第32話

 命令書が出たのは早かった。

 命令の内容は全捜査の中止。

 慌てた課長からの問い合わせに応じたり、不機嫌な部下をなだめるといった仕事をこなしたのちは何もすることがなくなった。

 国家公安委員会は抜け目ないことに間を置かずにすべての操作用端末をロックした。

 捜査は中止になっても公務員である以上職場にはいなくてはいけない。そのことが職員のストレスを高めていた。


「そんな状況でよく休暇がとれたね」

 綾乃は琢の個人用研究所を訪れていた。秩序だって散らかった部屋の中で座る場所を慎重に見極めながら綾乃は答える。

「こんな状況で有休を消化しないと消化目標達せないのよ。いつもなら有休をとって出勤するらしいけど、出勤してもやることがないからね」

「それで僕のところに来たわけか。確かに僕の持ってる機材はロックされないからね」

 琢は悪い笑みを浮かべた。

「そういうことなの。雑談ということにして色々聞かせて」

「まあ、一度協力するといった手前ある程度のことは調べてるよ。広域課に行くことがなくて言うチャンスがなかったけど」

「教えて」

「知っての通り僕の専門は代理人マスクだ。より正確には、より高性能な代理人マスクを開発すること。

 そして例の黒い代理人マスクは目から入力したデータを常時発信し続けていた」

「何かしらの信号を発信していることには気づいていたわ。でも機材がロックされて暗号が解読できなくなってるの」

「だろうね。僕のほうでも暗号が解読できたのはついさっきだ」

 綾乃は身を乗り出した。わざわざ休みを取って琢の研究所に来てよかった。

「それで?」

「基本的に映っているのは現地警察が設置していた監視システムと同じ映像。しかしいくつかには興味深いものも映っていた。

 襲撃を行った第三勢力の人間のデータだね」

「黒仮面の組織は第3勢力の特定ができるというの?」

「おそらくね。だから警察が報復の第一目標になることはないと思う」

 綾乃は安堵のため息をついた。

「それで、第3勢力の正体は?」

「その前に、少し歴史の講義をしようか」

 綾乃が頬を少し膨らませたのを見て琢が少し笑う。

「時間はあるんだろ。

 キャピタルがいかにして誕生したか。その物語だ」

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