第37話

「綾乃は何者かに利用された可能性があります」

 父親と兄の待つ高級病院に戻った茜はそう言った。

「どういうことだ?」

 父親が鋭く問う。

「綾乃の反応には例の実験の被験者と同様のものが見られました」

「まさか、悪用されたというのか?」

 兄の大河内が動揺を見せる。

「我々がやっていることが悪用ではないと強弁するのも無理があると思いますわよ。お兄様」

「ナノマシンを用いた思想誘導…」

「やはり綾乃を家から出したのは間違いでしたね」

 茜は椅子を勧められるのを待たずに開いている椅子に座った。

「今更詮無きことだ」

「救出するつもりはないと?」

「我々にはやらねばならないことがある」

 無表情にそう言った父親の顔を、茜は直視できなかった。

「我々は経済危機を避けるために作られた存在です。決してその思想まで委ねるために作ったわけではありません」

顔を伏せてそういう茜に対し、彼女の父親も兄も、何もしなかった。

 もし、このとき、茜を納得させることができていたら、のちの歴史は大きく変わっていただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る