第3話

クマは、彼女に夢中になった。

何事によらず、初体験というものは強烈に感激するんだが、それだけではなかった。

この『洋子』という女性は、単にあっちの方のテクニックに長けていただけではない。女性としても魅力がたっぷりだったのだ。

『人は見かけだけで決めてはいけないって、よく言いますが、本当だったんですね。あの人は全く素晴らしい女性でした』

無口で口下手な男が、両手を広げて興奮気味に話を続ける。

彼女といるときの光景が、昔見た初体験モノのイタリア映画のように、容易に想像出来た。

彼女にプロポーズをしたのは、交際を始めて一年ほど経ってからだったという。

『考えさせて』最初はそういって戸惑った様子を見せていたが、あきらめずに何度もプロポーズを続けているうちに、漸く彼女は『イエス』といってくれたのである。

『天にも昇る心地』というのは、このことだ。彼はその時思ったという。

 ところが、である。

 それから本当に間もなくして、彼女はクマの前から姿を消してしまった。携帯も解約、固定電話もつながらない。アパートにも訪ねていったが、引き払った後だったという。

『話は分かったよ』

俺はそっけなく答えた。

『契約書にもあったろう?俺は俺自身の信条で、結婚と離婚に関わる調査は基本的に受け付けん。とな。それに、お前自分の職業を何だと思ってるんだ?警官だろう?おまけに元警務隊なんだ。そっちの方の情報網を使えば、ケチな私立探偵に高い金を使うよりはずっと安上がりで・・・・』

『先輩は、僕を馬鹿にしてるんですか?』

眼をむいて、クマは前に乗り出し、俺を睨みつけた。

『僕だって職務に忠実な公僕です。公私混同なんかするほど落ちぶれちゃ」いません!それに・・・・』

『それに、なんだ?』

『これは恋愛とは無関係です。確かに彼女の事は今でも愛していますが、それはどうでもいいんです。なんで彼女が急に僕の前から消えたのか、そのわけが知りたいだけです。その訳さえ知れば・・・・後は自分で何とかします!』

おやおや、あの『弱虫クマさん』にしては偉い張り切りようだ。

『分かった分かった。引き受けようじゃないか。その代わり、もし彼女が見つかっても、お前と逢うのが嫌だといったらそれまでだ。彼女の連絡先も教えない。それでいいというんなら・・・・』

クマは、それでもかまわない。と答え、ポケットから封筒に入った手紙と、四角い箱を出した。

『もし見つかったら、彼女にこれを渡してください。お願いします』

 エンゲージ・リングか・・・・俺は思った。

『渡し損ねちゃったんです。これを渡してくれれば、後はもう何もいりません。手紙には僕の思いが書いてあります』

 真剣な男の、真剣な頼みには、ヘボ探偵の信条だってあてにならないものだ。

『探偵料は一日につき6万、他に必要経費。拳銃を使うような仕事ならば4万円の割り増しを貰う。それでいいな?』



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