第18話

 その日の西園寺家の夕食は珍しく一家団欒のものとなった。普段は同じ屋敷に住みながらそれぞれの部屋で半ば独立した生活をしており、それぞれの部屋で夕食を食べるのがふつうであった。

 しかし、この日は綾乃が父親に会食を申し出て、妹がいるならばと母と姉も出てきたというわけだ。

「お母様はともかく、茜姉さまは呼んでいないのですが」

「つれないな~綾乃ちゃんは。別にいいじゃん、減るものじゃあるまいし」

「私の神経はすり減ります」

 会食を行うことを告げていなかったのに姉がやってきた件については密告者が誰なのか大方わかっていたので綾乃はそう言いながら鋭い視線を母親に向けた。

「いいでしょ?家族団らんは良いことよ」

 その母親はといえば開き直っている。昔から姉と母親は仲が良く、あまり言うことを聞かなかった綾乃は冷遇とまではいかずとも差を感じることが多かった。その差は綾乃が親の反対を押し切って警察に入って茜が親の言う通り家業を手伝い始めたことで決定的になっていた。

 実をいうと西園寺家にはもう一人いる。綾乃と茜の兄にあたる人物で、正彦という。正彦は父親が政治に転身する前まで行っていた軍事や警察専用のAIに関する家業を継いでおり、忙しく働いている。

「それで、何か話があるのか?」

 そんな中でも父親は家族団欒に浮かれることなく、綾乃が会食を求めた理由を察していた。

「専用通信周波数の軍用通信システムのことなんだけど」

 綾乃は先を続けることができなかった。

 家族の空気がそれを許さなかった。

 家族の空気といっても先ほどまでの緩んだ空気とは別の、何かに恐れを抱くような空気。

「綾乃、なぜそれを知っている」

「何って?」

「とぼけるな、軍の次世代通信システムのことだ」

 とぼけるなも何も、綾乃は実際何も知らないのだからとぼけようがない。

 しかし、中途半端な弁明で済みそうにはなかったのですべてを説明することにした。

 配属初日の戦闘のことから日本全体で起きている謎のマスクの事件。そのマスクに軍用周波数の通信にハッキング可能と思われる機能がついていたこと。

 配属初日の話をしているときに姉が不機嫌な顔を見せたが無視をした。

「なるほど。そのようなことがあったのか」

 父親は神妙にうなずいていた。

「お父様、こちらは知っていることを話しました。先ほど言っていた次世代通信システムについてお聞かせ願えないでしょうか?」

「お前は警察の人間だ。知らせるわけにはいかない」

 母親と姉は食事に集中するふりをして視線を合わせようとしない。

 綾乃は理解した。父親が国防大臣になったのは、その次世代通信システムとやらを西園寺家が支配している企業から導入するためなのだと。そしてこの場でその件に関わっていないのは自分だけ。

 綾乃は急に居心地の悪さを感じた。無理もないことである。

「では、私は失礼します」

 家族に対してはやや他人行儀が過ぎる礼儀正しさで一礼した綾乃はゆっくりと退出した。

 いつもであれば部屋までついてくる姉も、今日ばかりは追いかけてこなかった。

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