第30話

「おい、あれを見ろよ」

 先ほどまで整然としていたオフィスがざわめく。

 誰ともなくスクリーンにニュースネットが映され、アナウンサーが動揺を含んだ声でニュースを読み上げていた。

『先ほど、中央議会本会議で代理人法の改正案が賛成多数で可決されました。この法改正により一個人当たりの代理人契約の数に制限がなくなり、政府の代理人政策も大きな転換を迫られます』

 綾乃は、このニュースでオフィスが騒然となった理由を理解した。

 代理人政策の転換は彼ら彼女らにとって決して他人事ではないのである。

「議員立法だからさすがに通らないと思ってたんだけどな」

「私はこんな法律が審議されていたことも知りませんでした」

 天野の独白に綾乃が応じる。

「そりゃあ、政府も御用メディアも代理人制度に関しては触れたがらないからな。でもこれは厄介なことになったぞ」

「何がですか?」

「例の黒仮面の元締めを逮捕する理由を考え直さなければならない」

「殺人犯を逮捕するのに理由が必要なんですか?」

 天野は呆れたようだった。

「お嬢ちゃん、殺人犯は仮面で操られていた男だ。我々はその男を操っていた人間がいると踏んでいるが、裁判所に対して操っていたことを実証するのは困難だ。殺人教唆の線もありだが、希望的観測だろう」

「なるほど、それで代理人契約の一個人一契約の原則で逮捕拘束しようということですね?」

「そう、そうやって拘束すれば証拠隠滅を恐れずに捜査を進められる。しかし、この改正法でそれも困難になった」

 ぼんやりと考え込む綾乃に対して天野が追い打ちをかけた。

「お嬢ちゃん、国家公安員会にこの件に関するお伺いを立ててこい」

「何でですか?それって課長の仕事ですよね?」

「課長は出張中だ。2係長の朝霞は仮眠中。課内序列3位の3係長であるお嬢ちゃんが行くのが当然だろう」

「そんな~」

 綾乃は周りを見渡すが、綾乃の見方はいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る