第4話

 現場上空に達した綾乃の乗ったVTOLは高度を落とさずにホバリングしていた。

「どうしたんですか?着陸許可が下りないんですか?」

 通信用のボタンを押しこみコックピットに問い合わせる。

『いえ、そういうことではありません。1係搭乗の1号機と介入班搭乗の3号機が先行して着陸して安全確保をすることになっています』

「なるほど、そういうことでしたか」

「飛行プランに書いてあるよ」

 外をぼんやりと眺めている(ように綾乃には見えた)天野がボソッとつぶやいた。

「なっ!!」

 思わず変な声を出した綾乃に向けられた笑いをこらえる音が機内のあちこちから聞こえてきた。

「お前ら、こらえろ」

 追い打ちをかけるような天野のつぶやきで、笑いをこらえる音は失笑の音に変わった。

 綾乃は顔を真っ赤にして窓の外を見つめていた。

『安全確保、了解しました。バード2着陸します』

 離陸の時より緩やかな降下で輸送機は着陸した。

「亜鞍馬係長」

 VTOLの発する突風に顔を伏せながら1係の係長に声をかける。

「西園寺係長、状況を説明します。あそこに見えるのが目的の組織の本部です。

 現在現地警察に協力を要請し包囲網を作っています。我々1係と介入班が突入します。西園寺さんたちは続いて突入し退路の確保を願います」

 亜鞍馬が指さした先には、草原が広がっていて、その中に孤立するように5階建てのビルが建っていた。屋上にはまばらに人影が見える。見張りだろうか。

「了解しました」

 亜鞍馬係長、正確には亜鞍馬係長の代理人は紫色のマスクを犯罪組織の本部に向け、つぶやき始めた。

「認可済み作戦計画に基づき第3地点まで前進しました。これより突入を開始します。銃の使用許可を願います」

 その様子を綾乃は映画でも見ているようにぼんやりと眺めていた。

 知識としては知っていた代理人による承認要請。

 代理人制度において、代理人は一定以上の判断を行う際はその都度キャピタルのオーナーに承認を求めなくてはいけない。代理人の象徴であるマスクにはカメラ、マイク、脳波計、スタンガンなどがついているが、マイクはログの記録のほかに承認を求めるためにも使う。ちなみにスタンガンは代理人が指示に従わなかったときに代理人に向けて使われる。

「承認了解、セーフティ解除、突入を開始する」

 軍や警察における銃器の使用は、指揮官が一括で責任を負う仕組みになっているので亜鞍馬の承認によって1係は銃器の使用が可能な状態になった。

 1係の総勢13人と介入班20人が2列縦隊で犯罪組織の本部ビルと言われたビルに入っていく。

 現状で反撃らしい反撃は見られない。

 嵐の前の静けさ、であろうか。

「では、私たちも前進します。これより先、自己並び味方の防衛目的の即時射撃許可を出します」

「わかってるねぇ、お嬢ちゃん」

 天野が嬉しそうにからかってくる。

「突入手順は研修で習いました」

「いやいや、頭の固い上司だとこうもいかなくてね」

「では、行きましょう」

 1係と介入班から距離を置くこと20メートル。綾乃率いる3係は前進を開始した。

 綾乃を先頭に、こちらは天野の判断で狙撃を警戒しながら散開してゆっくりと進んだ。

 結果として先行した味方との距離はさらに離れることになったが、亜鞍馬1係長の代理人から依頼されたのは退路の確保である。無理に突入する必要もない。

 綾乃は緊張に身を強張らせながら前進をしていたが、その4メートルほど後方では、係員が天野に話しかけていた。

「天野係長代行、ちょっといいですか?」

「なんだ?作戦中だぞ。あとじゃダメなのか?」

「係長に聞かれたくないんです」

「ログに残ると不味い話か?」

 仮面越しの天野の眼光が鋭くなる。

「ダミーは流してあります。天野さんは問題ないんでしょ?」

「怖いもの知らずだな。なんだ?聞くだけは聞いてやる」

 二人は小声で声を交わしながらも前進を続けていた。作戦中原則オープンの作戦用無線にから二人分抜けていることに疑問を感じる係員はいない。

 状況はそんな些末な出来事を気にする精神的余裕を許さない。

「天野さん。あの女に余計なことをしゃべりすぎじゃないですか? 

 いつもみたいに問題視されない程度の嫌がらせをして代理人を置かせましょうよ」

「西、お前が何を心配しているのかは分かっているつもりだ。

 でも、今回だけは。好きにさせてくれ」

「あなたの意志は確認しました。とやかくは言いませんが納得はしていません。今度しっかり説明してくださいよ」

「もちろんだとも」

 二人は何事もなかったかのようにオープン無線に復帰して散開体制に戻った。


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