第11話

 通されたのは会議室ではなく応接間であった。装飾も窓もなく、家具も簡素なソファーとローテーブルがあるのみであったが、確かにそこは応接間と呼べるものであった。

 飲み物を受け取って待っていると、「開発部長代行が参りました」と声がかかった。

 そして応接間に入ってきたのは。

「琢?」

「久しぶり、じゃないね。昨日会ったか。綾乃ちゃん」

「その呼び方はやめてよ、普段通りにして」

 からかった琢につられて綾乃もプライベートの口調になってしまっていた。

 琢についてきていた女性、おそらくは秘書が一礼して部屋から出たとき、綾乃は顔を真っ赤にしてソファーにうずくまっていた。

「僕も驚いたよ、綾乃が警察官僚になっていたなんて。でも、昔から憧れてたよね」

「こっちのほうが驚いたわよ、なんでこんなに若いのに開発部長の代行なんてやってるのよ」

「才能だけを見るのが民間企業のいいところさ。開発部長は予算やら人事やらの雑用で忙しいから実質的な開発を行っているのは代行だ。つまり僕だ」

「すごいんだね」

「それはそうと、今日はどんな用事で来たんだ?まさか僕の顔を見に来たなんてことはないだろ」

 琢は身を乗り出しながら気持ち声を落として聞いてきた。

「心配しなくてもいい、ここはあらゆる電子機器の接続を遮断する加工が施された機密保持用の部屋だ」

「そこまでする必要はないと思うけど、このマスクについて教えてほしいの」

 綾乃は用意してきた問題のマスクに関するデータを琢に渡した。

「マスク?なるほど、たしかにうちで開発したマスクをもとに作ってはある。しかし、このギミックはなんだ? 驚いたな、人体のコントロールを行えるのか」

「琢のところでは開発してないの?」

 綾乃が訊いたことがよほど面白かったのか、琢はしばらく笑っていた。

「開発するわけないだろ。うちは民間企業だ。売れないものは作らない。そしてどう考えても政府の認可が得られないようなものは売れないから作らないよ」

「それも、そうよね」

 綾乃は自分の世間知らずな言動を恥じ入るよりも知り合いから非人道的なマスクの開発に携わっていないという証言を得られたことのほうが嬉しくて笑顔を見せた。

「じゃあ、このマスクを見て専門家としてはどう思う?」

「そうだな、まず開発部長代行としてはコストを度外視しすぎな気がするな。もっとも試したことはないが人を操るなんて機能が安価に実装できるとは思えない。それに、この加工跡は…、量産しているのか」

「量産……]

 綾乃も人を操るマスクが量産されている可能性を見ていなかったわけではなかったが、改めて専門家に指摘されると背筋に冷たいものを感じた。

「このマスクを悪用した犯罪が起きているのかい?」

 綾乃は少し考えて、話しても問題はないと判断した。

「まだ1件しか起きてないけど。もしこのマスクが量産されているとすれば今後も起きるのかもしれない」

 そして、その後の琢の要求に綾乃はこの日で最も動揺した。

「僕を捜査に加えてよ」

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