第9話
就職して初めての休日が終わり、勤務日がやってきて。
綾乃は早めに家を出て、早めに公安警察省本部に到着する。
高度セキュリティエリア直通エレベータを71階で降りれば職場に到着する。
そして綾乃が公安警察省広域特殊犯罪対策課捜査部門のオフィスに入ったとき、そのには先客がいた。
「おはようございます。天野さん、青木さん」
オフィスで何やら話していたらしい天野と和也は片手をあげて綾乃に返礼をした。
「青木さん、もう足は大丈夫なんですか?」
和也は2日前の出動時に犯人の罠に巻き込まれて足に重傷を負ったと綾乃は報告を受けていた。しかし見たところ和也は病人には見えない。
「見ての通り義足だよ。昨日は1日中手術と調整をしてた。実はついさっきまで公安警察省の付属病院で調整をしてたんだ」
和也が椅子に座ったまま両足の義足を見えやすいように持ち上げて見せる。
隣で天野が「そうでもなければこいつがこんな朝早くに来るはずがない」とつぶやいていた。
「えっと…」
言い淀む綾乃に和也が不審げな目を向ける。天野は興味がなさそうだ。
「このあとどうなるのでしょうか?」
「どうなるって?」
「だって、亜鞍馬係長も亡くなって、1係や介入班の皆さんも亡くなって」
神妙そうな顔でそう述べた綾乃に対して和也が笑い飛ばす。
「そんなの俺たちが気にすることじゃないでしょ。それは課長の仕事さ」
「その通り」
その声のした方向に3人が顔を向けると、そこには村井課長の代理人がいた。
「定員を大きく割り込んだ広域特殊犯罪対策課の再編成は私、正確には私のオーナーの職責において行われます」
マスク越しにくぐもった声が4人しかいないオフィスに響いた。
「正式には始業時に各自に送信する予定だが、せっかく早起きをした君たちだ。少しくらい早めに情報にアクセスするくらいしても罰は当たらないだろう」
綾乃、天野、和也の3人はなんだかんだ言って今後の課がどうなるかを気にしていたので、課長の代理人の気が変わらないように口をつぐんで続きを待った。
続いて聞こえてきたのは、聞きなれない声だった。課長から聞こえているように聞こえるが、課長の代理人の声より高めの声、若い声に聞こえた。
その声は、マイクのテストをしたのちに「ではこれから課の方針を伝えます」と述べた。
「驚いた、課長本人が出てくるとは」
天野がマスク越しでもわかる驚愕を示している。
「先の事件に対し、国家公安委員会は深刻な懸念を示し、広域特殊犯罪対策課は有事体制に移行するように要請を受けました。
本来であれば操作係を平時体制の3係から5係に増やし、装備を充実させる必要があるのですが、我々は先日深刻な人的喪失を受けました。
そして現在、即座に任務に就ける訓練中の代理人は2人のみです。
よって、当面は壊滅した1係と介入班を2係と3係に分けて配属し1個係あたりの能力強化で対応します」
綾乃は周囲を見渡して表情をうかがったが、課長の代理人と天野はマスクのせいで表情や感情をうかがうことができなかった。唯一表情を見ることができた和也は難しい顔をしている。
「詳しい配属は添付したテキストファイルをご覧ください。
有事体制への移行に伴い、展開中の捜査員には令状の任意発行権が発生します。」
短い沈黙の後、課長の代理人が「以上です」といったことで時間が動き始めた。
「有事体制の移行か」
天野がつぶやく。
「有事体制の移行ってどんな感じになるんですか?」
「さあ、俺たちも経験したことがないからね。忙しくなるんじゃないの?」
他人事のように言った天野はオフィスから出て行った。
始業後、先ほどの課長のメッセージが再び再生されて、詳しい配属が記されたテキストファイルが公開された。それによると綾乃の3係は介入班から4人と和也、そして亜鞍馬が新たに配属されていた。
「なんで…?」
さすがに「死んだはずの亜鞍馬さんが」とは続けなかったが、表情を見れば考えていることは明らかであっただろう。
そしてタイミングよく入ってきた人物がいた。
「すいません、セキュリティで手間取りまして。亜鞍馬さんの代理人です。よろしくお願いします」
そういってお辞儀をした人物のマスクは確かに、死んだ亜鞍馬係長がつけていたものであった。
「亜鞍馬君、ちょっといいかな?」
課長が呼び止める。
「昨日の事件で爆発物の処理を怠ったことを懲罰委員会は深刻に受け止めたうえで、亜鞍馬警部を降格処分とする。処分に基づいて亜鞍馬警部の係長としての任を解き、3係に編入することを命ずる」
「受領いたします」
二人のやり取りは、二人が鮮やかな配色のマスクをしていることと相まって、綾乃には茶番にしか見えなかった。
「亜鞍馬は死んだのに何でいるのか、って考えてるだろ」
急に背後から声をかけられたのでびっくりしてしまったが、振り返ってみれば先ほど部屋から出て行ったきりだった天野であった。振り返っていきなり仮面の人物がいるのは正直心臓に悪い。
「いえ、そんなことは…」
綾乃は反射的に否定をしたが、その言い方は本心を雄弁に物語っていた。
「別にこの部署がことさら異常なわけじゃない。代理人が死んだら別の代理人がやってくる。考えてみれば当然のことじゃねえか」
言葉に反して、天野はその事実を当然のこととは考えていないのではないか、と綾乃は漠然と思った。
「私は、おかしいと思います。警察に、課の仕事に奉職した人が死んだんです。それなりのことがあってしかるべきだと思います」
「それは、弔うべきだってか?」
「はい」
「それは、安っぽいヒロイズムだ。自己満足にすぎない。これから先、生きていくつもりがあるなら捨てたほうがいい」
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