第17話
アキは一週間の謹慎処分になった。
上級生の腕を骨折させたからだ。だけどその場面を見ていた何人かの生徒が、先に手を出したのが先輩達だった事、それから放置されたアキのカバンから、落書きされてぐちゃぐちゃになった教科書やノートが出てきたことから、だいたいなにが起こったかわかった学校側が出した妥協策。
それが一週間の謹慎処分。
大怪我とまではいかなかったけれど、自宅に運び込まれた意識の無いアキを見た両親はすぐに病院へ連れて行った。
運び込んだレオ、ハルト、ブラドの三人は後から病院へやってきて、戸惑うアキの両親に何があったか説明した。ここで驚いたのは、ハルトが車を持っていた事だった。ブラドは後日負け惜しみのように、自分で移動する方が速いと抜かしたのだが、それはまた別の話だ。
念のため一日病院で過ごし、その間に以前お世話になった臨床心理士のカウンセリングを受け、帰宅後学校からの処分を知り、アキが腕を折った相手の両親とアキの両親がなんだかすぐに和解して、三日引きこもって四日目の朝。
アキは早朝から、具体的には午前7時29分にブラドのカフェの扉をバンバン叩いた。なかなか開かないので、今度はドンドン蹴った。
「うっせえよアキ!!」
「さっさと開けろよアホ!!」
突然の暴言返しに少年姿のブラドが目を剥いた。
「…どうした?」
押し入るように店内に入るアキに、ブラドが怪訝な顔で聞いた。
「ぼくなにも悪くないよね?」
「はあ」
「なんでぼくが謹慎なんだよ!?先輩らはお咎め無しでさ、ぼくだけなんでよ!!」
要するに動けるようになって、ちょっと頭の整理をしていたら、怒りが湧いてきたので八つ当たりに来たと、そういうわけだった。
「もーなんだよ、うるさいなあ」
カフェの奥の扉、ブラドの住居スペースからハルトが出てきた。眠そうに目を擦る姿はまさに少年だ。
「アキサマがご乱心だ」
呆れ半分、面倒半分にブラドが答える。
「だっておかしくないか?ってかぼくが人の腕の骨折れると思う?」
「そりゃ案外簡単に折れるもんだぜ。特に関節なんかは、地面に手をついただけでも折れる。その先輩って、上腕骨踝上骨折だったんだろ?それも関節だし、まあいい感じにアキの拳が入ったんだろ」
ふああと欠伸をしながら言うハルトの言葉は、親に聞かされた相手の骨折の理由と同じだ。
「意図的に折ったってんなら、キミは結構才能あるよ。おれたちみたいな仕事してる奴はそういう人体の構造上脆い所を狙うからねぇ」
欠伸に続いて伸びをしながらハルトはカウンター席に座って、だらしなくうな垂れた。
「マスター、コーヒー」
「アホか!まだ閉店中だ!」
「ケチくさいなあ。アキも一杯飲んで落ち着きたいよねぇ?」
そう言われればそうかも、と、アキもカウンター席に座る。ブラドのイヤそうな顔が可笑しかった。
「あんた謹慎中じゃねえの?」
イヤそうにコーヒーを淹れる用意をしながらブラドがアキに話を振る。
「謹慎中とかもうどうでもいいわ…どうせぼくの居場所なんてないしー、どうせ放火したのは事実だしー、いじめられっ子だしー」
アキはハルトと同じようにカウンターにうな垂れた。
「だいたいさぁ、あのカウンセラー最低なんだよ?最近調子どう?とか、夢に見たりする?とか、オブラートにグルグル巻きにし過ぎて逆に気持ち悪いっつーの!」
「わかるわ…困ったことがあったらなんでも言ってねなんていいながら、あいつら裏ではおれらのこと評価対象としか見てないんだぜ?それでも人間か、ってなあ?」
それな!と珍しくアキとハルトの意見があった所に、レオが店に入ってきて怪訝な顔をする。ただし無表情だから多分、だ。
「レオ、どうだった?」
ブラドがコーヒーカップを二つカウンターに置いてレオに視線を向けた。店内にコーヒーの香りが広がって、アキとハルトはとりあえず静かになった。
「やっぱりそうだった。現場には魔族の痕跡がはっきり残っている」
「となると、だ。殺人犯は永遠に捕まらんな」
なんの話だろうと興味を持ったアキが話に入ろうと口を開いた。
「近くの殺人事件のこと?犯人は魔族なの?」
「ああ。念の為に見に行ったら、魔族の痕跡があった。かなり上級魔族のものだった」
「へぇ、そうなんだ」
熱い液体をふうふうしながら答えると、レオとブラドがアキを見つめている事に気付いた。
「なに?」
「なに、じゃねえよ。あんたは気になんねぇのか?同じ人間が殺されて、その犯人が魔族なんだぜ?」
ああなるほどなとアキは納得した。ブラドは多分ここで、小説の主人公のようにアキが、さあみんなで人間を殺す悪い魔族を倒そうと言うのを期待したのだ。レオもそうだ。顔を見ればわかる。
だけど、アキにだって言い分がある。
「ぼくなんか居てもなにも出来ないし。人間なんて腐る程いるんだから何人か殺されたっていいじゃん」
するとハルトが大きな声で笑い出した。
「あははは!アキ!キミやっぱりこっち側に向いてるよ!」
それから続けてとんでも無いことを言い出す。
「おれと殺し屋にならない?」
まるで、魔法少女にならない?みたいな、そんな感じだった。
「なんでよ?」
「だってアキならわかるだろ?どうすれば人間の心が折れるか。どうすれば効果的に痛めつけられるか。思い出してみろよ、ほら?」
そう言われるとわかる気もする。自分が与えられた、数々の残虐な行為が頭を過る。不思議と今までのような発作は感じられなくて、ああなるほどこういう風に利用することも出来るんだなと思った程だった。
ただそう思えるようになったのは、こうしてなんでも話せる関係の相手が複数出来たことが大きいことは、アキの偏った思考ではまだ思い至らない。
だから、アキはため息をつくと言った。
「そんなの知らないよ。だからぼくをみんなの事情に巻き込まないで。ただでさえ大変なんだから」
散々助けてもらっておいてなんて薄情な奴だと思うだろう。だけど現実なんてそんなもんだ。小説の中みたいに、都合よく登場人物の利害関係が一致したり恩を返したりしない。
結局現実に今を生きるには自分が一番大事なのだ。
☆
謹慎が解けても、アキは学校に行かなかった。
パジャマがわりのスウェットのままリビングのソファにダラッと収まりながら、ライトノベル片手にお菓子を食べて、たまにオレンジュースを飲む。
贅沢にテレビを点けていたら、さすがに母親に消されてしまった。
「あんたねぇ…はあ。おかあさんパートに行ってくるわね」
「はいよー」
お昼ご飯くらい適当にしなさいと言って、母親は家を出て行った。
昔はいじめられていることを知られたくなくて、嫌でも学校に行っていたが、知られてしまってからはどうでも良かった。
そんなアキの気持ちを知ってから知らずか、両親は何も言わない。
で、こうして堂々とリビングで引きこもっている。
が、いかんせん暇だ。
かといって出歩こうにも、アキに行く当てなどない。ブラドのところも今は気がひける。
「どうしようかなあ…」
と、本気で頭を悩ませ始めたその時、ピンポーンと誰かの来訪を告げる無機質な音がリビングに響いた。
こんな昼間に誰だよと、アキはとりあえず立ち上がって、インターホンの荒い画面を見た。
有紗だった。
アキはとっさにインターホンから身体を反らす。向こうから見えていないことはわかっているが、思わずそんな行動を取ってしまったのだ。
それくらい驚いた、というか、今は絶対に会いたくない人物だった。
「なんでいるの…?」
時計を見るとまだ正午過ぎ。学校ではお昼休みに入った頃だ。
出るべきか否かを考えていると、またもピンポーンとチャイムが鳴る。
「アキ!居るのはわかってんだから!出なさいよ!」
有紗が玄関から怒鳴る。ビクビクしながらアキはさらに困惑する。
「コラ!返事くらいしなさいよ!!」
ついに玄関ドアをガタガタやりだす有紗。アキは硬い扉を有紗がこじ開けるところを脳内で想像して、思わず首を左右に振る。
「アキ!!」
さらに大声を張り上げる有紗に敵わず、アキは慌てて玄関へ向かうと扉を開けた。
「なんだよ!?」
「なんだよじゃない!!」
そう叫んで有紗はズカズカと玄関へ押し入ると、きちんと靴を揃えて脱いで上がり込んでしまった。その後をしずしずとついて行くアキ。
「で、なんで学校来ないの?」
ソファにどっかり座った有紗が言った。ついでにアキの飲みかけのオレンジジュースを一気飲みする。
「なんでって…だって行きにくいじゃん」
「なんで?」
そんなこと決まってるだろ、と言い返そうとして、有紗を見ると言葉に詰まった。
有紗は目にいっぱいに涙を溜めていた。怒った表情をしているのに、今にも泣き出しそうだ。
「えぇ…なんで泣くの?」
「だって…あたしアキに酷いこと言って、謝らなきゃと思ってたのに…」
そう言って一度深呼吸をするように息を吸い込んだ。
「謹慎だって知ってビックリして…戻ってきたらちゃんと謝ろうって思ってたのに…来ないんだもん」
参ったなあとアキは頭を掻いた。確かに有紗の言葉に傷付いた。だけど、今は周りに話せる人が増えて、有紗に言われたことも正直もうそれほど気にはしていない。
「いいよもう…」
「よくないよ!」
怒ったように言う有紗にアキが飛び上がりそうなくらい驚く。
「泣いてんのか怒ってんのかどっちなんだよ」
その場でオロオロするアキ。
次の瞬間、予想もしなかった事が起こった。
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