第29話

「天野さん、考え中ですか?」

 激務の中にも、ふと業務が途絶える瞬間がある。そのようなときに同じように暇そうにしている同僚というものは貴重なものである。

 そういうわけで綾乃は天野に声をかけていた。

「いや、別に。少しプラットフォームを見てた」

 天野は自分の目の前で軽く手を振って綾乃のほうを向いた。

「プラットフォーム?ってそれより今のマスクを通じて見てたんですか?」

「まあな、俺のオーナーは寛容というか無関心というか、こういう改造は好きにやらせてもたってる」

「少し試させていただいてもよろしいですか?」

 綾乃が好奇心で尋ねる。意識はしていなかったが手が無意識に前に出ていた。

「いいわけないだろ!」

 天野が慌てて後ずさりする。

「規則で外せないことになってるのは知ってるだろ」

「すみません。じゃあ、プラットフォームって何ですか?」

 綾乃は話題を変えるために言ったが、天野は首を軽く傾げた。

「研修で習わなかったか?でも配属してから忙しかったからな」

 一人で納得するように頷くと解説を始めた。

「情報共有プラットフォームだ。機密レベルに応じて各部署で明らかになった情報を一元的に管理して閲覧できる。事件によっては役に立つから使えるようになったほうがいいぞ」

 そう言いながら天野は綾乃のために端末を操作して、プラットフォームの画面を出した。

「本当にすべての部署の情報が載ってるんですね、これもしかして国内すべての監視カメラの情報にアクセスできるんですか?」

「機密レベルは高いができるな」

「今度から使ってみます。それで、天野さんはどのページを見てたんですか?」

 天野は検索条件の欄にいくつかのキーワードを打ち込んだ。結果はすぐに出た。

「鑑識7課ですか。たしか違法薬物の専門部署ですね」

 天野が出したのは一編の論文であった。執筆者の所属は公安警察省刑事局鑑識7課とあった。

「いろいろ実験データが並んでいるが結論は単純だ。ここ最近違法薬物の組成に変化があったそうだ」

「組成に変化ってことは調達ルート、または工場の変化。うまくすれば大規模ルートを摘発できますね」

 綾乃の見立てに天野は頷いだ。

「さすが優秀だな。そういう見立てもできる。しかし、この組成の変化はほぼすべての薬物にわたっているうえに共通の変化があることは分かっても、具体的にどのような変化なのかが分からないらしい」

「そんなことってあるんですか?」

「事実起きている。論文では今後の課題としているが、少し気になる」

「なにがですか?」

「覚えているだろう?例の黒仮面に操られていた奴らからは全員から薬物反応があった。考えすぎかもしれないが、時期も一致している」

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