第5話

 綾乃率いる3係が散開しながら本部ビルに迫っていたころ、亜鞍馬率いる1係と介入班はエントランスで戦闘に入っていた。

「主力は雑魚を掃討しながら階を上がる。青木は介入班の半数を率いて先行し1級目標を確保せよ」

 亜鞍馬は建物の構造を支える大きな柱で敵の銃撃を避けながら配下の和也に命じた。

「あいよ。というわけで介入班のB分隊をお借りします」

 そういうが早いか、和也と介入班の半数は牽制の射撃をしながら壁際の階段ホールに飛び込んだ。

「事前情報によると敵の首領の私室は最上階だ。屋上からの脱出もあり得るので介入班から3人ほど屋上に回してくれ」

「了解しました」

 介入班の指揮継承順位2位のB分隊分隊長が手早く指示を出す。

「おかしい」

 5階までたどり着いた時、和也はそうつぶやいた。

「敵の妨害がなさすぎる。1階はあれだけ激しかったのに」

「出入口は1階のみです。1階に戦力を集中させるのは合理的な判断だったのでは?」

「しかし、現に我々は5階まで到達している」

「それは……」

「分隊長、この扉の向こうで爆発物の反応がないか調べてくれ」

 結局、和也とB分隊はこの場で5分ほどを浪費した。

「突入」

 和也がわざわざ声に出して突入の合図を出したのは、どこかから聞き耳を立てているかもしれない誰かにタイミングを計られるリスクよりも、自身を鼓舞する効果を取った結果であった。

 介入班の班員も和也もハンドサインのみで戦闘を行う訓練は受けている。

「すべての部屋を調べろ」

 言われるまでもなく介入班の班員はすべての部屋をしらみつぶしに調べていた。部屋を一瞥しているだけに見えても、特殊部隊仕様の代理人マスクは赤外線カメラなどがついていて、並みの細工では逃げおおせることはできない。

「青木さん、どうやらこの階にはいないようです。欺瞞の痕跡もありません。残る可能性はエレベーターを使ってどこかに行ったか、それくらいでしょう」

「わかった。屋上に先行させた班員に連絡を取ってくれ」

 無線機に呼び掛けていた介入班の班員の声がだんだんと大きくなった。

 声が大きくなると共に焦りの色が混ざり始める。

「どうした?」

「屋上に先行した班員が応答しません」

「まずいな」

 そういうと、和也は走り出した。行先は階段、そして屋上である。

 分隊長も2人を階段の踊り場に残し和也を追いかけた。

「待ってください。3人の班員を無力化した相手ですよ」

「俺はそんなにやわじゃない!」

 和也は、それでも屋上に続く扉の前で介入班が追いつくのを待っていた。

「行くぞ、屋上に先行した班員は無力化したと判断し、人がいた場合は速やかに無力化しろ。手段は問わない」

「……分かりました」

 一瞬の間ののちに分隊長が応じた。

 和也がハンドサインで突入を指示する。

 屈強な班員が足で扉を蹴り開ける。鍵などはついていなかった。

 扉を蹴り開けた班員が陰に隠れると同時に、銃口を構えていた分隊長を含む班員が体を低くして突入する。

 和也も続いて突入する。扉を開けた班員は入れ違いの逃亡を阻止するために階段に残った。

 そして銃声が響く。4発。

 4発の銃声がもたらした銃創は屋上の真ん中に立つ仮面の男の両手両足を打ち抜いていた。

 痛みのあまり悲鳴にすらならなかったうめき声が屋上に広がる。

「くそ、代理人か」

 和也が苦々しくつぶやく。

 いくら代理人の身柄を拘束しても意味はない。犯罪組織の首領や幹部はまた別の代理人を用意して悪事を働き続けるだけだ。

『いきなり撃つなんてひどいじゃないか』

 その声はうめき声から喘ぎ声に変わってなお介入班員に銃口を向けられている何者かの代理人から聞こえていた。代理人は意味のある言葉を話せる状況にないはずである。となると、声は別の場所から代理人の体のどこか、おそらくはマスクであろうが、から送り込んでいるのだろう。

「お前は誰た?」

 和也が問いかける。

「貴様らが第1級目標と呼んでいるものだ」

 和也は目を細めた。

 広域特殊犯罪対策課の内部情報が漏れたことを疑ったのだが、相手が首領であれば自分が最重要目標であることはわかっているであろうし、和也が配属される前から使われている用語が漏れ広まっていても不思議はない。そう思いなおして拳銃を倒れている男に向けた。

『無意味なことをするんだな』

「俺たちはお前を必ず捕まえる。生まれで摘発を免れるなど許さない」

 その声は、犯人に聞かせるというよりも自分や仲間に言い聞かせていた。

『まあ良い。私も多少は自己防衛をさせてもらおう』

「何をする気だ?」



 狙撃を警戒しつつ、ゆっくりと接近していた綾乃と3係はあと5メートルで突入といったタイミングで爆発音を聞いた。

 怒号が飛び交う。近隣の民間人の避難は完了しているのでパニックは起こらなかったが、警察関係者だけでもパニックに近い状況になっていた。

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