まらないの?」
「ん……。ちょっと待って。ボクはこのキングパフェの……イチゴにするか、チョコバナナにするかで悩んでいるんだ。ウィズはどっちの方が良い?」
あたしは深くため息をつき、
「どっちでも良いでしょ? さっさと決めて! こんなに明るいのよ。イヤになっちゃうわ」
あたしの双子の兄、ジャスは、あたしの言葉を軽く無視し、
「すみません!」
と、手を挙げ振り返り、ウェイターを呼ぶ。そして、イチゴパフェを頼んだ。
ジャスは満足そうな顔で、冷たいためか結露したコップに入ったお冷やを飲む。
「ね、こうも明るくちゃ、あたし、蒸発しちゃいそうだわ」
あたしは頬杖をつく。
「そうなったら、ウィズ。ボクが探してやるから。大丈夫だ。思う存分蒸発でもなんでもしてくれ」
「それ、本気?」
「八割方、ジョーク」
ジャスは赤と水色のオッドアイであたしをちらりと見ると、パーカーフェイスでお冷やを飲み干す。
なんだ、ジョークか。残りの二割が気になるけど、気にしないでおこう。
ウェイターが件のパフェを持ってきたのだが、想像以上の大きさに見ているだけなのに胸焼けがしてきた。
具体的にどれぐらいでかいかというと、あたしの座高よりも高い。
ジャスはこのパフェを見て、いつにも増して満足そうに、スプーンを持った。
「ドロボー!」
男性の絶叫が聞こえてきた。もちろん声のする方を見る。
結構遠いところで、きゃあ、だの、こらまて、だの声が聞こえる。
どうしよう、あたしになにか出来ることはないかな、とそわそわして立ち上がろうとすると、
「ウィズ、キミはお人好しだから、気になるだろうけど、人間達がやっていることに口を出したら、ダメだ。今度こそ長に怒られる。それに今はこのパフェがあるしさ」
あたしはそう言うジャスの方を見る。ジャスはもうすでにイチゴアイスを頬張っていた。
その次の瞬間、目の前にあるテーブルを薄汚れた何かが飛び越えた。もちろん大きなパフェは音を立てて倒れる。
横切った何かを目で追うと、薄汚いマダラ禿の痩せこけたおっさんの後ろ姿が走っていた。
もう一つの陰があたしの前を通った。ジャスである。
「ちょ……。ニンゲンには関わるなって言ってたじゃない!」
あたしは追いかけて叫ぶ。ジャスは一瞬、
「パフェを倒したやつはボクの敵だ」
と言って振り返った。再び前を見て、ドロボーとやらの後を追う。
そういうことなの? とあたしはずっこけ、ドレスの裾で転びそうになる。
ジャスはそんなあたしを知ってか知らずか、後ろで結んだ黒い三つ編みが宙に浮くほど、風を切るように走る。
あたしも負けじと走る。
「おい、こら。まて!」
ジャスはテノールの響く声で叫ぶ。それで止まったら、だれも苦労はしないわよ、心の中でツッコむ。
「かくなる上は」
そう言ったジャスは二回指を鳴らした。毎度毎度思うことがあって、やつは訳アリでいつも革の手袋をしているんだけど、どうやって指を鳴らしているんだろう。――って、今はそれどころじゃない!
ジャスは一応……ジャスのパフェを倒したけど、いちおう一般人の男性に攻撃を仕掛けようとしている! 止めなければ!
ジャスの手元に黒い霧が出てきて、その中からカタナが現れた。
通称・「世界の裏側」から、ジャス愛用のカタナを呼び寄せたのだ。
鞘を抜くと、空高くジャンピングし、ドロボーの前に立ち降りた。
カタナをドロボーの前に突きつけると、
「どう始末つけようか?」
ジャスは睨む。
泥棒は一瞬ひるんだ。しかし、すぐに振り返り、逆方向へ……つまり、あたしに向かって走ってきた。
逃げようとしたあたしの右のサイドテールを引っ摑み、それから首を摑むと、あたしの後ろに回り、ナイフを突きつけた。
「おい、クソガキ! 連れの白髪の女の子がどうなってもいいんか?」
と叫んだ。
「これは銀髪よ! 白髪じゃない!」
あたしは反論する。
「それに、キタナイ手であたしに触らないで!」
あたしは必死にドロボーからもがいて離れようとする。しかし、ドロボーの力は権限のない今のあたしでは到底かなわない。
ドロボーはあたしを抱えながら、カフェのあった大通りから、細い住宅街の路地へと入っていった。
「息もクサイわ! ねえ、離して!」
そう言っても離れてくれないのは、百も承知だけど、とりあえず叫ぶ。
しばらく走っていると、突然、ドロボーは立ち止まった。
この街ではごくごく普通の石造りでできた民家が目の前にはある。ドロボーは、扉を下品にノックすると、
「ボス! 例のモノ、手に入りました! ついでに良い物も手に入りました!」
とドアに口元を近づけて、話す。
「ちょっと、良い物って……あたしのこと? ふざけるのも大概にしてよ?」
あたしは不満を垂れ流す。
「お前、そんな余裕かましていいんか?」
ドロボーはイヤな笑みを作る。
家の扉が開いた。中は外のシンプルな外観と違って、真っ赤な絨毯、シャンデリア、ガラスでできたテーブル、
白い革張りのソファ、高そうな金縁の皿や花瓶など調度品、
同じく高そうなお酒……なんのお酒かは分からないけど……の瓶……などなど、
審美眼がないあたしには、どう表現したらいいか分からないが、まあとにかく、絢爛豪華な品々が並んでいる。
奥からでっぷりと太ったダークスーツのスキンヘッド男が現れた。
その後ろから、グラサンをかけた同じような黒いスーツの厳つい風貌の男が三人出てきた。
ドロボーはあたしから離れると、トンと背中を押す。
あたしは振り返って逃げようとしたけど、一人のグラサン男がドアとカギを閉めた。もちろん、逃げられない。
ジャスが助けに来ないと言うことは、これはあたし一人で解決……というか始末しろってことか、とため息をつく。
面倒だけど、やるしかないか。
「おい。なに一人でため息ついてんんだ。これから、お前、酷い目に遭うんだぞ? お前の連れのガチャ目を恨むんだな」
ドロボーはニヤニヤ笑う。
「こんなこと、酷い目に遭っているうちには入らないわよ。あいつを恨みはするけど」
あたしはそう静かに言うと、一回深呼吸をして、
「これから酷い目に遭うのは、そっちだからね?」
そう言って、指を三回鳴らした。
「なに言ってやがる!」
男達はドッと爆笑する。
しかし、次の瞬間、男達の顔は真っ青になっていた。
そりゃそうだ。あたり一面火の海なのだから。ある魔法上のギミックがあるから、
それがバレたら、もっと酷い目に遭うかもしれないけど、あたしの今ある権限ではこれしかない。
「こいつ、魔導使いか!」
「なんつーやつを連れてきた!」 とぎゃあぎゃあ騒いでいる。ある男は自分の背広で火を消そうとして、ある男はソファに置いてあるクッションで消そうとしていた。
しかし、この現象の媒体であるあたしがやめないか、倒さない限り、この炎は消えない。
禿のボスは、
「呪文の詠唱なしでここまでの力を出すって……。お前、一体何者だ?」
やけに落ち着いた様子であたしを睨み付ける。
「あんたに名乗る名前なんてないわ。言うとしたら、あたしは、あんたらニンゲンで言うところの『常闇の人々』よ」
ときつい口調で言ってみた。
ボスはますます顔面蒼白になった。
「あら、その様子じゃあ、あたしたちのこと、知ってた? なら話が早いわ。あたしに手を出したって事は、それなりにそれなりの償いをしてもらうことになるのも分かっているわよね?」
あたしはそう脅しをかけると、指を四回鳴らし、炎を消した。
男達は戸惑いの表情を作っている。そりゃ、そうよね。
なにひとつ燃えていないのだから。
ボスの禿はドロボーの胸ぐらを摑むと、
「てめえ、なんて言うことをしてくれたんだ!」
と叫んだ。それから、腕を緩ませると、あたしの方を見て、
「お前、本当に『常闇族』の嬢ちゃんなんだよな?」
とさっきとは打って変わって、穏やかな薄い茶色の目であたしを見る。
「そんなことでウソついてもどうしようもないわ」
あたしは、不機嫌に言う。
グラサン男の一人が、
「ボス、そのトコヤミノヒトビト、とはなんですか?」
と禿ボスに尋ねる。ボスは。深く目を瞑ると、
「この世界を作った世界の裏側に住まう神サマさ」
と昔話を子供に聞かせるように話す。
「神じゃあないけどね。神は神でまた存在しているし」
一応そこは訂正しておく。かなり重要な事柄だしね。
「そんなおとぎ話、いくらボスでも信じませんよ!」
別のグラサン男が叫ぶ。
あたしは、あんたが信じなくても、事実あたしたちはそうなのよ、と反論しようとした。
しかし、次の瞬間。空間がぐわりと横に動いた。あたしはめまいが起きたのかな、と思った。
でも周りを見るとそうではないらしい。
っていうのも、禿ボスもドロボーも屈強なグラサン三人組もみんな止まっていたからだ。
あたしはあわてて壁に掛かっていた時計を見る。
時計は止まっていた。
あーこりゃ、時間が止まってら。また、ホラ姉か。
あたしは頭を掻いていると、扉からノックの音がしてきた。
「ウィズ、そこにいる?」
ジャスの声がする。
「遅いわよ、ジャス!」
あたしは扉のカギを開けようとした。一向に開かない。なんでだろ、と一瞬悩む。
そういえば、今は時間が止まっている。開きようがない。
「ホラリーったら、闇雲に時間なんて止めるから! どしよ?」
あたしの言葉に、ジャスは、
「こっちに時間を一時的に動かす権限をもらっているから、ちょっと待って」
あいつったら、この権限をもらうために手間取ってたのね。ホラリーまで巻き込んじゃったなんて。ちょっとなんだか恥ずかしい。
ドアが軽快な金属音と共に開いた。
右は赤、左はあたしと同じ水色の瞳に椿黒の髪で女顔の少年、ジャスが立っていた。
「こんなチンケな場所から帰ろう。こっちまで貧相になる」
ジャスのなかなかの暴言に、あたしは、
「もちろんよ。身体も清めたいわ。あんな気持ち悪いやつに触られて、気持ちが悪くって」
あたしたちは外へ出た。ジャスは指を鳴らす。
空に手を振っている女性の姿が映る。金髪をポニーテールにしたうらやましいほどのグラマーな美女である。
「うまくやったの?」
力強いメゾソプラノが響く。
「はい、なんとか。ホラ姉、時間を動かしてくれませんか?」
ジャスはあたしたちの仲間で、時間の番人たるホラ姉……ことホラリーにバカ丁寧にお願いする。
「ホラ姉、いうな」
一瞬ムスッとした表情を作るが、ホラリー姉さんはすぐ、
「おうさー。了解、了解。あんたらも今のうちに移動しなさいよ。ほら、最近取得したでしょ、テレポーテーション。あれ、使ってみなさいよ」
あたしはホラ姉の提案に血の気が引いた。
「あ……あたし、あれ、苦手……」
「何故? ウィズったらジャスと一緒に、ベストワンで権限取得したじゃないの」
ホラリーの質問に、
「ウィズは酔うんですよ。ベストワンの成績で飛べても、その後、こいつ、十分間ぐらいは動けないんです」
ホラリーは、
「あーそういう。今は時間軸と空間軸の位置しか評価を見ないから、その後はどうでもいいのかあ。それもどうかと思うわよね」
と鼻で笑う。
「ま、何事も実戦よ、実戦。頑張って!」
ホラ姉は手を振って、そのままフィードアウトした。
ジャスは、
「パフェの食べ治しをしたいから、さっきのカフェまで飛ぼう。今なら時間軸は考えなくていいから、そんなに酔わないと思うよ」
と言って、指を鳴らして、先にテレポーテーションした。
あたしもジャスの言葉を信じて、指を鳴らして、カフェの位置まで飛んだ。
でも、結局、酔った。
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