エリシア・クロロティカ

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エリシア・クロロティカ


彼女はいつも、美味しそうに食事をする。


浅い緑色の肌に透き通った空色の眼。シルクのような金髪を耳にかけ、ステーキを頬張っている彼女は、僕の幼馴染のエリシア。昼休み、たいていの友人は校庭で光合成をしているのだが、彼女について食堂に来るのが僕の日課だ。


「君は本当によく食べるよな」

「一日三食は食べないとお腹すいちゃうんだもん......」

「僕は朝食だけで十分だけどなあ」

「それはフィルが良い葉緑体を摂れるからよ。私の家は貧乏だもの、良い植物なんて食べられないの。でもお肉だって美味しいんだよ!フィルも食べてみる?」

そう言って彼女はミディアムレアのステーキを差し出した。

「いらないよ!だってそれ動物の肉だろ?さっきまで動いてたようなもの......よく食べられるね......」

「これは仕方のないことなのよ。私もお肉を食べるけれど、野生の動物だってそうやって生きてるんだもの」

「僕たちは野生じゃないだろう。あいつらは僕たちとは違う食物連鎖の中に生きてるんだ」

「それはそうだけど......でも私は......」

彼女がうなだれると綺麗な金髪がさらりと垂れ落ちる。同級生はみんな濃い緑色の髪の毛をしているので、金髪のエリシアはどこにいてもよく目立つ。僕はこの金髪が好きだった。

「ごめんよエリシア、ちょっと言い過ぎた」

「うん。もうすぐ食べ終わるから待っててね」

そう言って彼女は微笑むと、付け合せのキャロットと一緒にその肉を頬張る。


正直僕は肉もキャロットも食べたことがない。彼女があんまり美味しそうに食べるので、小さい頃母親に食べてみたいとねだったことがあるのだが「そんなの人間の食べるものじゃないわ」と一蹴されてしまった。物心がついてからは「肉は動物の食べるもの」として、食べたいと思うこともなくなってしまった。


事実、キャロットも肉も僕たちには不要なものだ。人間は植物から葉緑体を、豆類からタンパク質を摂取して生きている。無駄に動物を殺して食事をするのはかつての野蛮な人類のすることだ。キャロットのカロテンは光合成の助けになるらしいが、それも栄養価の低い葉緑体しか摂取できない人のための補助食であり、一般的に貧乏人の食べ物とされている。


「フィルはどうしていつも食堂に来てくれるの?あなたはご飯を食べないのだから、みんなと校庭に行って光合成してくれば良いのに」

「そ、それは幼馴染だからだよ」

「おかしいわ、幼馴染だからって食べなくても良い食事に付き合う義務はないもの」

「良いんだよ、僕はわざわざ昼休みに光合成しなくても平気だから」

「そっか、フィルはやっぱりすごいのね」

「ほら、良いから早く食べた食べた。急がないと授業が始まってしまうよ」


彼女の言う通り、幼馴染だからと行って食事にまでついていく必要はない。かといって彼女と一緒に居たいから、と素直に言うのはまるで告白しているみたいじゃないか。それはあんまり恥ずかしすぎる。


「食べ終わったわ!教室に戻りましょう!」

「う、うん。よし、次は数学か。宿題はやって来たかい?」


上の空の時に話しかけられると本当にドキッとする。彼女の目は透き通った青色で、知られたくないことまで見透かされるみたいだ。


「え?宿題なんてあったの?」

「急いで正解だったね...... 写させてあげるよ」

「ありがとう!フィルのおかげで今学期はまだ宿題を忘れてないの!」

「それは忘れたうちに入ると思うんだけどな......」


教室へ向かう途中、クラスメイトのローストンが校庭から帰って来るところに遭遇した。


「やあ、ロース。今日はいい天気だろう、気持ちよかったかい?」

「よう、フィル、お前またその獣女と食堂行ってたのかよ。そいつと話してるとお前まで動物になっちまうぜ」

「ちょっと!あなただって動物じゃない!」

「おー怖い怖い、そのうちとって食われちまうぜ!はは!」


ローストンは少し粗暴で、どちらかと言うと彼のほうが動物っぽい気はするのだが、彼のエリシアに対する態度は特別なものではない。むしろ相手にしてくれるだけマシと言うものだ。肉を食べると言うだけで、普通の人間ではないのだから。


「ごめんねフィル、私と一緒にいるせいであなたまで馬鹿にされてしまって......」

「君まで気にしたら負けを認めたみたいだろ、気にしないのが一番だよ」

「そうね、いつか彼にもお肉の美味しさを教えてあげなきゃいけないわ」

「そうじゃないと思うけどなあ......」

「あ!先生よ!こんにちは!」

彼女の底抜けな明るさはひょっとすると動物的なのかもしれないな。


「お、おう。そうだ、フィル、君に貸したい本があるから後で職員室に来てくれ」


先生はエリシアのことを無視して僕に話しかけて来た。そう、これが一般的なのだ。大人たちはみんなエリシアのことを居ないかのように扱う。彼女が宿題を忘れていないと言うのも、そもそもそんなこと誰も気にして居ないが故だろう。


「先生は私のことが好きなのかしら......」

「は!?なんでそうなるんだい!?」

「だって先生、私と目があうと気まずそうに目をそらすんだもの!あれは恋というものよ!私この間本で読んだわ!」

ちょっとだけ心当たりがあるので否定できない。

「うーん、どうだろう...... まあ、君の目は魔性だよ」

「それどういう意味?」

「なんでもない、忘れてくれ」

「気になるじゃない!」

「気にしたら負けだよ!」

「あはは!あなた今日そればっかりだわ!」


実のところどうして大人たちが彼女を避けるのかはなんとなくわかる。肌が浅緑な人間は「犯罪者」なのが一般的だからだ。


肉を食べないと行きていけない人間はほとんどいない。彼らにはなんらかの葉緑体を摂取できない理由がある。宗教的理由か、あるいは貧困か。貧困といっても植物は決して高級品ではないし、政府から支給される植物だけである程度は生きていけるようになっている。肉を食べなければいけないような人々は、そういった政府の支援を受けられない人たちだ。犯罪者は政府からの食料支援を打ち切られるため、一般的に彼女のような浅い緑色の人間は「犯罪者」だと思われてしまう。しかし彼女は犯罪者なんかじゃない。犯罪者と似ているだけで彼女は何も悪くないのに、どうして無視されなきゃならないのだろう。


「なあエリシア。君はやっぱり自分のために葉緑体をとったほうがいいんじゃないかな、なんなら僕が......」

「またその話?フィル、あなたは考え過ぎよ、私はこれでいいの。不便だと思ったことはないし、それにお肉も好きなのだもの。子供達がいじめられてしまうよりずっといいわ」


彼女の言葉の端々から、彼女も本当は自分が虐げられていることに気づいていることがわかりとても悲しくなる。彼女の家は孤児院を併設した教会だ。葉緑体の供給は家庭単位で行われるので、身元の曖昧な孤児には十分に葉緑体が支給されないらしい。彼女はそういった子供達に優先的に自分の分の植物を与えているのだという。そのために彼女の肌の色は浅い。


「でもそれで君が馬鹿にされるのはあんまりだ。みんな君の肌の色を犯罪者だとか、動物だとか言って馬鹿にしているんだよ?あいつら理由を知らないから勝手なことを言うんだ。君はどうして平気なんだ?」


「フィル、あのね、私たちはね、平等なの。いい植物を食べられる人の肌は綺麗な緑色でしょう?その中にも薄い色とか、濃い色とか、食べている植物で色が違うわ。でもそれはただ「違い」があるだけで、濃いほうがいいとか、薄いほうがいいとか、そう言うのはきっとないの。色が濃いほうがお金持ちの証だとか、きっとそう言うこともあるのでしょうけど、私から見ればどの色も同じよ。私の色が薄いのは恥ずかしいことではないの、これは私が選んだ色で、私の一つの個性なのよ」


彼女が言っているのは当然のことだった。そんなことは僕もわかっていた。ひょっとすると、ローストンや大人たちさえ知っている。それでもみんな、深く考えることもなく「肌の色が薄いのは犯罪者」かのように振る舞ってしまう。みんな彼女が犯罪者じゃないことなどわかっているのに。僕には何ができるのだろう。彼女はいい人だと叫ぶことで何か変わるのだろうか。自分があまりに無力だと痛感する。


「それにね、フィル。困った時はあなたが助けてくれるでしょう?」


完敗だ。彼女は知ってて僕のことをからかっているんじゃないだろうか。


「......当然さ。ほら、さっさと宿題を写してしまおう」


結局のところ僕にできるのは彼女と「普通に」接することだけだ。本当はもっと親しくなりたいけれど、この気持ちはまだしばらくしまっておこう。彼女の美しさに気がつけないなんて、みんなの目は節穴だ。肌の色はただの個性で、同時に、僕にとっては違う意味で特別だ。


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キング牧師が壮大な夢を語り幾星霜、皮膚の色は単なる個性となり、言語や人種の壁でさえも技術がたやすく乗り越えるようになった。


22世紀初頭、人類は幾たびの技術的特異点を迎え、21世紀までに問題とされていた社会問題は全てが解決した。病気、貧困、食糧難、それらを含むすべてがより高度な技術によって概念を失ったのだ。


誰一人病気にならない世界では、病気という概念は存在しない。

誰一人飢えることがない世界では、飢えという概念は存在しない。


しかしどれほど世界が変わろうとも、その中で生きる人間の考え方までは変わりようがなかった。黒や白の肌色が失われても、差別を生み出した人間の思考までは失われなかった。


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