第25話
綾乃が帰宅した時間は、いつもならとっくに寝静まっている時間であった。
家族や使用人の個室はそれぞれ離れており、防音性も優れているので本来なら気を使う必要などないのだが綾乃はできるだけ物音を立てないようにそっと自分の部屋まで行った。
自分の部屋の前まで来たとき、綾乃は物音を立てなかった自分の判断が正しかったことを悟った。
「何してるの?姉さん」
部屋の前には姉の茜が座り込んでいた。
「愛しの妹に会いに来たのよ。何してたのこんなに夜更けまで。お姉ちゃんは綾乃をこんな不良娘に育てた覚えはありませんよ」
「不良娘って、仕事が長引いただけだよ」
そういいながら綾乃は部屋を開けて姉を招き入れた。
「それにしても昨日の今日でよく部屋まで来ようと思ったね」
「妹の愛に理由なんていらないわ」
綾乃は姉のいつものおふざけに適当な相槌を打ちつつ紅茶を2人分淹れた。
「どうぞ」
「ありがとう。これは、セカンドフラッシュね。夜にカフェインは感心しないけどいいチョイスよ」
「ご忠告どうも」
「忠告ついでにもう一つ忠告するわ。代理人を置きなさい」
綾乃は茜を睨みつけた。
見つめ返してくる茜の眼は真剣そのものであった。
「それが本題?」
「そうね、そうかもしれない。でも愛しの妹に会いたかったのも本心よ」
茜のラブコールを紅茶を口に含んで無視した綾乃は、話を戻した。
「それで、なんで代理人を置けなんて言うの?理由くらい聞くわ」
「危険だからよ。特にあなたがいる部署は」
「私の部署を知っているの?」
綾乃の本心は『どうせ知っているだろう』であった。口調も自然と挑発するようなものになる。
茜は言ってもよいものかしばらく逡巡したものの、大きく息を吐いて。
「公安警察省、国家公安委員会直轄広域特殊犯罪対策課、捜査3係係長」
綾乃は僅かに目を見開いた。知っているであろうとは思っていたが、ここまで係まで知られているとは思っていなかったのである。
しかし、茜が続けた言葉に比べればそのくらいなんでもないことであった。
「悪名高い部署よ」
「どういうこと?」
綾乃は警察に関しては詳しいほうであると自認していたが、広域特殊犯罪対策課の悪名など聞いたことがなかった。
「広域特殊犯罪対策課は国家公安委員会がキャピタルを支配するために作った組織よ」
茜が語った内容は、綾乃には到底受け入れられない内容であった。
曰く、基幹システムは西園寺家が納入したもののメンテナンスは受注していない。そして基幹システムはすでに稼働しておらずターゲットの指定は国家公安委員会が直接行っているのではないかと。
国家公安委員会は自らと敵対するキャピタルの犯罪行為をでっちあげ広域特殊犯罪対策課に取り締まらせていると。
「たしかに、広域特殊犯罪対策課は警察の中で唯一キャピタルを取り締まる権限が与えられた部署よ。でもそれは一般の警察がキャピタルを取り締まれないことが問題なのであって広域特殊犯罪対策課が悪いわけではないわ」
「落ち着きなさい、綾乃。あなたは職業というかりそめの社会的立場に縛られた思考をしているの。また明日来るわ。考えておきなさい」
茜はそういうと、部屋から出て行った。綾乃の淹れた紅茶にはまったく口がつけられていなかった。
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