第31話

 必要以上に高い天井に、これまた必要以上に大きな扉。

 綾乃がやってきたのは国家公安委員会委員長執務室であった。

「広域特殊犯罪対策課3係長西園寺です。課長代理としてまりました」

「入れ」

 室内からした声は、女性のものに思えた。

 国家公安委員長は白髭を蓄えた男性と聞いていたので拍子抜けしながら扉を開けると、そこには官報で見た通りの白髭の委員長ともう一人、鋭い目つきの女性が立っていた。歳のほどは40歳後半といったところである。

「報告します。広域特殊犯罪対策課は捜査中の犯罪組織からのメッセージを受信しました」

「報復するというやつか?」

「はい」

 どうやら国家公安委員会にも同様の声明が送られているらしいと綾乃はあたりをつけて先を続けようとした。

「報復対象はあなたたちですか?」

 報告の続きはデスクのわきに立っていた女性の声に遮られた。

「我々ではないと考えています」

「できればその根拠を聞きたいのだけど」

 その後綾乃はずいぶんと精神をすり減らしながら、時折挟まれる質問に答えつつ先の検挙作戦から声明に至る経緯を説明した。

「聞く限りだと、例の組織が我々警察を敵視していないと考えることはできない気がするのだけど?」

 綾乃は「当り前ではないか」という言葉をギリギリで飲み込んだ。綾乃たちは警察であり、声明を出したのは犯罪者なのだ。犯罪者が警察を敵視するのは地球が太陽の周りをまわっているというようなものである。

「我々はこのような脅しには屈しません。必ずや検挙します」

「それを決めるのはあなたではありません」

 今まで唯一椅子に腰かけている国家公安委員長は一言も言葉を発していなかった。

「あなた方には検挙に失敗したという前科があります。ことは警察全体に関わることです。広域特殊犯罪対策課には全捜査の凍結を命じます」

 綾乃は「前科」という言葉にムッとした。民間人が比喩として使うならまだしも警察関係者が不用意に用いていい言葉ではない。

「お言葉ですが犯罪者に屈するというのは」

「口答えは許しません。安全がすべてに優先します。よろしいですね、委員長」

「それで構わないよ」

 それが綾乃が室内に入ってから初めて聞いた委員長の声だった。思っていたよりも弱弱しい声であった。

「下がりなさい。追って正式な命令書を送る」

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