第8話

綾乃がこの日に訪れたのは隣の家の男の子の部屋だった。その男の子は名前を梓琢といった。男の子といっても綾乃と同い年である。

 いわゆる幼馴染である。

 昔から機械をいじるのが好きで、訪れた部屋にも綾乃にはガラクタにしか見えない、琢にとっての宝物がたくさんあった。

「今は何を作ってるの?」

「大したものじゃないよ。前世紀に流行ったガジェットの改良。暇つぶしさ」

 琢は実際つまらなそうにそういった。

「前世紀のガジェットなんてよく持ってたわね」

 綾乃は適当にモノが置いていない机を見繕って腰を下ろした。彼女の屋敷で同じことをしたらこっぴどく叱られる。

「そんなことはないさ!全盛期のガジェットを馬鹿にしてはいけないよ。当時のガジェットを現代のソフトウェアを使って改良したらびっくりするようなパフォーマンスをすることだって多いんだ」

 どうやら綾乃は琢のスイッチを押してしまったらしい。長い付き合いだがいまだにどこにスイッチがあるのかが分からない。

「どんなガジェットなの?」

 昔は琢の話にうんざりすることも多かった綾乃であったが、今は琢の小難しい話を聞くのも悪くないと思った。

 そのような綾乃の思惑を知ってか知らずか琢は嬉しそうに話し続ける。

「このゴーグルなんだけどな、かぶってこらん」

「え?なにこれ、私浮いてるの?」

「昔はやった仮想現実用ゴーグルだ。コンテンツが少ないのと、実用目的だと補助拡張現実の投影機のほうが便利なので廃れていたけど視界に表示できる情報量では仮想現実用ゴーグルのほうが圧倒的だ。外部カメラを利用することで拡張現実としても扱える」

「これを琢が作ったの?」

 綾乃が感心してため息を漏らす。

「これは改良前だよ」

「じゃあ、改良後は?」

 綾乃はゴーグルを押し上げて琢を見つめる。

「実はまだ完成していない。ってそんなに悲しそうな眼をしないでおくれよ」

「だって…」

「僕は仮想現実用のゴーグルを応用して人間の認識能力と情報処理能力を上げる方法を模索しているんだ」

「何それ凄い!」

 綾乃はあの手この手で具体的な内容を知ろうとしたが、琢からは「仕事が絡んできてしまうから」とはぐらかされてしまった。

 しばらくの間は拗ねてしまっていたが、再び仮想現実用ゴーグルをはめると夢中になって空中遊泳や、ゲームを楽しんでいた。

 綾乃はすっかり休日を満喫していた。

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