第7話

 そうして平凡な少年アキと吸血鬼ブラドの日常は始まった!


 ……なんて小説のようにはいかない。


 ブラドはそれから毎日アキのポケットに入って学校までついてきた。アキも別に気にしないのでそのままにしておいた。


 で、何日かした時、


「なあアキ、学校終わったらちょっと出かけるぞ」

 昼休み。すっかり定位置となった校舎裏の日陰になった花壇で、ブラドが言った。


「どこに?」

「どこでもいいだろ。どうせボッチのアキには放課後に予定もないだろうし」


 はあ。それはそうだけど。思いっきり顔をしかめてみたけれど、ブラドは御構い無しだ。


「じゃあ後でな!」


 そう言って小さなコウモリは、青空の下飛び立った。


 今更だけど、コウモリって夜行性じゃなかったかと思ったけど、突っ込む間もなかった。


 ☆

 放課後。いつものように真っ先に校門を出たアキは、少しも歩かないうちに誰かに肩を掴まれて驚いた。


 思わず持っていたライトノベルを落としそうになる。


「待ってたぜ」


 肩を掴んでいたのは、まあ、言わなくてもわかると思うがブラドだ。


 しかし、なんかいつもと雰囲気が違う。ちょっと…縮んだ…ような気が。


「縮んだ?」


 正直に聞いてみる。


「失礼な!アキに合わせて姿を変えただけだ」


 そう言われてよくよく見てみると、身長はアキと同じくらいで、なんだか顔も最初に会ったカフェのマスターの時よりも幼い。ただ、金髪に緋色の瞳、陶磁器のような白い肌に黒いシャツとスラックスなのは変わらない。


 そんなだから、それはもうかなり、


「目立ってるよね」


 田舎の雰囲気とはかけ離れた吸血鬼の容姿は、どうしたってここには馴染まない。校門から出てきた何人かの生徒が、ブラドとアキをジロジロ見ながら遠ざかっていく。


アキは、格好良さを突き詰めてキャラ作りをするのは辞めようと思った。こんなジロジロ見られながら街を歩く事になるなんて、一緒にいる方も迷惑だろう。


「気にするな」


 そう言って少年らしくニカッと笑ったブラド。


 そう言えばブラドという吸血鬼の設定に、主人公と同じ年の少年に姿を変えるというものがあった。創造上のブラドは、そうして戦い疲れた主人公を気晴らしに街へ連れて行くのだ。


「さっさと行くぞ」


 つかつかと歩き出すブラドの後を、仕方がないけど、ちょっとワクワクしながらアキはついていった。


 高校からほとんど一本道で線路沿いを歩いて行くと、まあまあほどほどにこの辺では大きなショッピングセンターがある。新快速電車の止まらない駅のすぐそばだ。


 アホみたいに広い駐車場の割に、中はたいしたことがないのだが、一人当たりの自動車所持率の高い田舎ならではと言えるかもしれない。


 先を行くブラドに必死でついて行く。吸血鬼は足が速いようだ。


「なあどこいくんだ?」


 問いかけに、ニヤッと不敵な笑みしか返さずにブラドは歩く。何人かがチラチラとブラドの事を見ていたけど、ブラド自身は気にした様子もなくさっさと歩いていってしまう。


 やっと立ち止まった先は、白い壁に可愛らしい横縞の入ったアイスクリームのチェーン店。


「アキ、オレの奢りだ!好きなやつ選べ」


 鷹揚に両腕を広げてブラドが言った。


 何考えてるんだろう。それがアキの脳裏に浮かんだ一番の疑問だった。だって、吸血鬼が急にアイスクリームを奢ってくれる状況が理解できないから。


「なんで?」


 素直に疑問を呈する。アキは親とだってこんなところでアイスクリームを食べたことがない。


「ま、オレの気分だ。ボッチのアキにアイスを奢ってやろうというオレの気遣い。どうだ?」

「アイスと引き換えに契約解除しろとかいうこと?」


 とたんにブラドが傷付いたような顔で怒った。


「オレはそんなセコい奴じゃねえよ!!」

「ですよねー」

「わかったら並べ!」


 ブラドに後ろから蹴られそうになりながら、はんば強制的に列に並ぶ。平日のこの時間だがらかあまり混んではいなくて、すぐにレジの前まで来てしまう。


「ご注文どうぞー(ニコッ)」


 みたいな顔をする店員。アキは引き攣った顔でまごついた。


「え、えっと、あの、えーと」


 店員の顔が、ニコッからイラッに変わろうかという矢先、ブラドがアキの後頭部を叩いた。結構な力だ。


「イッタ!?」

「早くしろよ!つかなに?注文もわかんねーの?」

「知らないから!来たことないし!」


 はぁあああと盛大にため息を吐き出すブラド。


「なんとまあかわいそうな奴」

「かわいそうで結構」


 サッとレジ前から身を引いて、かわりにブラドを店員の前に立たせる。明らかに店員の目の色が変わる。イラッからドキッだ。


 で、ブラドはそんな店員の豹変ぶりに知らん顔して注文を済ます。


 アイスの乗ったコーンを受け取った2人は、近くのベンチに腰を下ろした。アキのアイスは、とても食べ物とは思えないような毒々しいピンク色とオレンジ色のマーブル模様だ。方やブラドのはアイスらしい白色だ。


「なにこのチョイス」

「オレイチオシだ。ありがたく食え」

「イチオシっていうかイジワルだよね」

「変えてやらんぞ」


 ニヤニヤするブラドと、妙に甘ったるいそれを時間をかけて食べる。絶対イジワルだと思いながらも、こういう時間も悪くないなとアキは思った。


 そうして適当にブラついた二人がショッピングセンターを出た頃には、空は夕焼けのピンクとオレンジのまるでさっきアキが食べていたアイスみたいな色になっていた。


「もうこんな時間か」


 普段放課後に出歩く事のないアキにとっては、久々に見る光景だった。


「帰るぞ」


 ブラドに促されて、行きと同じ道を歩く。


 黙々と歩いていると、突然後ろから声をかけられた。


「アキじゃん」

「マジ?あ、ホントだ」

「久々に見たわ。生きてんじゃん」


 よく知った声の三人だった。


「おい無視かよ?」


 三人はアキと違う高校の制服を着ている。そのうちのひとりが近付いて来て、アキの腕を掴んで思いっきり引っ張った。勢いで振り返ってしまう。3対の睨むようなバカにしたような目がアキを見ていた。


「無事に高校行ったんだ?てっきりあのまま引きこもってんじゃねえかと思ってた」

「まあでもよく行けるよな。あんなことしといてさあ」

「ホントいい度胸だよなあ」

 隣のブラドが、所在無げに視線を泳がすアキと三人を見比べて怪訝な顔をしている。アキは、自分は今どんな顔をしているだろうかと考えて、多分ものすごくひどい顔だろうなあと内心でため息をつく。


「なんか言えば?」

「またダンマリかよ。黙ってたら俺たちが許すと思ってんの?」

「思ってないけど、ぼくだけが悪いわけじゃないだろ」


 ダメだダメだと頭ではわかっているけれど、ついつい反論してしまった。


「はあ!?なんだよそれ!」


 腕を掴んできた奴が拳を振りかぶった。アキと同じ年の男子だけど、アキより良い体格のそいつの拳を避ける事なんてできない。身を硬くして来るだろう衝撃と痛みを待つ。


 でも、それらはやって来なかった。


 パシっと乾いた音がして、ブラドがアキの顔面目掛けて放たれた拳を手のひらで受け止めていた。


「なんだコイツら?」


 最初こそ怪訝な表情だったブラドだが、今は不敵な笑みを浮かべている。


「お前こそ誰だよ!?」


 拳を振り払おうとしながら叫ぶ。パッと手を離して、ブラドが言った。


「失礼なヤツだな。アキ、コイツらはなんだ?」

「…中学の時のクラスメイト」


 簡単に言えばそれだけの関係でしかない。だけど、それだけじゃない。


「…そうか。気に入らないならオレがコイツらを殺してやろうか」


 アキの表情や言葉から敏感になにかを察したブラドがそんな提案を、まるで要らないものだし捨てようか、というような感じで言った。ブラドは笑っている。


「ちょ、なんだよ…?」

「コイツ大丈夫か?」


 三人が青ざめて少しばかり後ずさった。ブラドの笑顔は人間に畏怖を抱かせる。アキが創った設定の通りだ。


「ブラド!殺すのはナシ!もういいから行こ」

「つまんねぇなあ」


 アキはそれ以上そこにいたくなくて、三人の顔も声も出来るだけ早く遠くに追いやりたくて、アキは真っ直ぐの道を走り出した。

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