第6話
日曜日の夜。
アキは寝る前に、いつも小説を投稿…ではなくて投稿しようとしているサイトをチェックしていた。
新しく大きなバナーが貼ってあって、それを押すと、なんちゃら文庫が主催のコンテスト開催と書いてあり、その募集要項やら過去の受賞作やらを何気なく見ながらため息を吐く。
受賞作は確かに面白いし、文章も設定も、みんな素直にすごいなあと思うのだ。
そしてじゃあ自分がそっち側に行けるかと言われたら、多分100回応募したって無理だと思う。
なんでかなあと首を捻って考えても、そんなことわからないしわかるなら困らない。
「応募しようかなあ…」
そう呟いたその時、声がした。
「ふむ。やめておけよ」
ビクッとわかり易く驚いて、アキは声のした方へ首を動かす。と、いつのまにかアキの横に小さなコウモリがいてスマホを覗き込んでいた。
「ビックリした!ブラドか…なんか用?」
小さなコウモリが笑ったように体を揺らす。
「失礼なやつだなあ。この偉大な吸血鬼様にむかってなんか用とは。忘れんなよ、オレは今あんたの僕なんだよし、も、べ!!」
そういやそうだった。
「はいはい。で、なんでやめとけって言ったんだよ?」
アキとしては、そっちの方が気になるところだ。
「そりゃああんた、そんな一握りの人間しか選ばれないようなもんに応募したって、アキみたいななんの面白みもなさそうなクソガキの書いたモンなんてたかが知れてるだろうよ…選ばれるわけないんだよ」
正直グサっときた。
ブラドの言う通りかもと、自分でも思うからだ。
なにせ一つの世界を創造するほど、アキは感性も表現力も身についてはいないとわかっている。
「それはそうなんだけどなあ…」
悔しい。
「それよりお前には他にもできることがあるだろ?」
コウモリのブラドが、パッと飛び立って窓へ向かった。窓枠に優雅にぶら下がると、これは単にそう見えただけかもしれはいけど、小さな翼に付いた手を胸の前で器用に組んで踏ん反り返った。
さあほら思いつくこと言ってみ?といった具合だ。
「えー…勉強、とか?高校生だし」
「アホか!」
「って言われましても…」
コウモリが、はあ、とため息をついた。
「あのなあ、最初から言ってるだろ?あんたはオレの主人になったんだって。だから、ホラ、金ならいくらでも取ってきてやる。女だって選びたい放題。家か?土地でもいいぜ?人間は物的財産好きだもんなあ」
自信満々のブラドに対し方やアキといえば、はあ、とまるで関心無しな反応を返す。
「ま、まあいい。アキみたいなクソガキにはまだオレの価値がわからんようだな…」
ブラドがまたもため息をついた。
「よし!ならまず手始めにあの女はどうだ?お前のモンにしてやる」
パッとコウモリの片方の翼がさした先は有紗の家だ。
「ここ何日かあんたの行動を観察してみたが…悲しいかなオレのご主人サマはボッチらしい」
本当に悲しげな声で言われると、普段気にしていなくても悲しい気分になるから不思議だ。
「まあ、確かにボッチだけど」
「そこで、だ!あの女をまず落とす!それを足がかりに、学校中の女を落とす!これであんたの天下が来る!!」
自信満々再びだ。聞いている方が耳が痛い。というか、ブラドってこんな痛い奴だったのか。ちょっとショックだ。
「もー、ほっとけよ…」
なんだかうんざりしてきたアキは、さっさと寝ようと部屋の電気を消して布団に潜り込んだ。
「おい!オレだって不本意なんだ!あんたがオレの命握ってるからどうしたって離れらんねえんだよ!」
「なにそれ、どういう意味?」
ちょっと興味をもったので布団から顔を出した。
「あの十字架だ。アレには今、オレの偉大で高潔な魂が宿ってる。あんたが死ぬか、自分から手放さない限り解けない封印だ。だからさっさとなんか願い事でもして返してくれ」
と言われてみるとそういえばそんな設定にした気もしないでもない。
「そうなんだ。わかった。おやすみ」
とりあえず今は面倒なので、アキはそれだけ言うと布団を頭まで被って眠りについた。
ブラドがギャアギャア喚いていたけど、一切気にしないことにした。眠る寸前に、十字架を肌身離さず持っとけよと言われた気がした。
☆
翌日の朝、いつも通りギリギリで起床したアキは、いつも通りまず洗面所にいた夏来に罵らた。
「ちょっと、急いでるからどいて」
「いやいやぼくも急いでるから」
「あっそ」
夏来は吐き捨てるように言ってスッと身を引いて出て行った。
「冷たいな。妹か?」
お前と同じ匂いがする、と学校指定の制服のポケットがしゃべった。
「え、うわあああああ!?」
ビックリしてあわててポケットを叩く。しかも数回容赦なく。
「イッテェなクソガキ!」
中から這い出てきたコウモリのブラドが怒鳴る。
「なんだよ!?ビックリしたわ!!」
「オレはめちゃくちゃ痛かった!!」
しばらくアキはポケットからブラドを剥ぎ取ろうと奮闘する。なかなか剥がれない。ブラドもぐぬぬと精一杯の力でしがみつく。だが、
「アキー!!さっさと朝ごはん食べなさい!!」
という母親の罵声が届いて、勝負は一旦お預けとなった。
ポケットにブラドを入れたまま朝食を食べて、ささっと家を飛び出した。
「いつまでそこに入ってんの?」
「お前が死ぬか十字架を手放すまでだ」
どうだ参ったかと言外に言っているようないないような。
「じゃあもう一生出てこないでください」
アキはポケットの口をカバンで塞いだ。中からくぐもったブラドの抗議の悲鳴が上がる。
聞こえないフリをしてアキは学校へ急いだ。
ホームルームをちょっと過ぎて教室に入る。誰もアキの方を見ようともしない。担任もチラッとこっちを見ただけでなにも言わなかった。
高校に入ってから毎日こんな感じだった。
だから、今更気にならない。
でも、今日は違った。
それは昼休みの事だった。
アキはポケットのブラドに気を使って、普段は教室で食べる弁当を持って校舎裏のちょっと奥まった場所にある花壇に腰掛けていた。
授業中、窮屈そうに何度も何度も身動ぎするから、流石に可哀想だと思ったからだ。
「はー、やっと外の空気が吸える…」
花壇のレンガにちょこんと座るブラドが言った。
だったらポケットなんかに入るなよと思う。
それからブラドが、多分真剣な顔をして言った。
「にしても、いつもあんな感じなのか?」
「なにが?」
卵焼きに箸を突き刺しながらブラドに視線をやると、ちっちゃなコウモリの目が、まっすぐアキを射抜いていた。
「アキ、なにかあったか?」
ちょっと、本当にちょっとだけ心臓がドクンと跳ねた。
「……なんで?」
アキは箸を止めずに聞いた。
「オレは吸血鬼だから、人間よりいろんな感覚が敏感だ。あんたが教室に入ったとき、一瞬空気が凍った」
ああ、自分はなんて奴を創り出したんだろう。そんな思いが胸一杯に広がる。
アキの思いとは裏腹に、ブラドが続けた。
「人間は弱い生き物だ。だから、危機察知能力に優れている。あんたが教室に入った時、何人かは確実にあんたを怖れてた」
「そうなんだ」
まるでなんでもないような口調を装った。多分顔は引きつっている。
「どうでもいいよ。もう終わった事だし」
それ以上言いたくない。そんなアキの思いを、オレ様吸血鬼は悟ってくれたようで、それ以上なにも言ってこなかった。
暖かく降り注ぐ春の陽気も、この時ばかりは役に立たなかった。
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