第13話



 観光地と言っても、近隣の京都、大阪ほどの賑わいはやはりない。地元に住むアキや近隣住民がそう思うほど冴えない県だけど、重要文化財の数は京都、奈良に続くのだそうだ。


 そんなわけで、この国宝の城にも、平日にも関わらずそれなりに人が訪れている。見渡す限り人人人。


「あの女は食えそうだな」


 不意にブラドの呟きが聞こえた。


「なに言ってんだよ!?」

「なにってそのままの意味じゃねえか。ほら、なかなかいい血が流れてそうだぜ?」

「節操のない奴」


 ンダトコラア!とまたもや不毛な争いが始まる。


「二人とも本当にやめてください…」


 周りから冷ややかな視線を感じて、アキは二人から距離を取る。


 そのせいで、ひとにぶつかってしまった。城周りの広い場所だったが近くに人がいたのだ。


「すみません!」


 ぶつかった相手は、アキより少しだけ背の低い男の子だった。中学生かな?と思い、


「大丈夫?」


 と、尻餅をついてしまった相手に手を差し出して出来るだけ優しく声をかける。


「大丈夫だよ」


 男の子はアキの手を軽く握って立ち上がる。怪我はなさそうだ。


「アキ!いくらなんでも自分よりガキをカツアゲしちゃダメだろ」


 ブラドがそんな事を口走るので、周りの冷たい視線がアキに向けられる。


「違うって!変なこと言うなよ!」

「どうだかなあ…?」

「いい加減にしろよ!」


 アキはブラドを睨みつけて、でも相手にすると調子に乗ることもわかっているから。ぶつかってしまった少年に視線を向ける。


「あれ?」

「少年ならもう行った」


 レオが無表情でそう言って視線を向けた先には、少年の背中が見え、観光客の中に紛れてしまった。


「それより喉が渇いた」

「そうだね」


 釈然としないものを感じた。でも、まあ知らない子だし、大丈夫と言っていたから大丈夫なのだろう。


 三人は敷地の隅にある自動販売機まで移動した。


「ここは年長者の好意に甘えよう」


 レオが鷹揚に宣言する。が、そんな言葉にブラドがわかりましたと言うわけもなく。


「アホか。オレたちはアキに付き合ってやってんだから、ここはアキが出すべきだろ」

 なるほどそうかもと思うアキである。だから、


「仕方ないなあ…あ。そういやお財布持ってきてないや…」


 ポケットをポンポンしながら気付いた。財布どころかスマホもない。


「はあ?あんたなぁ…」

「だってなんか衝動的に家出てきちゃったんだって」


 でもほらちゃんとこれは持ってるよ、と言いかけて。


 アキは重大なことに気付いた。サッと顔中の血が引いていく。


 仕方なく自分の財布を出そうとしていたブラドが、アキの異変に気付いて怪訝な顔をした。


「どうした?」

「……ごめんなさい」


 首をかしげるブラド。無表情で見守るレオ。


 そして、真っ青な顔のアキが言う。


「十字架、無くしちゃった…」


 目をパチクリするブラドと、なんの話だ?と言いたげなレオ。


「さっきまであったんだけどなあ…どこいっちゃったかなあ…」


 あははは…はは、とブラドの顔を伺う。あ、ヤバイ。アキはちょっとだけ死を覚悟した…というのは大げさだが、それくらいの怖気を感じたことは確かだ。


「んだとこのクソガキッッッ!!」


 ブラドが拳を自動販売機に打ち付けた。バゴッ、と、ヤバイ音がして鉄でできているはずのそれが盛大にへっこむ。


 良かった、アレが自分に来なくて。アキは心からそう思った。


「いつからだ?いつ無くした?」


 鬼の形相でまくし立ててくるが、そう言われても心当たりがない。


「一体なんの話だ?」


 レオが口を挟む。


「このクソガキ!オレの魂を封印した十字架をなくしやがった!!」

「十字架?」

「そうだ!そもそもオレがこんなガキにへばりついてんのはその封印を解くためだ!」


 なるほど、とレオが頷く。


「クソガキが!で、いつまで持ってた?」

「ええと、さっきまで、かなあ」


 確か城までのわりと長い石段を登っている間はあった。途中で一度ポケットに手を入れて触れた事を覚えている。


 その後といえば…


「あ、さっきぶつかった時に落としたのかな?」


 それを聞いたブラドがダッシュでさっきの場所へ戻る。


 慌ててアキとレオも追いかけて。追いついた頃にはブラドがへたり込んでいた。そんな姿はじめてみる。


「ブラド、あの、ほんとにごめん」

「…クソガキ」


 さあどうしようと本気で悩む。ほとんど適当に付け加えたキャラ設定だったけど、アキはその曖昧さや適当さを心から悔いていた。たかがキャラクター。実在しないものだからと自分の扱いやすいように創り出した存在だけど。そんな浅はかさが、実際に人を傷付けている。


「もしかしてさっきの少年が持っているという事はないか?」


 無表情のレオがとんでもない事を言う。


「俺の故郷は貧しかった。誰でも一度は犯罪だとわかっていても、生きるために仕方なくそういう行為をしたものだ」

「それだ!!」


 納得したようなブラドだけど。アキは今この現代に生きていて。果たしてあの少年がそんな事をするだろうかと考える。


 ただ、一度疑うとそういった嫌な面ばかりが浮かんで来るのだ。


 例えば、人の事は言えないが、平日の昼間に中学生くらいの少年がいる事が不思議と言えば不思議だ。すぐに立ち去ったのも、逃げるように立ち去ったと言えなくもない。


「フハハハ、あの野郎、見つけたらタダじゃおかねぇ…」


 推敲するよりも先に、ブラドが駆け出して行った。止める間もなかった。


「これだから直情的な奴は困る」


 そう言うとレオもブラドの後を追って掛けて行った。とてもアキに付いていける速さではなかった。

「もー、ほんと勘弁してくれ…」


 ひとり並みの体力しか持たないアキが呟く。すでに二人は人垣の向こうに消えてしまった。



 ☆

 アキは石段を降り切ると、膝に両手をついて息を吐き出した。ハアハアとやりながら、改めてあの二人のアホみたいな身体能力に呆れる。もはやどこに行ったのかもわからない。


 誰だよあんな奴ら創ったの、と、考えても仕方ないのだけれど。


 ちょっと休憩、と、側にあった大きな岩に腰掛ける。


 そこは梅の木が沢山並んだ一本道だった。時期が過ぎていて、しかも城の裏手だからか他に人はいない。三月初めはかなり観光客がいるのだが、今はゴールデンウィークまでやっている物産展の方に人が集中する。こことは反対側だ。


 荒い息を抑えようと深呼吸を繰り返しながら、怪我のせいで痛む身体に顔をしかめ、そこである事に気付いた。


 あの少年が、正面からアキに近付いてきたのだ。


「ごめん!これ、返すわ」


 少年が手に持った十字架を差し出して言う。


「まさかあんなに追いかけて来るとは思わなかった。つか、そもそもお前が財布すら持ってないなんてなあ。そっちのがビビったわ」


 アキの顔は一言で言うなら、ポカーン状態だ。


「それにこれ純銀じゃないよな?まあそれなりな値段はしたんだろうけど…はっきり言って趣味悪いよ」


 アキはサッと十字架を受け取ると、サッとポケットに仕舞う。


「やっぱ君が取ったのか」

「そ。おれはそういうの得意なの」


 まったく悪びれた様子もなく少年が言った。


「まあでも今回はハズレだな。また次探すよ。てか、あの二人にちゃんと言っといてくれよ?なんかめちゃくちゃおっかねえし」


 という事は、この少年はあの二人から逃げ延びたという事だ。にわかに信じられない。


 アキが不思議な顔で少年を見て、少年は首を傾げた。


 もちろんそれはアキに見つめられたからじゃない。


 アキの背後に、何かの姿を認めたからだ。


「なに、アレ」


 アキは振り返ってそれを見た。黒い靄に包まれた、その生き物を。


「ッ、逃げろ!」


 とっさに叫ぶアキ。立ち上がって少年の腕を掴む。


 黒い靄に包まれたそれらは、人型をしているけれどわかる。魔族だ。


 とある魔法ファンタジーの看守のような、フード付きマントのようなばけものだった。


「え、ちょっと、どういう状況?」


 少年がアキに腕を引かれたまま言った。


「いいから逃げるぞ!ぼくたちの手に負える相手じゃない!」


 魔族という存在を創った時、アキはそういえばこんな奴がいたら怖いなあ、と、ある長編海外ファンタジーを参考にした。さらに、映画化されたそれを見て確かに怖かったので、その悪魔のような敵キャラを気に入っていた。


 それがまさか自分を襲う日が来ようとは。


 空中をユラユラと、しかし確かなスピードでもってアキたちを追いかけて来る。ぽっかり穴の空いたような顔がいかにもな感じで恐ろしい。


 追いつかれる!という時、少年がアキの腕を振り払って立ち止まった。


「面白そうじゃん」


 耳を疑う言葉だった。アキは呆気にとられてしまう。


 少年は襲い来る魔族と向かい合って立つ。そしてその右手にいつのまにか握られているそれは。


 たしかボウイナイフと言ったか。刃渡り20〜30センチのダブルヒルトのついた大振りのナイフだ。かつて純粋なバトル物を書きたいと思って、銃火器やナイフの事を調べたときに、なにこれクソかっけえと思ったナイフ。


 どっから取り出したんだろう。少年の格好、デニムに白いパーカーのどこからそんな大きな物を取り出したんだ?


 そして思い出した。


 あー、もしかしてこの人、ぼくが創ったキャラクター?


 …だとしたら、多分、あのキャラだ!


 少年はナイフを構えると軽く地を蹴った。振り上げた片方のナイフが魔族の首を切り裂く。もう片方が別の魔族を切る。


 まさかに流れるような連続攻撃だった。


 しかし魔族たちは、一瞬分離したように揺らぐだけで元に戻ってしまう。


「チッ、コイツら手応えがない」


 少年が大きく後方に跳躍して、アキの前に降り立った。


 5体いる魔族のどれもが、まるで無傷のようにユラユラ揺れている。


「無理だ!普通のナイフじゃ倒せない!」

「はあ!?」


 少年が顔をしかめてアキを見やった。


 アキは答えにつまる。なんだっけ、特殊な武器かブラドだっけ。


「ともかく逃げよう!!」

「逃げる?このおれが?」


 そう言ってニヤリと笑う少年は、またもナイフを構えて突っ込んで行った。


 もしこの少年がアキの創ったキャラクターだとしたら。


 こんな無鉄砲な奴を創った自分のアホさ加減に腹が立つ。


 どうしようかとアキが必死に考えていると、背後からアキを呼ぶ声がした。


「クソガキめ!オレがいないところでなにやってんだ!?」

「ブラド!助かった…!!」


 助かったじゃねえよ、と言いながら、ブラドは襲ってきた魔族を一体、その鋭い爪でもって黒煙に変えた。


「アキ、無事で何よりだ」


 レオが近づいて来た。右腕に光り輝く魔方陣が現れ、そこから何かをつかみ出す。


 何もないはずの空間から掴み出したもの。それは黒い両刃の片手半剣だ。西洋ではバスタードソードと言われる、大振りの剣。


 自分で設定したことだけど、初めて見た魔法の輪はなかなか感慨深いものだった。


 ブラドとレオがいつものように何事か罵り合いながら、5体の人型魔族を迎え撃つ。レオが袈裟懸けに黒い剣を振り下ろすと、斬られた魔族が黒い霧となって霧散。さらに跳躍したレオが空中を泳ぐ別の魔族を、回転を加えて横薙ぎに払い、それもまた霧散して消えた。


 ブラドに至っては己の爪だけで目の前の魔族を引き裂き、返す手で後方の一体を靄に変えてしまう。

 そんな感じで、アキの能力では描写しきれない、と言えばわかるだろうか。とりあえず、一瞬の間の出来事だった。


「オイコラァ!テメェ今オレの足を狙っただろうが!?」

「そんなつもりはない。本当に狙っていたとしたら、今頃ブラドの片足は消し飛んでいる」


 ンノヤロウ!と言って、また始まる二人の不毛なやりとりに、アキはため息をついた。


「なにがどうなってんの?」


 少年が口をへの字にして言った。


 小説の中ならば、かくかくしかじかでと纏めてしまいたいところだ。だけどこれは現実で。


「さっきのは魔族で…えっと、あの金髪でうるさいのは吸血鬼、黒い人は異世界から来た剣士…という感じ」


 いっぱいいっぱいのアキは目をパチパチしながら言う。だけど、ここで新たなトンデモが起きた。


 結局自分が生み出したキャラクターは、自分の趣味趣向が反映されるものになってしまうわけで。


 だからこそ、現実では到底有り得ない事が起こってしまっても、その事に疑問をもつキャラクターはいないのだ。


 アキが創ったであろう少年はアキのそんな曖昧な説明にひとつ頷いた。


 それから言ったのだ。


「なにそれめちゃくちゃ面白そうじゃん!おれも参加する!」

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