第14話


 少年の名はハルトと言う。


 茶髪で今時のヘアスタイルの、右耳にだけピアスをつけている、パッと見るとまあ普通の人間だ。ブラドの飛び抜けて整った容姿や、レオの精悍な顔つきのクセに年齢に見合わぬ影のある目元という風な、この人絶対にヤバいよね?などと陰口を叩かれるようなタイプには見えなかった。


 しかし、だ。


 ちょっと拗らせてしまっているアキが創ったキャラクターに間違いないわけで……


 アキがブラドとレオを紹介し、最後にハルトの番だ。


「おれハルトな。適当にハルトさんとでも呼んでくれ。キミらより歳上だし」

「「歳上っ!?」」


 ガタガタガタ!!と、そこが割と洒落た喫茶店ということも忘れてブラドとレオは思わず立ち上がった。もちろん驚いて、だ。幸い他に客はいなかった。


「あんたが歳上?ハ、冗談だろうよ。だいたい、オレより長生きな人間はいない」


 ブラドが鷹揚にどかっと座って言った。


「キミが吸血鬼?まあだったらキミよりは下かもね。で、あとの二人は高校生?」


 レオも座り直す。それから、


「俺はこの世界で産まれた訳ではないからよくわからないが、年齢を聞いているなら16だ」


 レオはアキと同じ歳だ。なぜならアキが創ったキャラクターはだいたいみんなそれくらいの年齢設定だからだ。


 そしてアキはハルトと言うキャラクターの年齢を知っている。20歳の大学生。ついでに、童顔という設定。けっして少年ではない。


 だけど、だ。思っていたより童顔設定が強い。だって最初中学生かと思ったし。童顔にも程があるだろ、とアキもびっくり仰天だ。


「で、さっきの何?なんか楽しそうな奴と戦ってんじゃん?おれも混ぜてよ」

「混ぜてと言われましても…」


 苦笑いで返すアキに、ハルトがキラキラした目を向けてくる。


 困ったなあ、とアキがブラドを見る。さながら助けてくださいという顔で。


 ブラドは知らん顔で視線を逸らした。


「えーと、別にぼくたち、楽しくて魔族と戦っている訳ではなくてですね…」

「魔族を追っているのは俺の個人的な理由だ。ブラドはただのお手伝い。アキに至ってはまったく役に立っていない」


 無表情で淡々と告げるレオに、ちょっとだけ心が折れそうになる。ブラドはわかりやすく舌打ちした。


「んじゃおれも手伝ってやる、な?いいだろ?」


 アキはまたも自分の浅はかなキャラクター設定に泣きたい気分だった。ハルトは確か、楽しい事が好きな戦闘狂。そしてどうしようもないありきたりで使い古された、殺し屋という設定なのだ。オマケのように手癖が悪いという、どうしようもないクズ人間。クズなので、年齢設定はちょっと上にしたのだ。


 だってその時ハマったライトノベルに、やたらとカッコいい殺し屋が出てきたんだもん仕方ないじゃん?ちょっとクズな方が殺し屋らしくてカッコいいじゃん?


 というアキの思いは、現実に現れるというトンデモ現象のせいで打ち砕かれる事になった。


 それも自分がカモにされる事になろうとは…


「別に構わないが…」


 押しに弱い優しいレオが答える。


「やった!今日から仲間だな!」


 ニカッとハルトが笑う。とっても良い笑顔だった。


「しかし、ハルトさんのナイフでは戦えない」

「それよ!さっきから気になってた。キミらはなんで倒せたんだ?」


 それは、と、レオが魔族について、あと、レオの目的についてサラッと語った。そしてそれをハルトが、ほうほうへぇと頷きながら聞いている。


 アキはどうしても納得いかないまま話を聞いている。


 自分が読者なら、だ。


 急展開過ぎて数ページ後戻りして読み返しただろう。


 非日常な出来事を淡々と話し、受け入れてしまう今の状況がどうしても納得いかないわけで。


 だって普通はあり得なくないか?と思うのだ。


 でまたちょっと戻って読み直す。展開はええよと言いながら。


 だけど彼らはアキが創ったキャラクターで、細かい設定は考えないまま放置したわけだから、こうして細かい事をすっ飛ばしていってしまうのだろう。


 次にキャラクターを作るときはちゃんと考えよう!と、アキはテーブルの下でグッと拳を握って誓うのだった。



 ☆

 有耶無耶に有耶無耶が重なって、じゃあアキの日常も有耶無耶に…なんて都合のいいことは起こらないのが現実だ。


 結局観光地めぐりなんて気分にもならなかったから、その日はそれで終わりとなった。


 母親より早く帰宅できた事にホッとしたのも束の間、珍しく夕飯の後に父親と母親によびとめられた。


 あんた昼間なにしてたの?


 …と言う話だった。


 どうやら母親の勤めるスーパーに寄った近所の人がチクったらしかった。


 お宅の息子さん、学校も行かないで恐いお友達と居るところ見たわよ、と。


 もちろんアキが起こした火事、というより実際にはボヤに近かったけれど、もちろん近所中の人間が知っている。


 狭い田舎社会の情報網は、人が密集している都会よりも広くて濃密だ。


 父親が、夏来は部屋へ行きなさい、と、言う。どうやら本気モードだ。


 夏来も、いつも物静かな父親が本気モードになるとどうなるのか知っているから、そそくさと自分の部屋へ退散していった。


「父さんはお前の今までの状況を気付いてやれなかった事に、本当にすまないと思っている」


 向かいに座る父親が切り出す。母親はその隣で、お父さん言ってやってよという顔だ。ただ、アキが発作を起こさないように相当言葉を選んでいるようだ。


「だけどな、非行に走るのは間違っていると父さんは思う」

「はあ…」


 アキが気の抜けた反応を返すと、父親は眉間にシワを寄せた。


「その恐いお友達というのは、どういう知り合いなんだ?」


 そんなの決まってる。


「学校の近くに新しくできたカフェで知り合った人たち」

「カフェ?」


 おまえカフェに行ったのか?違うな、おまえ本当に友達ができたのか?という驚愕の表情。


「見た目はアレだけど、全員恐い人じゃないから。そりゃ学校サボったのは悪いと思ってるけど。ほら、たまに息抜きしたいんだよね。学校だと有紗以外話す人もいないし」


 放火したことなんてみんな知ってるし、と、小さな声で付け加える。


 それが良かったのか悪かったのか、両親は目をパチクリしていた。


「アキ、もう平気なのか?発作は?」


 母親なんて涙目だった。


「それが最近マシなんだよね。カフェで出来た知り合いのおかげかなあ」


 ちょっとわざとらしかったかなと思った。けどどうやら上手くいったようで。


「そうか…まあ、それならそれでいいんだ。しかし学校はちゃんと行きなさい。将来のこともあるから、な?」

「わかった」


 これで話は終わりだなと判断して、アキはリビングを出る。


 全員恐い人じゃないと嘘をついたけれど、吸血鬼とか剣士とか殺し屋とか魔族とか、まさか親に言うわけにもいかないし。


 というかそんな事言ったら、アキはまた病院送りになってしまうだろう。


 はあ、とため息が出た。


 自分の創ったキャラクターたちに囲まれて、確かに非日常的な感じを味わってはいるけど。


 それだけだ。


 時の女神サマには悪いけれど、アキなど生き返らせてもなにも面白くない。


「これからどうしよう」


 悩むアキは知らなかったけれど、その夜唐突に物事は動き出した。


 それは奇しくもアキが猿に襲われたあの田んぼ道での事だった。


 ひとりの女性が何者かに殺されているのを、翌朝通りかかった軽トラックの運転手が発見した。そこら中に飛び散った血液やら臓物やらで、無残な有様の女性の遺体はあきらかに何者かの犯行という事で、事件として捜査されることになった。


 そしてこれは誰も知らないことだが、女性を殺した犯人は、月明かりの下怪しく光る赤い瞳を細めながら嗤うのだ。


 これから始まる盛大なカーニヴァルを想像して。


 それは血に濡れた新しい王国建国の礎となるだろうと、歓びに下卑た笑みを浮かべる。


 ニンマリと嗤うその犯人は、短い黒いスカートの裾を翻して、スゥッと夜の闇に紛れて消えてしまった。

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