第34話

 その日の夜。首都郊外の別荘地で、会談が持たれていた。

 その会談は、経済界の重鎮同士のものとは思えない和やかなものであったが、それも当たり前のことであった。

 なぜならこの会談は、西園寺家当主である西園寺昭雄とその長男でありながら大河内家に養子にだされた大河内宗雄によるものであったのだから。

「実は困ったことが起きまして」

 そう切り出したのは息子の大河内のほうであった。

「なんだ?」

「例の黒仮面による報復声明はご存知とは思いますが、あの声明は我々に向けられたものである可能性が極めて高い」

「それは、困ったな」

 西園寺は大して困っていなそうな口ぶりでそう言った。

「ええ、ですが用心に越したことはありません。例の計画の進捗を聞かせてもらいたいのですが」

「ナノマシンは試作品を散布する段階にまで進んだ。しかし薬物との相乗効果がないと使い物にならない。さらなる改良を急がしている」

「私のほうからも担当企業への追加出資を手配しましょう」

「助かる。仮面を通じた技術のほうはすでに完成の域に達していて軍への供給を開始した。近衛連隊から順番に配備を進めるそうだ」

「予想よりも計画が進んでいるようで安心しました」

「私も真相を知ることができてうれしいです」

 その声は出入り口近くからした。

「誰だ!」

 西園寺が鋭く誰何するものの、二人には侵入者の声に聞き覚えがあった。

「綾乃、久しぶりだね。何をしに来たんだい?」

 警戒感をにじませながらも身内として接そうとする大河内に綾乃は冷たい目を向ける。

「なんてことをしていたんですか!人々を苦しめてそんなに楽しいんですか?」 

「何を言っているんだ?」

 綾乃の腰に大型の拳銃ホルスターを認めた西園寺の声は震えていた。

「どうか全てから手を引いてください」

「我々は世界の調和のために働いているのだ。お前の世代には分からないかもしれないが、世界が混沌に飲まれることを未然に防ぐことは我々の使命なのだ」

 大河内が説得を行う。

「今苦しんでいる人を放置して何が調和ですか!」

 綾乃の手は腰のホルスターに伸びていた。

 暴発を防ぐために大河内がとびかかる。

 そして不幸にも綾乃は接近してくる敵を無力化する訓練を十分に受けていた。


 銃声が響き。

 部屋は静まり返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る