第36話

茜が駆けつけた時、綾乃は拘束されながらも気持ちよさそうに眠っていた。

「起こしますか?」

 警務官が興味なさそうに尋ねた。茜がいるのは監視カメラの情報が集約されているセキュリティセンターである。

「いいえ、起きるのを待つわ。入れて頂戴」

「了解しました」

 警務官がセキュリティコードを打ち込むと扉が解放中であることを示す警告灯がつき音もなく厚い扉が開いた。

 ゆっくりと綾乃に歩み寄りながら、茜は迷っていた。

 なんと声をかければよいのだろう。

 綾乃は茜にとって大切な妹であり、同時に今や父親と兄を殺そうとした人物でもある。

 そう考えて茜は激しく首を振った。

「そうよ、まだ片方からしか話を聞けていないのだから先入観で判断してはダメ」

 茜は、父親と兄に、茜がなぜ自分たちを襲ったかを確認するように依頼を受けていた。

 襲撃を受けた当人たちにすら、綾乃が襲撃当時語った内容は理解のできないものであったらしい。

 しかし、詳しい話を聞いた茜は、その時の綾乃の言葉を突飛なものとは思わなかった。確かに飛躍はしているが、茜も同じ疑念を抱いたことがあったかである。

「お願い」

 茜は希望的観測を持ちえない状況の中でなお信じていない神に願いを乞うた。

 茜は厳重に拘束された妹の前で跪いた。

 何か宗教的な儀式にも見えるそれは、決して祈りをささげていたわけではなく、単に刑務官が気を効かせて椅子を用意してくれなかったからである。あるいはそういう規則なのかもしれない。

 どのくらい時間がたったであろうか。室内には時計も窓も存在しないので時間の経過を感じることができない。

 茜は言い知れない不安の中で、不安から解放されることのかなわない妹を哀れに思った。

「姉さん?」

「おはよう、綾乃」

 綾乃は椅子から立ち上がろうとして、初めて自分が拘束されていると気づいたような驚きを見せた。

「姉さん。これは何のいたずら?」

「あなた、もしかして覚えていないの?」

「何を?」

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